第518話 凶報2
招かれざる客――ミリオルド公爵が来訪する日
リスター帝国学校――いや、リーガンの街全体が超厳戒態勢を敷いていた。
街の至るところに、他都市から招集されたリーガン騎士団が展開し、さらに追加の応援要請に応じたフレスバルド騎士団が巡回にあたっている。
そこへ、カストロ騎士団とセレアンス公爵家の獣人部隊が加わり、街の防衛はまさに鉄壁の陣容を誇っていた。
加えて、バルクス国王とザルカム国王が滞在していることから、両国の近衛兵と騎士団もリーガンの街に駐留。
さらに、デアドア神聖王国の教皇が滞在するため神殿騎士、ジークの警護のためにブライアント騎士団もいるので、街全体が緊迫した雰囲気に包まれていた。
リスター連合国の騎士団の指揮を執るのは、スザクとビャッコ。
彼らの統率のもとに配置された軍勢は、一分の隙もない完璧な布陣を形成し、街にネズミ一匹通さない完璧な布陣を形成していた。
――それほどまでに、ミリオルド公爵の来訪は、この国にとって警戒すべき事態だったのだ。
それも当然だろう。
彼は吸血族を操り、カエサル公爵を意のままに動かし、獣人たちを攫い、さらにはリーガン公爵の手先である【幻影】のリーダー、ガスターをあのような無惨な形でリスター連合国に送りつけた。
この国にとって、ミリオルド公爵はただの来訪者などではなく、敵に他ならない。
ならば、これほどの厳戒態勢を敷くのも、何ら不自然なことではなかった。
この厳戒態勢の中、六日目のリスター祭が開宴。
すると、いつものように大勢の客がコスプレ喫茶へなだれ込んでくる。
俺はというと、リーガン公爵の了承を得て、バックヤードではなく、クラリスたちが聖水を売るカウンターの後ろで待機していた。
今まではスザクやビャッコが近くにいたが、今日は街の警備に出ている。だからこそ、俺もここで警備に参加することにしたのだ。
まぁ、ここにはリーナを護衛するズルタンをはじめ、ライナーやブラムもいる。警備としては十分すぎるほどだが、念には念を――
――と、理屈では警戒をしなければならないと思いつつも、どうしても目が行ってしまう場所がある。
クラリスの絶対領域。
まるで重力に魂を引かれるように、俺の天眼も絶対領域に惹かれる。
周囲を警戒しているはずなのに、気づけばクラリスの白くて細い太もものラインを追っているのだ。
――なんという吸引力。
しかし、俺にはサーチがある。
視線を彷徨わせることなく、不審者の接近は即座に察知できるのだ。
その証拠に、俺のサーチはすでに四人の人物を捉えていた。
彼らは行列に並ぶことなく、店内に入ってきた不届者。
そんな彼らが俺たちの近くまで来ると、最初に声を上げたのはアリスだった。
「ミックさん!」
彼女の声にクラリスとミーシャもミックの姿を認め、歓喜の声を上げる。
ミックはそんな彼女たちの声に微笑みながらも、視線を奪われることなく、まっすぐ俺のもとへ歩み寄る。
一方、その後ろについてきたリュートはというと、クラリスのメイド服姿を舐めるように堪能している。
さらにその後ろを歩いていたマチルダとヒルダが俺に近づこうとするが、店内を警備していたエリーの鋭い殺気が制する。
確か、この二人にはリーチがかかっていたはずだ。
次に俺にちょっかいを出せば、クラリスの了承のもと、エリーの制裁が下されることになっている。
ちなみにエリーは昨日までは屋根の上から警備をしていたが、今日は俺と一緒にコスプレ喫茶の中での警備をしてくれている。
ミックが俺の前に立ち、穏やかに言葉を紡ぐ。
「久しぶりだな、マルス。フォグロス迷宮では大活躍したと聞いているぞ」
こうやって労いの言葉をかけてくれる者もいれば――
「ついにカストロ公爵にまで手を伸ばしたか……まさか、綺麗どころをすべて独占しようって魂胆じゃないだろうな?」
リュートのように、突っかかってくる奴もいる。
しかも、こいつの視線はクラリスの絶対領域に釘付け。
……これが、同族嫌悪ってやつか?
4人と再会の挨拶を交わしたあと、すぐに本題に入る。
「この時期にここに来たって言うことは……?」
「ああ、リーガン公爵に呼ばれてな。俺たちはこれからバルクス国王に挨拶をしてから、スザクたちの警備の手伝いだ」
本当にリーガン公爵は使えるものは全部使おうとしているんだろうな。
挨拶もそこそこにミックはクラリスから目を離せなくなったリュートを連れ、コスプレ喫茶を後にする。
そして――ついに、そのときが訪れた。
バックヤードでアリスにラブエールを唱えている最中、扉を開く音と共に、緊迫したクラリスの声が響く。
「マルス、ミリオルド公爵一行がリーガンの街に入ったと報告が入ったわ」
ついに来たか。
「分かった。ミーシャも連れて来てくれ。クラリスとミーシャのMPを回復させたら、指示を仰ぎに行く」
本当はここに留まり、クラリスやアリスと穏やかな時間を過ごしたい。
だが、ミリオルド公爵やヨハンの近くにいれば、何かしらの好機が巡ってくるかもしれない。
それに、コスプレ喫茶は比較的安全だ。
何しろ、ミリオルド公爵一行が「ここを見学したい」と望んでも、列を成す客が大勢いる以上、「満席のためご案内できません」の一点張りで押し通すことができる。
だからこそ、こうした緊迫した状況下でも店をオープンさせたのだ。
あくまで日常を崩さず、こちらのペースを守るために。
3人のMPを回復させると、俺はすぐにリーガン公爵をはじめとする公爵陣が待つ正門へと駆けた。
背後からわずかに感じる尾行の気配――それを意識しながら、足を止めることなく進む。
「遅れました、リーガン公爵」
正門に到着すると、すでにリーガン公爵をはじめ、フレスバルド公爵、セレアンス公爵、カストロ公爵、そしてビラキシル侯爵までが揃っていた。
もちろん騎士団に警備されながら。
この場に集う顔ぶれを見ただけで、事態の重大さが嫌でも伝わってくる。
そんな中、リーガン公爵が穏やかな口調で応じる。
「大丈夫ですよ。今、ミリオルド公爵はリーガンの街でザルカム国王に挨拶をしているようです」
――なるほど。
よく考えれば、ミリオルド公爵にとってザルカム国王は忠誠を誓うべき相手。
まず王へ挨拶を済ませるのは、当然といえば当然の流れだろう。
それに、ザルカム国王が近くにいる以上、いきなり無茶な行動には出づらいはずだ。
仮にミリオルド公爵が何か企んでいたとしても、ザルカム国王を少しでも脅せば、公爵を抑える方向へ動く可能性は大いにある。
――だが、それはあくまで理屈の話。
奴がただの貴族であるならば、の話だ。
思考を巡らせながら、背後を振り向く。
俺を尾行していた気配の主が、死角へ回り込もうとする。
しかし――俺がその存在を見失うはずがない。
ゆっくりと足を向けると、彼女は観念したように物陰から姿を現す。
「コスプレ喫茶で待っていてくれと言ったはずだぞ? エリー」
そう、俺を尾行していたのはエリーだった。
「……ごめんなさい……でも、心配だった……」
間違いなく、エリーは俺の身を案じての行動だ。
その気持ちが伝ってくるからこそ、怒るつもりは毛頭ない。
「分かってる。でも、エリーにはクラリスたちを守ってほしいんだ。お前がコスプレ喫茶にいてくれるからこそ、俺はこうしてここに来ることができる」
「……うん……でも……少しだけ見たら……すぐ戻る……」
エリーの瞳に宿る決意は固く、簡単に覆せそうにはない。
「分かった。じゃあ、俺から離れるなよ」
そう言いながら、俺はエリーの手をしっかりと握る。
そして、公爵たちの後ろへ並ぼうとしたそのとき――
周囲がざわめいた。
視線が集まる先に、俺も顔を向ける。
そこにいたのは――制服に着替えたクラリスだった。
「よかった……エリーが急にいなくなったから……」
どうやら、エリーを心配したクラリスが、コスプレ喫茶を抜け出してきたらしい。
リーガン公爵もクラリスとエリーの姿を認め、呆れたように小さく息を吐く。
それに気づいたクラリスは、申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。
「まぁいいでしょう。こちらに来なさい」
リーガン公爵に誘われ、公爵の後ろに3人で立つ。
待つこと数十分――
ついに、ミリオルド公爵の一行と思われる集団が正門付近に姿を現した。
ザルカム王国の紋章が刻まれた多数の馬車が一列をなし、中央を進む。
その周囲を囲むように、リーガン騎士団とフレスバルド騎士団が行進し、物々しい雰囲気を漂わせていた。
そして、馬車が正門前で静かに停まる。
最初に降りてきたのは――俺たちと同じ、3年Sクラスの制服を着た黒目黒髪の男。
ヨハンだ。
彼の姿を捉えた途端、リーガン公爵とセレアンス公爵の顔が強張る。
無理もない。
リーガン公爵は黒目黒髪の男がヨハンとは知らない。由緒あるリスター帝国学校の制服に知らない奴が袖を通すなど許せるはずがない。
セレアンス公爵が顔を歪めるのにも理由がある。
言わずもがな、幼い獣人たちを攫う者――それが、俺たちと同じ制服を纏い、黒目黒髪の人物というのは割れている。つまり犯人がどうどうと目の前に姿を現したからだ。
しかし、ヨハンは2人の殺気に怯むことなく涼しい顔をして不敵な笑みを浮かべている。
その後に続くように、要人と思われる者たちが次々と馬車から降り立つ。
だが、俺の目を引いたのは、その中に紛れる執事服を纏った九人の男たちだった。
彼らは皆、一様にミリオルド公爵と同じ仮面をつけている。
そして――
中央の馬車から、絢爛な衣装をまとい、同じく仮面をつけた男が降りてきた。
その出で立ち、纏う気配から察するに、間違いない。
――ミリオルド公爵だ。
しかし、まだ終わりではなかった。
馬車の中には、もう一人――消しても消しきれないほどの、圧倒的なオーラを放つ存在がいた。
そいつが――ゆっくりと馬車から降り立つ。
次の瞬間――俺の左手に伝わる微かな震え。
「エリー!?」
俺の手を握っていたエリーの指先が痙攣するように震え、そのまま力なく崩れ落ちた。
「どうしたの!? エリー!?」
クラリスもすぐに抱きかかえるが、エリーの意識はすでに朦朧としている。
震える唇から、か細いうわ言が漏れた。
「……ごめんなさい……許して……もう殺さないで……」
そして、最後の一言が、俺たちに衝撃を与える。
「――パパ」
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