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23章 青年期 ~リスター帝国学校 3年生編~

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第522話 完敗

 がらんとした観客席。

 静寂に包まれたそのリングに、最初に姿を現したのは、ミリオルド公爵だった。


「こちらは、いつでも準備万端だ。ヨハン、来い」


 反対側の控室からゆっくりと現れるヨハン。

 手には、死を連想させる漆黒の鎌。今から咎人の首を狩ろうかという目つき。


 対するこちらも、まずはリーガン公爵がリングにゆっくりと上がる。


「分かりました……マルス、来なさい」


 その瞬間、ヨハンの顔に走った明確な動揺。

 驚き、そして戸惑いが表情ににじむ。

 まさか、俺がリングに上がるとは、予想すらしていなかったのだろう。


 当然だ。ラースの未来視(ビジョン)に、俺は映らない。

 対ラースの切り札が、こんなにも早くリングに立つなど、予想できなかっただろう。


 ゆっくりとリングへと足を踏み入れると、ヨハンが静かに呟いた。


「まさか……君とだけは、ここで戦いたくはなかったよ……」


 その言葉は本心だろう。


「俺もだ。こんなことになるなんてな……」


 そんな二人のやり取りに、リーガン公爵が穏やかに口を開く。


「ミリオルド公爵。二人とも、互いを知る者です。せめて真剣ではなく、木剣での勝負にしませんか?」


 その提案に、ミリオルド公爵が目を細める。


「……ヨハンの得物は鎌だ」


「承知しています。だからこちらで、用意させていただきました」


 リーガン公爵が軽く手を挙げ、控室に合図を送る。

 するとアイクが、木製の大鎌を手にリングへと上がってくる。


「どうだ、ヨハン? この鎌で満足できるか?」


 アイクから鎌を受け取ると、ヨハンは軽く素振りをし、重心を確かめるように振る。


「……もう少し重ければベストですが……この程度なら、問題ありません」


「では、ミリオルド公爵、いかがでしょう?」


 リーガン公爵に再び問われたミリオルド公爵は、仮面の奥でふっと笑った。

 その口元には、どこか意味ありげな余裕が浮かんでいる。


「まるで、未来が見えているかのようだな……いいだろう。ヨハンがそれで良いというのなら、私に異論はない」


 そして、わずかにその声音を低くして告げる。


「だが、ヨハン――分かっているな?」


「当然です」


 ヨハンの瞳が鋭く光る。

 そして――はっきりと言い放った。


「僕は、誰にも負けませんよ。()()()()


 その言葉は、俺に向けられたものではないだろう。


 ラース――


 未来を読み、すべてを支配しようとする男に対してのヨハンなりの宣言。


 「お前の支配下にはいない」とでも言いたげな、その強い光。

 しかし、そんなヨハンの本心など露知らず、ミリオルド公爵は余裕を滲ませた仕草でリングから降りる。


「マルス、絶対に勝ってくださいね」


 わざとらしく、相手側の控室にも聞こえるような声量で、リーガン公爵が俺にエールを送る。

 それは芝居――だが、真に迫った声色だった。


「はい! 全身全霊をかけて、必ず勝ちます!」


 俺もまた、それに応えるように力強く叫ぶ。


 そして、そんな俺たちの芝居に――激情を乗せてきたのが、この人だった。


「マルス! 絶対に勝てよ!」


 怒気とともに、セレアンス公爵が叫ぶ。

 その声には、まったく嘘がなかった。

 燃えるような怒りと、激しい怨念が渦巻いている。


「ただ――半殺しにとどめろ! 最後は、我ら獣人に牙を剥いたことを――心の底から後悔させながらなぶり殺しにしてやる!」


 本気だ。


 この男だけは、本気でヨハンを噛み砕くつもりでいる。

 俺の三文芝居も、セレアンス公爵の本気のおかげで、少しはカモフラージュできていることだろう。


 そんな、セレアンス公爵にヨハンはうんざりとした表情で述べる。


「ほんと、獣はすべて駆逐しないとだめだなぁ。言葉が話せるだけで、脳みそは虫けら以下。奴らだって、僕たちのことを強者とは思わないものの、逆らうことなんてしないのに」


 吐き捨てるような口調だった。

 ヨハンの言葉が終わるのと同時に、リーガン公爵の張り詰めた声が響く。


「はじめ!」


 同時に、ヨハンの顔が引き締まり、木製の大鎌を持ち、突進してくる。

 ――速い!

 こいつ……本気か!?


 対する俺は、木剣一本で迎え撃つ。

 二刀流も、風纏衣(シルフィード)、さらには未来視(ビジョン)も封印したままで。

 これは当然ラース対策。

 自分の実力を悟られないため。


 大鎌と剣、お互いの得物がリング上で乾いた音を立てると同時に、相手側の控室から俺を見抜こうと、嫌な視線を浴びる。


 鑑定されている――

 どうやら、それはヨハンも同じようだ。


 剣戟が重なり合うたびに、空気が震え、木製の武器同士とは思えない鋭い音が響く。

 その音を隠れ蓑に、ヨハンが小声で囁く。


「ふふ、鑑定されちゃってるみたいだね。リーガン公爵、容赦ないなあ」


「ああ。こっちも同じだ。そっちの陣営から、ずっと嫌な視線を浴びているよ」


 俺も同じく、声量を最小限に抑えて返す。


「にしても、なんでマルス君が出てきたんだい? 君は対ラースの最終兵器なのに」


「そちらの意図が分からない以上、こうするしかなかったんだよ」


「……こちらの思惑なんて分かっているでしょ?」


 【剣神】をあぶりだすこと……か?

 逡巡する間にもヨハンの猛攻は止まらない。


「くっ……ちょっと本気出しすぎじゃないか?」


 思わず漏れた本音に、ヨハンは楽しげに笑う。


「本当? 僕はかなり手を抜いているつもりだけど?」


 確かに、その表情は余裕そのもの。

 呼吸は乱れず、動きにも一切の焦りが見えない。

 こいつ、ディクソン辺境伯と戦ってからどれだけ強くなっているんだ?


 そんな俺に対し、控室から檄が飛ぶ。


「マルス! 貴様! 何をしている、いつものように――」


 控え席から響いたのは、セレアンス公爵の怒声。

 それは怒りと焦燥が混ざり合い、沸騰寸前のような凄まじい気迫を帯びていた――が、次の瞬間、不自然なところで声は途切れた。

 ちらっと見ると、リーガン公爵の魅了眼で自由を奪われていた。


 フレスバルド公爵やスザクも、その光景を見て即座に悟ったようだった。

 俺とリーガン公爵が、この戦いに本気で勝とうとしていないことを。


「とにかく、ここは僕が勝たせてもらうよ……まぁどっちが勝っても、明日にはもうこの世界は大混乱に陥っていると思うけど」


「大混乱――? どういう意味だ?」


「うーん……マルス君には教えてあげてもいいんだけどね。明日になったら分かるから、それはお楽しみにしててよ」


 どうせ、こいつらの企むことだ。

 碌なことじゃないに決まっている。

 だったら、それが起きる前に……。

 だが、俺の思考に水を差すように、ヨハンが先に牽制する。


「ここで、ラースに手を出すのであれば、僕もすぐに協力するよ」


 その声には、いつもの(ひょう)(ひょう)とした響きがある。

 だが、次に続いた言葉は、耳を疑いたくなるような内容だった。


「でもその場合、君たちが最も望まない結末になると思うけど?」


 さっきから、何を言っている?

 何を企んでいる?

 まったく理解ができない。


「……暗黒魔法。当然だけどマルス君も、記憶に新しいと思う」


 グランザムの件――ガルのことは一生忘れることのできない悪夢だ。


「人族が使う暗黒魔法は、悪魔族に比べるとずっと弱い。でも、ある程度のことはできるんだよ。たとえば、生きた人間の体内に蟲を注入することとかね」


「……っ」


 背筋に冷たいものが走る。

 もしそれが本当なら――人間を操ることができるということか。

 つまり、今この場にいる生徒たち全員が、操られる人質になり得る……?


 リーガン公爵が最も嫌う、避けるべき戦い。

 魔眼を封じる天界石が散りばめられた公爵の屋敷におびき寄せて叩く――その作戦すらも、危険だというのか。


「……じゃあ、どうするつもりだ」


 思わず絞り出すように聞くと、ヨハンはまるでテーマパークを待ちわびる子供のように微笑んだ――純粋な悪の笑みだ。


「大丈夫だよ。舞台はもう用意されてる。ラースが、これまで虐げてきた者たちの怨念が集まる場所――そこが、奴の死に場所だよ」


 こいつらは、一体何を始めようとしてるんだ?

 けれど、その答えは与えられないまま、決着の時が来た。


「じゃあ、勝たせてもらうよ」


 次の瞬間――俺の剣が弾き飛ばされ、首筋にひやりと冷たい鎌の湾曲部が触れた。

 わざと動かない――いや、動けなかった。


「そこまで! 勝者、ヨハン!」


 この結末を、受け入れると最初から決めていた。


 しかし、短期間でどうして俺とヨハンにこんなにも差がついた?

 もともとステータスは同じくらいだったはず……どうして……?


 悠然と控室に戻るヨハンの後ろ姿を俺はただ、ずっと見つめることしかできなかった。


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― 新着の感想 ―
てっきり次のナレ死枠はヨハンだと思ってたのに ラースになるんか
なんだか敵地にでもいるかのように不安な状況に陥ってる。
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