第507話 VIP
2032年11月1日 12時
フレスバルド公爵、セレアンス公爵、スザク、ビャッコの4人は別に用事があるとのことで、残りのメンバーで3階の食堂へ。
「す、凄いな……毎日こんな豪華な昼食を食べているのか?」
目を丸くするレオナルドの言葉に教皇も続く。
「これだけの食事を毎日食べ、訓練していれば成長が早くなるのも頷ける」
いつもは高タンパク低脂質を心掛けている俺だが、ここで俺がいつも通りの食事を摂ると、レオナルドや教皇が頼みづらくなると思い、久しぶりに3階専用の料理に口をつける。
確かに美味い……が、毎日はいらない。たまに食べる程度で十分。
そう思いながら皆で談笑していると、俺たちを呼ぶ声が。
「久しぶりだな、マルス」
「姫様! 会いたかったモン!」
次に俺たちの前に現れたのはビラキシル侯爵にポロン。
2人の登場に周囲の生徒たちがざわつく。
「お久しぶりです! どうしてここに?」
席を立ちビラキシル侯爵の前に出ると、
「グランザムの件でリーガン公爵には世話になったからな。本当はビートル辺境伯と一緒に来る予定だったのだが、まだこっちもいろいろあってな」
そういえば、そんなことを言っていたな。
2人を加え皆で食事を摂っていると、またも他の生徒たちが騒がしくなるが、先ほどとは違い今度は全員が席を立つ。
現れたのはまたもリーガン公爵とカストロ公爵。
俺たちも席を立とうとすると、リーガン公爵がそれを手で制す。
「いいのですよ。皆さん、そのまま食事を続けてください」
にしても仲が悪いという割には一緒に行動していることが多い気がする。
「マルス、【暁】を連れて私たちと一緒に来てください」
ということは噂のVIPが来たということか。
「分かりました。皆さん、申し訳ございませんが僕たちはここで……」
教皇たちに別れを告げ、リーガン公爵に連れられ食堂棟を出ると、そこにはサーシャ、ライナー、ブラムにビッチ先輩、そしてゲイナードにフランとフレンの姿があった。
「では正門まで参りましょう。マルスが先頭で次にクラリスたち。サーシャたちは私たちの後についてきてください」
食事時にこのメンバーで移動するのものだから生徒たちの注目が俺たちに集まるのは当然。
「ねぇねぇ? 誰が来るんだろうね!?」
興奮気味にミーシャが皆に話しかけると、
「確かに気になるわね。フレスバルド公爵やセレアンス公爵相手でもお出迎えをしなかったのに」
俺にだけ聞こえるような音量で呟くクラリス。
皆で誰かを当てながら歩くこと数十分、ようやく正門まで辿り着くと、そこにはリーガン騎士団が綺麗に整列していた。
あまりもの仰々しさに言葉を失う。
「さてお出迎えの準備いたします。並びは私が決めますので。まず先頭にマルス」
言われるがままリーガン公爵に指定された位置に立つと、テキパキと皆に指示をするリーガン公爵。
「マルスを背中に見て、右後ろにクラリス、左後ろにエリー……そして……」
俺を先頭に三角形を描くように並ぶ。
最後にリーガン公爵とカストロ公爵が俺と同じ列ではあるが、少し離れた場所で大きく開かれた正門の先を見据える。
2人に倣い俺も正門を見ること数分、正門の先には3台の馬車のシルエットが見える。
次第に露わになっていき、先頭の馬車の御者を見て思わず、
「――――えっ!?」
と、何度も目を擦り確かめる。
「え? あれって……?」
声がした方を振り返ると、クラリスも心当たりあるのか、双眼鏡を見るように手を目の付近に当て、驚きの声を漏らしていた。
徐々に露わになるシルエット。
間違いない、先頭はあの人……ってことはあの馬車の中に乗っているのは……。
もしかして出迎える人を間違えてないか?
そう思いリーガン公爵の方に視線をむけると、両手を体の前で揃え、手入れの行き届いた手先は背筋と同じく真っすぐ。そのままの姿勢でゆっくりと腰を折り、頭を適度に下げ、目線は礼儀正しく下に置くリーガン公爵の姿が。
真似するようにカストロ公爵も続くと、俺の後ろに並ぶ者たちも皆、同じ姿勢を取る。それはブラッドとコディも例外ではなかった。
近くで馬車が止まったところでようやく俺だけ頭を下げてないことに気づく。
慌てて頭を下げようとすると、前後の馬車に守られるように走っていた真ん中の馬車から1人の美少女が勢いよく飛び下り、一目散に俺に向かって走ってくる。
さらには美少女を追うように馬車から飛び降りる者が1人。
その男は馬車の中から制止されるのにも構わず馬車から飛び降りたが、その小さい体で飛び下りるのは自殺行為。バランスを崩してこけるも、その眼はエリーにロックオン。涎を垂らしながら両手を前に迫る。
取り敢えず俺は中腰になり両手を広げて美少女を受け入れる体勢を取ると、美少女は勢いよく俺の胸に飛び込んできて一言。
「お兄ちゃん! 会いたかった!」
「ああ、俺もだリーナ。大きくなったな」
そう、馬車から降りてきた美少女とは妹のリーナ。リーナを抱きかかえ、エリーの方を見ると愚弟の両脇をがっしりと掴み持ち上げていた。
あれなら手足の短いカインの欲望を満たすことはできないだろう。
と、思っていると、先頭の御者台に座っていたバンが降りると、先頭の馬車の中からは、ガイ、マック、オル、そしてズルタンも降り、リーナとカインが降りた2台目の馬車に駆け寄る。
バンたちに警護されながら2台目の馬車から降りてきたのは、言わずもがなジークとマリア。
2人の姿が見えた途端、リーガン公爵が柔らかな口調で労う。
「遠いところまでご足労頂きありがとうございます。ブライアント辺境伯」
再度お辞儀をすると、その隣にいたカストロ公爵もそれに倣う。
「お初にお目にかかります。カストロ公爵家当主レオナ・バルサモにございます」
2人の公爵に先に挨拶をされて焦るジーク。
「リーガン公爵、お久しぶりでございます。カストロ公爵におかれましては……」
言葉を詰まらせるジーク。と、そこにリーガン公爵のフォローが入る。
「ブライアント辺境伯、レオナがマルスの子を宿したという質の悪い噂が流れておりますが、あれは嘘。マルスとレオナの間には何事もなかったというのは確認済みです」
この言葉に安心したのはジークだけでなくマリアもだった。
そしてジークとマリアの後ろからまた別の声が。
「だから言ったじゃないか。マルスに限ってクラリスやエリーよりも先に誰かと結ばれることは絶対にありえないって」
この声を俺が聞き間違えるわけがない。
声を辿りジークの後ろに視線をやると、アイクと眼鏡っ子先輩が仲睦まじくこちらに歩く姿が。
「アイク兄! 義姉さん!」
「「「お義兄さん! お義姉さん!」」」
リーナを抱きかかえたまま2人の下に駆けよると、クラリスたちも俺の後に続く。
「義姉さん!? 体調は大丈夫なのですか?」
「マルス久しぶりじゃない。クラリスのおかげで体調は大丈夫よ。でも私はカストロ公爵との件を信じていたんだけどなぁ」
俺の顔を覗き込む眼鏡っ子先輩。さらにぶっ飛んだ発言が続く。
「当然アイクが言ったようにマルスがクラリスたちのことを好きだということは信じていたわよ。だからクラリスたちを全員妊娠させてからカストロ公爵にも手を出したと思っていたのだけど……」
俺は種馬か? と突っ込みたくなったが、堪えておいた。ミーシャが悪ノリしそうだからな。何も言わないのが吉。
「では皆さん、積もる話もあるでしょうが、一旦屋敷へ向かいましょう」
リーガン公爵が手を叩き、屋敷へ向かうように促す。
もっと話したいことはあるが、長旅で疲れただろうからリーガン公爵に従い、皆で屋敷を目指す。
そこでまた、この世界と日本の常識は一致しないということが明らかになった。










