第515話 リスター祭 3日目
2024年11月5日 午後
クラリス、ミーシャ、アリスのMPを満タンにした後に、カレンと一緒にお化け屋敷へ向かう。
「……ま、マルス、私が怖がるわけないでしょ? 子供騙しの演出なんて……どうってことないわ!」
自らを鼓舞するようにカレンは強がりを言いながらも、既に俺の右腕にしがみついていた。いつもの堂々とした彼女とは違い、少し震えているのがわかる。
それでもカレンのプライドを傷つけるわけにはいかないからな。昨日、一昨日とは別の感触を腕に感じながら順番を待つ。
「分かった。頼りにしているよ」
ようやく俺たちの受付が始まると、恒例の生首が俺たちをお出迎えしてくれる。
「ようこそ……学校の墓場へ……何名様ですか……?」
さすがに3日連続ともなると慣れる。が、数年ぶりのカレンにとっては違ったようだ。クラリスと同じく身体を硬直させる。
ただここで何かをすることはないだろうと思い受付を続けていると、俺の腕をぎゅーっと強く抱く力を感じた。ふと視線をカレンに向けると、彼女は生首を睨みつけていた。もしかしてと思い、鑑定するとMPが100減っているではないか。
「か、カレン!? まさか魅了眼を使ってないよな!?」
そのまさかだった。
「こいつ……魅了眼が効かない! 消し炭にしてやるわ! ファイ……っ」
クラリスと同様パニックに陥っていたが、カレンの方が酷かった。作り物の生首に向かって魅了眼を使い、さらにはファイアで燃やそうとしていたのだ。
キスで唇を塞ぐのはもう間に合わない。慌てて手で口を塞ぎ、肩を抱き寄せるとようやく収まる。
「だ、大丈夫だから。俺がいるから。絶対に守るから落ち着いてくれ」
「ち、ちょっとびっくりしただけよ。こんな作り物の生首なんて怖くなんか……ああっ!」
生首が揺れるとまたも怯え始め、魅了眼を発動させるカレン。この状況でお化け屋敷に入るのは無理だと判断した俺は入るのをやめようと言うと、カレンが首を振る。
「だ、ダメよ! クラリスとエリーも入ったんでしょ!? 私も最後までやりきりたいの!」
どうやらカレンは意地でも行きたい様子。
「分かった。でも俺から離れるなよ」
カレンは頷き、お化け屋敷に入る。そしてそれは過去一番つまらないものだった。
――――30分後
「ふぅ……どこも怖いところなんてなかったじゃない。なんでこんなのを怖がるのよ。以前に来たときは子供だったからだけでもう何も怖くなかったわ」
カレンが自信に満ちた表情でつぶやく。
「あ、ああ……確かに怖くなかったな」
それもそのはず、俺たちがお化け屋敷に入るや否や、カレンがお化け屋敷である呪文を唱えたのだ。
「わ、私はフレスバルド公爵家次女のカレン・リオネル! お化けたちよ! 私を驚かすということはフレスバルド公爵家に喧嘩を売るということよ! それがどういう意味か分かっているわよね!? 覚悟がある者だけ来なさい!」
こんな呪文を唱えられてリスター帝国学校の生徒がカレンを驚かしにいけるはずがない。
結局は出口まで何も起きずに薄暗い道をただ歩くだけのイベントとなってしまった。まぁカレンがそれで満足というのであればそれでいいんだけどね。
「これからどうする?」
俺が問いかけると、カレンの口からも予想外の言葉が返ってきた。
「ちょっとブラっとしたらコスプレ喫茶に戻ろうと思うの。明日からはメイド服に戻っちゃうからそれまではあのコスプレを楽しもうかなって。客の反応もいいし」
どうやらカレンは猫のコスプレがお気に入りらしい。客としてもギャップに萌えているのだろう。手を繋ぎ店に戻ろうとすると、一人の男に声をかけられた。
「マルス! ちょうどいいところに。後で闘技場に来てくれないか?」
俺を呼び止めたのはアイクだった。俺はカレンとのデートがあるしと思っていると、カレンが微笑む。
「マルス、コスプレ喫茶まで送ってくれたら行ってもいいわよ。私も接客があるし」
「分かった。じゃあアイク兄、後で伺いますから先に行っててください」
アイクと別れ、大繁盛のコスプレ喫茶委に戻ると、カレンはすぐに猫耳をつけたコスプレ衣装に着替え、活気のある店内に再び姿を現した。
「お帰りなさいませ、ご主人様にゃん」
と、カレンは猫耳を揺らしながら可愛らしく挨拶する。いつものクールで堂々とした彼女とはまるで別人のようで、その姿に思わず笑みがこぼれた。
他の女性陣も客を喜ばしていた。その中でもクラリスの人気度は高く、聖水を売っているところにチップを渡されると、照れながらもクラリスは箒に跨るポーズをとったりしている。
みんな楽しそうで何より。彼女たちの笑顔を見てからコスプレ喫茶を後にし、闘技場に向かう。
闘技場はやはり多くの観客が詰めかけていて、入場列が長く伸びていたが、俺は関係者入り口を通ってスムーズに中へ入ることができた。
内部は、すでに熱気で満ち溢れていた。選手たちが戦うための準備を整えている控室に向かうと、リスター帝国学校側の選手たちが静かに闘志を燃やしているのがわかる。
そんな中、熱心にリング上に視線を向けていたスザクが俺に気づく。
「マルスか、どうした? 今日はカレンとデートと聞いていたが?」
どうやら俺の行動をある程度は把握しているらしい。
「はい。今日が最後のコスプレとのことで、お化け屋敷に行ったあとすぐに戻り、今は接客を楽しんでおります」
「そうか、明日からはメイド服と言っていたな。じゃあ俺はこの試合を見てからコスプレ喫茶の警備に行くとしよう」
スザクがリングに視線を戻すとアイクが戦っていた。
「どうですか? 試合の方は?」
俺の問いかけに、スザクは少し目を細めながら答えた。
「ああ、やはりローマンのコロシアムとは違うな。定期的に開催してほしいくらいだ」
予想外の反応だ。どう考えてもローマンのコロシアムの方がレベルは高いだろう。なにせあっちはずっと興行しているし、出場資格の制限もこっちに比べて緩い。
「どうしてですか? ローマンの方がレベルは高いと思いますが」
スザクは俺の問いかけに少し頷き、リングに視線を戻した。
「強さという点では確かにローマンの方が上だろう。あそこは歴史が長く、剣闘士たちの実戦経験も豊富だ。だが、ここにはそれとは違うものがある」
「違うもの?」俺は少し首をかしげるとスザクが口を開く。
「ローマンの観客たちは血を求めているというのはマルスも知っているだろう? 時には命を失うこともある。軽い気持ちで戦うことなんてできない。対してここにはそれがないからな。気楽に挑戦できるというのが最大のメリットだろう」
言われてみればその通りか。スザクの言葉に頷くと、ひと際大きな歓声が闘技場内にこだまする。どうやら試合の決着がついたようで、リングからアイクが下りてきた。
「アイク兄、ナイスファイトでした」
グータッチで迎えると、
「ああ、ありがとう。スザク様、今私が戦った者に声をかけようと思うのですがよろしいでしょうか?」
アイクがスザクに問いかける。
「ああ、構わない。実はアイクがアクションを起こさないのであれば、フレスバルド騎士団に迎えようと思っていたところだ」
そうか。ここであれば優秀な人材をスカウトする格好の場所ともなるわけだ。雰囲気的に何度もこのようなやり取りをしているというのが伝わってくる。
フレスバルド公爵家はともかく、メサリウス伯爵家は立て直しが必要だろうからな。アイクとしてもこの機会を逃したくはないのだろう。
次は学生同士の戦いということでスザクはコスプレ喫茶に戻る。するとアイクが口を開く。
「マルスを呼んだのは他でもない。俺が選んだ者たちを鑑定してほしんだ。だいたいの鑑定結果は分かるのだが、マルスほど正確ではないからな」
「ええ、もちろんいいですよ」
鑑定したのは4人。1人B級冒険者クラスの者がいることを伝えると、アイクは喜びを露にする。
「そうか! 強いか! じゃああとは身辺調査ってところだな。マルスもたまには見て行けよ。いろいろなスタイルの人間がいて楽しいぞ?」
目を輝かせながら次戦の学生同士の戦いに目を向けるアイク。
アイクに言われてリングに目を移すと、リスター帝国学校の5年生と他の学校の者が戦っている。鑑定しなくてもリスター生に分があるというのは分かる。
「ずっとこんな感じですか?」
「ん? ああ、学生同士の戦いだとリスター生とまともに戦えるのはいないからな。それは俺たちに対してもだが……」
まぁそうだよな。アイク、スザク、ビャッコ、ビラキシル侯爵。全員A級冒険者クラスだからな。
少し寂しい気はするが仕方ない。そう思いながら目の前の試合を見つめていた――――










