第512話 リスター祭初日
2024年11月3日8時
開門と同時に、たくさんの人々がコスプレ喫茶を目指して走ってくる。先頭付近にいる者たちは数日前から並んでいたというから驚きだ。
コスプレ喫茶は正門からかなり離れた闘技場の隣に位置し、店内にはまるで嵐のような勢いで客が押し寄せてきた。
「いらっしゃいませ~」
「当店自慢の聖水はいかがでしょうか?」
彼らを女性たちが笑顔でおもてなしする。今年のキャストは過去最高の質と量だ。去年まではSクラスとBクラスの合同だったが、今年はAクラスの女生徒に加え、カストロ公爵やフラン、フレン、さらに新たに仲間に加わった姫も参加している。また、毎年恒例の眼鏡っ子先輩とソフィアに加え、リーナもメイド服に身を包み、楽しそうにお手伝いをしている。
今年の入場料は15分で銀貨3枚。昨年は15分で銀貨2枚だったから、1万円の値上げとなった。リーガン公爵は10分で銀貨3枚という高額な料金設定を提案したが、接客時間が短すぎるとの理由で却下され、最終的に銀貨2枚から3枚への値上げに落ち着いた。
クラリスたちの聖水も値段は据え置きだが、昨年より量は少なくなっている。しかし、購入特典として聖水が入ったコップを笑顔とともに手渡しでもらえる。
男にとっては最高の瞬間かもしれないが、クラリスの美貌に心を奪われ、魂ごと抜き取られたかのように気絶する者たちも多数。それをめんどくさそうにブラッドがコスプレ喫茶の外に放り出していく。
これは、会場に入店する前に店の前でライナーとブラムが口酸っぱく説明している。会場内で気絶したら追い出すと。学校側としても、回転率が上がり、男たちも一瞬とはいえクラリスの笑顔を間近で見られるのだから、どちらにとってもメリットがある。
その様子をバックヤードでジーク、グレイと共に眺める。
「こ、こんなにすごいのか……」
「みんなクラリスたちを……?」
ジークは目の前の光景に呆然としながらも、どこか誇らしげに呟いた。クラリスはジークにとって、実の娘のように育ててきた存在だ。彼女がこれほどまでに多くの人々を魅了しているのは嬉しいことだが、その反面、複雑な感情も渦巻いていたのだろう。彼の瞳には、その誇りと心配が入り混じった複雑な色が宿っていた。
グレイもまた、実の親として同じ思いを抱いていたが、彼はジークよりも誇らしげだった。「まさかここまで人目を集めるようになるとは……」と感慨深く呟きながら、男たちが夢中でクラリスを見つめる様子を眺めていた。
「こんなものじゃありませんよ。外に出れば、正門まで長蛇の列ができていると思いますよ」
ジークとグレイは俺の言葉が信じられないのか、バックヤードを抜け、男たちでにぎわうコスプレ喫茶の会場を後にして、外の様子を確認しに行った。
天眼を凝らして2人の表情を見ると、どうやら彼らの想像を超える列ができていることがはっきりとわかる。
2人はそのまま正門のほうに歩いていき、代わりにアイクがバックヤードに入ってきた。
「相変わらずここの熱気はすごいな。けど今年の闘技場もすごいぞ? 一般席の入場料は銀貨1枚だが超満員だ」
去年までは学生同士の戦いのみだったが、今年はS・A級冒険者以外なら挑戦できるエキスパートクラスという新たな枠が設けられた。
5人抜けば白金貨1枚。しかも挑戦料は無料。事前に鑑定を受けるのが条件だ。
これは野に埋もれた優秀な者を登用しようというフレスバルド公爵やリーガン公爵の狙いがあった。
ただ、挑戦者を迎え撃つのはアイク、スザク、ビャッコ、ポロンといった猛者たち。誰かのMPが切れたら、リーン公爵やビラキシル侯爵も参戦する予定だという。
そして、大将は必ず俺が出るということになっているが、このメンツであれば回ってくることはないだろう。ちなみに、学生同士の部ではバロンが大将を務める。
「じゃあ俺もさっそく警備にあたる。マルスはここで待機か?」
「はい、僕はなるべく表に出るなと言われておりますので」
本当は俺もクラリスたちの近くで見守ってやりたいが、なるべく近づかないでくれとリーガン公爵に言われているから仕方ない。
理由は、俺が会場内にいると、クラリスたちが無意識に俺のことを目で追いかけてしまうからだ。
まぁ会場の警備は万全。クラリスたちの近くにはブラッド、コディ、クロムが警戒し、バロンやドミニク、ゴンたちも会場内を巡回している。
会場外では、ライナーやブラムに加え、フレスバルド騎士団とリーガン騎士団が周囲を警戒し、エリーは誰にも気づかれないように屋上から目を光らせている。
アイクやスザク、ビャッコたちも、自分の出番がなければコスプレ喫茶の警戒にあたっているため、ある意味ここが最も安全な場所かもしれない。
アイクがコスプレ喫茶に入ると、今度はミーシャとアリスがバックヤードにやってきた。
「マルス、MPが枯渇しそうだよぉ」
「先輩! また抱きしめてください!」
どうやらMPが尽きかけて戻ってきたようだ。
2人の匂いと感触を確かめながらMPを譲渡していると、リーガン公爵が戻ってきた。
「いつまでそうやっているのですか? 早く戻ってください。お客様が待ってますよ」
リーガン公爵に促され、名残惜しそうにコスプレ喫茶に戻る2人。リーガン公爵はクラリスのほうを見ながら話しかける。
「さて、もうそろそろお昼ですね。昼以降、クラリスと二人の時間を取りましょう。クラリスとエリーを呼んできてください」
「エリーもですか?」
なぜクラリスと休憩するのにエリーも呼ぶのか疑問に思い、確認すると、
「はい、エリーもです。ただ、エリーにはあまり人目に触れないようお願いします」
しっかりと頷くリーガン公爵。
クラリスはコスプレ喫茶で聖水を売っているが、エリーは会場の上で警戒にあたっている。リーガン公爵の意図が分からぬまま、二人をバックヤードに連れてくる。
「さて、これからマルスとクラリスに、今日のリスター祭が終わるまで休憩を取らせますが、ちょっとした相談があります」
えっ!? ずっと休憩していいの!? 思わずクラリスと目が合い、自然と笑みがこぼれた。
「クラリスはコスプレ喫茶……いや、リスター帝国学校の看板娘です。クラリスがいないと不満を漏らすお客様がいるでしょう。だから代役が必要です。その代役にふさわしい人物は一人しかいません」
リーガン公爵の視線がエリーに向かう。そういうことか。
「エリーをクラリスの代役にするんですか?」
確認すると、リーガン公爵は頷くが、エリーは即座に拒否する。
「無理……私、かわいくない……」
相変わらず自己評価の低いエリー。誰がどう見ても彼女は美しく、魅力的だ。
「困りましたねぇ……クラリスの作り置きした聖水をエリーに売っていただければ、お客様も納得すると思ったのですが……」
リーガン公爵の言葉とは裏腹に表情は明るい。リーガン公爵からすれば俺たちに休憩なんて取ってほしくはないだろうからな。
しかし、ここでクラリスが打開策を提案する。
「エリー、今日の午後からやってくれたら、明日マルスと一日中デートできるって言われたらどうする?」
クラリスの問いに、エリーは即答する。
「やる! 絶対にやる!」
目を輝かせるエリーを見て、クラリスが微笑んだ。
「リーガン公爵、この条件でどうでしょうか? もちろん、ラブエールを唱えに戻ってきてもらいますが……」
「いいでしょう。エリー、メイド服に着替えてください。そして、クラリスは制服に着替えること。無料でその姿を見せてはなりません。それから、お客様からメイド服を見たいという意見を多数いただきましたので、4日目以降は魔女ではなくメイド服でお願いします。そうすれば、リピーターたちが駆けつけるでしょう」
全員の意見が一致し、俺とクラリスはコスプレ喫茶を後にした。
活動報告見てください~










