第508話 子供事情
「さて、早速ですが本題に入りましょう」
リーガン公爵の屋敷に到着すると、挨拶もそこそこにリーガン公爵が皆の注目を集める。
「リーナ入学の件、リスター帝国学校として特待生として迎え入れましょう。望むのであれば護衛の入学、またはリーナ卒業まで職員として学校側で雇うことも可能です」
まさかの言葉にジークが狼狽える。
「ありがとうございます。ですがリーナに護衛とはどういった……」
あくまでもリーナが神聖魔法使いというのを隠そうとしているのは分かるが、相手が悪い。
「ブライアント辺境伯、とぼけなくても結構ですよ。もしこの学校に入学せずともリーナが神聖魔法使いということは他言いたしませんので」
にっこりを笑うリーガン公爵。それでも認めないジークにカストロ公爵の追撃が入る。
「お義父さ……ジーク様、私も神聖魔法使いです。ただ発育がいいだけの子と神聖魔法使いを見間違うわけございません。それにリーガン公爵の人を見る目だけは本物です。ここは素直にお認めになっていただければ……」
棘のある言葉にリーガン公爵の眉根が寄るが、どうやら堪えられたようだ。にしてもジークを義父さんと呼ぼうとするとは……この人どこまで本気なんだ?
「畏まりました。マルスともその件について相談したいので返事はもう少し後にしてもらっても……」
2人に攻められ白旗を上げるジーク。ナイスファイトだった!
「ええ、構いませんよ」
リーガン公爵の興味が今度はジークからマリアに変わる。
「にしても、マリアが神聖魔法使いではないというのが本当に驚きです。レオナも勘違いするほどですから」
マリアはまだまだ若々しいからリーガン公爵がそういうのも納得。誰も三十路を超えているとは思わないだろう。
「それもですが、ご子息全員がこれほどまで優秀となると、お義母さ……マリア様があと何人子供をと考えているのか気になるところではありますわ」
相変わらずのムーブを決めるカストロ公爵。質問の内容にマリアもたじたじ。にしてもご子息全員優秀とは見る目がないな。カインは今、あなたの部下である双子に挟まれこの世を謳歌しているのだぞ?
「え? あ、その……主人に任せておりますが……」
少女のように肌を染めるマリア。なおも2人の質問はマリアに向けられる。食事、運動、入浴のときに使う石鹸などなど。
その中でも気になったのがマリアの家系。リーガン公爵やカストロ公爵はマリアに兄弟がいれば、兄弟の子も神聖魔法使い、あるいは優秀な子供を生んでいるのでは? という期待からだったようだが、マリアはそれだけは言わなかった。実際神聖魔法使いが生まれやすい家系だったりすると探し当てられ望まぬ結婚とか強いられそうだからな。
根掘り葉掘り聞かれて大変だなと思っていると、
「クラリス、本当に助かったわ。クラリスのおかげでつわりも楽だったし」
俺とクラリスの前に眼鏡っ子先輩が立つ。
「お役に立ててよかったです。子供の方はどうですか?」
「ええ、おかげさまで順調よ。本当は連れてきたかったんだけどさすがにね?」
だよな。おそらく生まれたばかりだろうから外には連れていけないよな。
「もう義姉さんがここに来たということは離乳食ですか?」
何の気なしに質問をすると、驚く答えがサラッと返ってくる。
「いえ、生まれた日から乳母に任せているわ」
え? 生まれた日から?
「授乳は……」
と、聞こうとしたがもしかしたら母乳が出ない体質なのかもしれない。今のはノンデリ発言だったか? と自己嫌悪に駆られていると、
「その様子じゃマルスもアイクと同じで知らないみたいね」
にっこりとほほ笑む眼鏡っ子先輩。
すると話題を聞きつけたアイクが眼鏡っ子先輩の隣に立ち、
「俺たちは平民出身だからな」
意味深な言葉を発する。
ずっと頭に?マークをつけている俺に対し、眼鏡っ子先輩が手招きをし、姿勢を低くして俺とクラリスにしか聞こえないように小声でささやく。
「メサリウス伯爵家は後継問題でいろいろあったでしょ? だから後継者候補はたくさん作れって父や母、それにフレスバルド公爵家からもお達しが来てるの」
ん? それが授乳にどうつながるんだ? 意味が分からない俺に今度はクラリスの顔が近づく。
「授乳するとね、女性ホルモンが乱れるの。だからそれが避妊につながるのよ」
クラリスが知っているのは分かるが、科学の進んでないこの世界でそんなことが常識として知られているのか? もしかしておばあちゃんの知恵袋てきなやつか?
それにそこまでして後継者を望むのか……まぁ分からなくもないが、クラリスたちにはそうのような負担をかけまいと心に誓う……が、相棒がそれに従うかはまた別の話。こいつは俺であって俺ではないからな。
「お義姉さん、あまり無理なさらないでくださいね。あまり急ぎすると流産するという話も聞きますし、母体にも影響が……」
「だから今日はまたクラリスにお願いがあってきたのよ。神聖魔法で私の体調を整えてもらえたらなって」
確かにそのへんもクラリスの神聖魔法であれば整いそうだな。下手すれば匂いを嗅いでいるだけでも解決しそうだが。
「ええ、もちろん。でも神聖魔法を使っても治らないこともあるかもしれないので、くれぐれも体調には十分気をつけてくださいね。神聖魔法は今度お風呂に入ったときにでも……」
「ありがと。じゃあお礼としてクラリスの知らないことを色々教えてあげるわ。まずは……」
流し目で俺を見る眼鏡っ子先輩。また俺を揶揄うつもりなのだろう。
「ちょ、ちょっとリーナの学校案内してきます。よろしいでしょうか?」
リーナを使いこの場から逃げようとすると、リーガン公爵から許可が下りる。女性陣は眼鏡っ子先輩の話に興味があるらしく残ることに。
視界の隅にシンパシーを感じたバロンとゲイナードが語り合っているのが見えたが、そこは無視して2人で学校に向かおうとすると、サーシャに止められる。
「マルス? リーナと2人きりはちょっとやめておいた方がいいわよ? 私もついていくからもう1人男性を連れて行きましょう」
なんで? と一瞬思ったが、また1人増えたかと思われるということか。
「じゃあ俺が行く」
手を挙げてくれたのはアイク。確かにアイクがいれば安心。
「ズルもおいで」
さらにリーナに呼ばれてきたのはズルことズルタン。ズルタンは思想があれだけど、利用できれば相当心強い。リーナ入学の際、護衛にはズルタンがつくだろうから、リーナと一緒に案内することにした。
明日からリスター祭のプレオープン、そのため一般生徒たちも授業中教室の外に出歩く機会が多く、いつもより校内は賑やかだった。
その分注目は俺たちに集まる。その中でも俺とアイクに両手を繋がれているリーナは皆からの注目の的。
「なんでマルスの周りには美少女しか集まらない?」
「アイク様とハーレムキングが1人の女を取り合ってないか?」
「アイク様とマルス様を……あの女許せない!」
そんな中、校内を案内していると、同じく見学していた教皇一行に出会う。
「マルス? もしかして隣にいるその子は……?」
教皇と同行していたドミニクがリーナを見て問うてくる。
そういえばドミニクは1年生闘技大会の打ち上げは怪我で参加を見送っていたからリーナを知らないのか。にしてもやっぱりこの反応……ちょっとかわいそすぎるだろ、俺。
「妹のリーナだ。来年ここに入学するかもしれないから見学しているんだ。リーナ挨拶しなさい」
「リーナ・ブライアントです。よろしくお願いします」
かわいい笑顔を振りまくリーナ。さっきまでリーナに嫉妬していた女性たちがざわつき始める。彼女たちもリーナが俺たちの妹とは知らなかったのだろう。
リーナに挨拶された教皇が皆の意見を代弁し、リーナに優しく語り掛ける。
「初めまして。まさか9歳ってことはないよね?」
まぁそう思うよね。この学校には現役で入れなかった者も多数いるしな。
「え? 9歳です。マルスお兄ちゃんの3つ下なので」
リーナの言葉に教皇一行が顔を見合わせる中、1人の男がリーナの前に立ち、握手を求めるかのように手を前に差しだす。
「せ、セラフです! 今この瞬間! リスター帝国学校に入ることを決心しました! まずは友達からお願いします!」
まずは……だと? まさか、お前……うちのリーナに……?
と、思ったのは俺だけはなかった。
セラフの差し出した手を『パシン』と叩く音と共に、さっそうと髪を靡かせた男が立ちはだかったのだ――――
「リーナ様に何をしようとしている!? あぁぁぁんんん!?」
今にも腰に携えている斧に手をかけようとするズルタン。頭こそチャーミングだが、凶悪な顔をした男に凄まれて平然としていられる奴は少ない。
「ひぃぃぃっっっ!」
セラフどころか教皇様やレオナルド夫妻、ドミニクにソフィア、さらには後をつけてきた生徒たちからも悲鳴が上がる。
「やめろズルタン。セラフすまなかったな。でも許してほしい。俺たちは皆リーナのことが大切なんだ。もしリーナに酷いことをしたら、メサリウス伯爵家当主の俺、アイク・ブライアントが地の果てまで追いかけるからそのつもりで」
ズルタン以上の脅しをかけるアイク。しかしその視線はセラフにではなく、周囲の生徒たちに向けられていた。
だから他の生徒たちにはバレないよう教皇たちに向かって謝罪の意思を見せるアイク。
「じゃあここはみんなで一緒に校内を見学しますか」
俺の提案に皆が乗る……が、一度もセラフの手をリーナがとることはなかった。
なぜならリーナはずっと俺とアイクの手を握っていたのだから――――










