第511話 リーガン公爵邸にて
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「では主役たちの紹介も終わりましたので、皆様はご自由に」
俺たちの紹介が終わると自由時間になった……のだが、意外な光景が目の前に映る。俺たちに挨拶をしたいと思われる貴族たちが、壇上の前に列をなしていたのだ。
どうやらリーガン公爵家の執事やメイドと思われるものたちが、招待されている貴族たちを相手に、俺たちに対して挨拶をするように促しているようだ。
その証拠に声をかけられた貴族たちが庭の方まで向かい列に加わる。
「ねぇ? もしかして私たち……全員と……?」
表情を暗くしたクラリスが小声でぼそりと呟く。
「多分……挨拶するんだろうな」
俺が答えると、小さいため息が漏れる。朝からずっとコスプレ喫茶で聖水を作りながら、生徒たちに笑顔をふりまいていたクラリスたちにとっては辛いだろうな。しかも今回の相手は貴族だ。無下にできるわけがない。
辟易する俺たちを見たリーガン公爵が、思いもよらぬ言葉をかけてくれた。
「あなたたち、朝から辛いでしょうがもうひと踏ん張りです。成功したら明日から少し暇を与えるので頑張りなさい」
「い、いいのですか?」
まさかの言葉に聞きなおすと、
「ええ、明日から1日交代で1人2時間の休憩を許します」
おお! いつだかミーシャはトイレに行く時間すら与えられなかったからこれは喜ぶだろう。
「あ、あの……例えば休憩中にマルスと一緒にとかはダメですか? 1人で2時間とかいただいても……」
クラリスの質問に考え込むリーガン公爵。考えてみればクラリス1人でどこか行こうものなら、周囲はパニック状態に陥り、クラリスの身にも危険が及ぶ可能勢がある。
「いいでしょう。でも休憩は1日1人だけにしてください。それにマルスが休憩に行く場合は事前にMPを譲渡しておくことが条件です。だから笑顔で挨拶をし、手を握りなさい」
あれほどまで暗かった表情に花が咲き、生気が戻る。
「ありがとうございます! ねぇみんな! リーガン公爵が今……」
リーガン公爵の言葉をクラリスが女性陣に伝えると、伝染したかのように笑顔が咲き乱れる。
「……頑張る……! 手……握り潰す……!」
「マルスと2人っきりになれるのいつぶりかしら!」
「やったぁ! 全部のクラス回るよ!」
「今から先輩とどこに行くかプランを作らなきゃ!」
1人頑張っちゃいけない人がいるが、そこはクラリスに任せるとしよう。にしてもこんだけ喜んでくれるとは俺としても嬉しい限り。
気合を入れて招待客をもてなそうと壇上で迎え入れると、最初に並んでいた人に驚く。
「か、カエサル公爵!?」
なんと俺に挨拶をしてきたのはケビンの親であるカエサル公爵だった。リスター連合国で最も位の高い公爵が俺たちに対して挨拶を!?
戸惑う俺に対し、すべて諦めた様子のカエサル公爵が俺の手を取り、項垂れながら呟く。
「元気そうで何より。なんとなくは察しがついていたが、俺の方から挨拶させられるとは……」
間違いなくリーガン公爵の頭の中ではカエサル公爵家は取り潰しが決定しているのだろう。そんなカエサル公爵に続いたのはケビンだった。ケビンはこの異常な状況にも拘わらず、
「久しぶりにカレンの肌に触れられるぞぁ」
と、能天気にもカレンと握手するのを心待ちにしていた。まぁ遅かれ早かれか……。
カエサル公爵を皮切りにどんどんと俺たちの手を取り挨拶をする貴族たち。
ほとんどは自慢の娘を紹介してくれ、今日の夜、どこの宿にいるから待ってます的なことを言われる……その度にクラリスたちの笑顔にヒビが入り、エリーの握手する手に力が入る。
バロンの実家、ラインハルト伯爵家もそのうちの1つで長女を紹介してくれた。現在18歳という彼女の印象は一言で言えばふくよか。
考えてみれば学校教育を終えた貴族の娘たちは、冒険者や騎士団に入らない限り家に籠るのみ。運動とか趣味であればいいが、そうでない者はどんどん肥えていってしまうのだろう。
リスター連合国の貴族だけかとも思ったが、バルクス王国、ザルカム王国の貴族も招待されていた。
その中で、まさかこんなところでという人物もいた。それがこの人。
「マルス様! お久しぶりです! その節はお世話になりました! お陰様で僕もハーレムを作ることができました! 今は5人ですが、100人位は……」
早口で捲し立てるのはマッシュルームカットのちっさいオッサンのような若者……コジーラセ男爵だった。懐かしい顔に俺もついつい嬉しくなる。
「コジーラセ男爵! どうしてここに!?」
「リスター祭でマルス様に会って、僕の成長を見てほしかったのです! 明日、必ずコスプレ喫茶に行くのでよろしくお願いします!」
俺と手を固く交わし、隣にいるクラリスの前に立とうとするコジーラセ男爵。
対するクラリスは明日に向けて100万ドルの笑顔を振りまいている。
「あのときは目も見れませんでしたが、今の僕はハーレムの主。もう銀色の……」
威勢よくクラリスの正面に立ったコジーラセ男爵は苦しむ様子もなくその場で倒れた。
それまで俺に娘を紹介してくれた貴族たちはクラリスの前に立つと苦しみだし、隣のエリーとの握手で手を握りつぶされることで覚醒、ドSなお嬢様にその手をさらに握られ、ミーシャに慰められ、アリスの神聖魔法で回復。そして最後にアリスの隣に回ったリーガン公爵に神聖魔法代を巻き上げられるまでがセットだったのだが、コジーラセは苦しむ間もなく一発でKOされてしまったのだ。
まぁ11歳の頃のクラリスを前にして目を見ることができなかったコジーラセが、この至近距離で目を合わせるのには無理があった。手を握っていたら2度と心臓が動くことはなかったかもしれない。
コジーラセを執事たちが寝室まで連れて行くのを見届けながら残りの列を見る。招待客のほとんどと挨拶が終わり、ようやく先が見えてきたと思った矢先、ある一団と目が合った。
バルクス王とジオルグ殿下の2人だ。まさか2人もこのパーティに参加しているとは思わなかった。さらには2人と離れたところにザルカム王とビートル辺境伯の姿もあった。
彼らは列に並ぶことなくじっと俺たちを見つめていた。その視線がリーガン公爵と交差したとき、リーガン公爵の口から出た言葉に思わず背筋がゾッとする。
「列の終わりが見えてきました。壇上に来なかった者たちはマルスたちと交流を持ちたくない、そういうことでよろしいですね?」
その視線は明らかにバルクス王とザルカム王に向いていた。
2人からすればなんで俺たちが挨拶をしに行かないといけない? むしろ挨拶に来いと思っていることだろう。
特にバルクス王に限っては、部下ともいえるジークの手を取りに行くということにもつながる。どう考えても主従関係は逆。ジークからバルクス王のもとに向かわないといけないのだ。
さらにこの会場にはコジーラセなどバルクス王国の貴族も出席している。その者たちの前で手を取りに行くなど言語道断。間違ったメッセージを送ることともなる。これにはさすがのジークも助け船を出そうとしたが、それは近くにいたセレアンス公爵とフレスバルド公爵に阻まれる。
それを知ってか知らずかリーガン公爵は目を逸らすことなく、壇上から2人の王を見下す。
2人の王も抗おうと目を逸らさず、リーガン公爵を睨みつけるが、虚勢は続かなかった。
最初に動いたのはザルカム王の隣に立つビートル辺境伯だった。ザルカム王の耳元で何やら囁くと、ビートル辺境伯が列の最後尾に並ぶ。それにしぶしぶ付いていくザルカム王。
まさか並ぶと思っていなかった招待客たちがざわつく中、ジオルグがバルクス王と2、3会話をした後に動きだす。
2人は列の最後尾に向かうのではなく、そのまま壇上に上がってきたのだ。執事たちがそれを止めようとするが、リーガン公爵がそれを制す。
「ば、バルクス王、ジオルグ殿下。この度は……」
なんと言っていいか分からず、声が詰まってしまったが、目線を下にし、バルクス王の差し出された手を両手で握り、今できる最大限の敬意を示す。
「うむ……」
俺の立場を理解してくれたのか、多くを語らず通り過ぎると、ジオルグもバルクス王と同じように手を差し出す。その表情は苦虫を嚙み潰したように険しかった。
バルクス王とジオルグが皆の手を握りながら進む中、リーガン公爵の前に立つと、俺たちのときと変わらず片手を前に出す。
「次は余が招待しよう。必ず来るように」
「お誘いいただき光栄です」
両手で優しくバルクス王の手を包み込むように握手するリーガン公爵。当然顔には笑顔が張り付けられているが、目の奥は笑っていない。
次にジークの前でバルクス王が立ち止まり、何度か言葉を交わすと、ジークの後に控えるセレアンス公爵たちとは目も合わせず壇上から飛び降り、パーティ会場から立ち去った。
せめてもの抵抗といったところだろう。ジオルグもそれに続き、何事もなくて良かったと胸をなでおろす。
列の最後に並ぶザルカム王たちと握手したのはパーティが始まってから2時間ほど経ったころだった。
「すまないな。俺1人であれば喜んで挨拶しに来たのだが、ザルカム王も一緒だからな」
柔和な表情をしながら手を差し出してくるのはビートル辺境伯。
「いえいえ、本来はこちらからご挨拶に伺わなければならないというのに」
恐縮しながらビートル辺境伯の手を握ると、次は神経質そうな顔をしたザルカム王の手を取る。バルクス王と同じように最大限の敬意を表すが、ザルカム王は口をもごつかせるだけ。
何を言っているんだ? と思ったのも束の間、ビートル辺境伯が耳をザルカム王に寄せ、通訳の代わりとなる。
「いつかゆっくり話そう。ザルカム王はこう仰っている」
そういえばこの人会談もこうやってビートル辺境伯に喋らせていたな。
「畏まりました。よろしくお願いします」
頭を下げて2人が全員と握手を交わした後、会場を後にするのを見送ると、
「お疲れさまでした。パーティはまだ続きますが、あなたたちには明日もあります。今日はこの辺りで切り上げてください」
俺たちを労わるリーガン公爵。
「あの……本当に明日からマルスと休憩を共にしても……?」
再度確認を取るクラリス。
「もちろんです。エリーとアリスのおかげで予想外の収入を得ることができました。もう少し色をつけてもいいかなと考えているところですよ」
どうやらリーガン公爵は【黎明】式マッチポンプに満足している様子。
にしてもリスター祭でデートできるのかぁ……ずっと蛇口サポートだと思っていただけに嬉しいな。
そんなことを思いながらみんなでリーガン公爵の屋敷を後にした。
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