第505話 貴族社会
次回木曜日更新予定です
2032年10月30日 10時
「ふぅ……危なかったのじゃ……」
肝を冷やしたのか芭蕉扇を煽ぎながら姫が一言。
その視線の先には悔しそうなアリス。
「姫! もう一度お願いします!」
負けん気の強いアリスが再戦を要求するもそれを拒否する姫。
「序列戦は妾の勝ちなのじゃ!」
そう、現在2年Sクラスの序列1位をかけての試合が行われ、辛くも姫が勝ったのだ。
聞いたところによると、姫がいきなり2年生として編入されるのはいかがなものかと学校内で物議を醸したらしいが、リーガン公爵が強引にねじ込んだのだという。
「はい! 序列戦では負けましたが、もう少しで勝てそうなので!」
しかし、姫は決して首を縦には振らない。
姫も分かっているのだ。今戦うと次は負ける可能性があると。
傍目からすると、2人の試合は姫の圧勝かと思われる内容。
芭蕉扇でアリスを吹っ飛ばせなくとも、行動を制限し火魔法で攻撃、それでも近づかれたら幻魔眼で幻を見せて時間稼ぎをする。
結局は近づくことができずに姫に軍配が上がったが、流れる汗の量を見るからに精神的にかなり追い詰められたというのは想像できる。
これまでブラッド、コディ、クロムと戦った直後には涼しい顔をしていたから余計にだ。
「アリス、ナイスファイトだった。勝機はある。これからは水魔法を中心に訓練しよう」
「はい! よろしくお願いします!」
早速水魔法の訓練を始めるアリス。
結局2年Sクラスの序列戦はというと、
1位・姫
2位・アリス
3位・ブラッド
4位・クロム
5位・コディ
6位・ケビン
7位・ドアーホ
という結果に終わった。
2位から5位がかなり意外かと思うかもしれないが、これには理由がある。
序列戦7位から開始した姫は、コディとクロムのMPを削りきって1位になったのだ。
こうなるとコディは苦しく、クロムもスリープが使えないので純粋に接近戦のみでの戦いとなった。
戦う順番次第で順位が入れ替わるほど拮抗したいい戦いだったことは間違いない。
ちなみに俺的ベストバウトはカエサル公爵の息子ケビン対ザルカム王国王子のドアーホ。
皆は馬鹿にするかもしれないが、意地と意地のぶつかりあいで気持ちのこもったいい試合だった。
その前に3年Sクラスの序列戦も行ったのだが、こちらは1試合だけ。
序列5位をかけたミーシャとバロンの戦いはやはりミーシャに軍配。
バロンも善戦したが、ステータス差がでかすぎたからな。
序列戦を終え、それぞれの反省点を踏まえながら訓練に励んでいると、
「マルス? VIPって誰が来ると思う? 心当たりは1人だけいるんだけど……」
俺と鎖術の訓練をしながらカレンが問うてくる。
「俺も1人だけ頭に浮かんでいる人はいるんだ。せーので同時に言わないか?」
カレンが頷くと息を合わせて言葉を揃える。
「「【剣神】」」
まぁそうだよな。【剣神】以外考えられない。
ただ自身の兄を超VIPと言うのか? という疑問符はつくが。
ちょうどそこに俺たちを呼ぶ声が闘技場の入口から聞こえてきた。
「マルス! バロン! 会いたかったぞ!」
「アリス!」
呼ばれた方に視線を向けると、一組のカップルが。
「おお! ドミニク!」
「お姉ちゃん!」
カップルと言うのはドミニクとソフィア。リスター祭には必ず出席してくれる2人だが、その後ろからも俺たちを呼ぶ声が。
「マルス、久しぶりだな」
「みんな、元気してた?」
「お久しぶりです」
そこにいたのはデアドア神聖王国教皇ソロンと妻のアリーナ、そして息子のセラフだった。
「お久しぶりです! どうなされたのですか?」
片手しかない教皇が手を差し出してきたので、両手で握手し目線を低くして挨拶をする。
「セラフが来年新1年生になるからな。ドミニクがセラフのためにもこの学校に通わせた方がいいと言うものだから、リーガン公爵にリスター祭を見学させてほしいと手紙を出したら、2つ返事で答えてくれてな。明日の通常授業から見学してもよいと仰りお言葉に甘えたのだ」
教皇の言葉にアリーナが続く。
「そうそう。それにこの学校にはあなたたちのような美人で優秀な女の子がたくさんいるって聞いたから、セラフのお嫁さん候補も探そうかなって」
「や、やめてよ母さん。そう言われると恥ずかしいから……」
と、言いながらもエリーをチラチラ盗み見するセラフ。
そういえばセラフはエリーがお気に入りだったんだ。
しかし、来訪客は教皇たちだけではなかった。
闘技場の入り口では教皇夫妻と同じくらいの歳の男女が緊張した面持ちで俺を見ていた。
俺はその顔を見てすぐに誰かと察する。
それは俺だけではなくクラリスもだった。
「お初にお目にかかります。バルクス王国ブライアント辺境伯家マルス・ブライアントと申します」
クラリスは何も言わずにカーテシーを披露すると、それを見た男は突然両膝を地につき、手も地面につこうとする。
まさかの出来事に未来視を発現すると、土下座のような態勢を取る男が視えた。
この人にそんなことをさせるわけにはいかない。
特に娘の前では。
すぐに男を抱きかかえるようにして立たせると、
「アリスのお父様ではありませんか?」
驚いた顔を見せる男。隣に立っていた女性がどことなくアリスとソフィアに似ていたからそう推測しただけ。
まぁ未来視の後に鑑定をして確かめたんだけどね。
「は、はい。そうです。商人をしておりますレオナルドと申します。こちらは妻のシアラ」
シアラに目を配ると、緊張しているのか微動だにしないシアラ。
「お父さん! お母さん! どうしてここに?」
そこにようやくアリスが会話に割って入ってくると、もごもごしている2人に代わりソフィアが答える。
「ほら、まだ挨拶に行ってなかったでしょ? だから引っ張り出してきたの」
「そうでしたか。大変申し訳ございませんでした。本来であれば僕がお伺いしなければならないのに……」
頭を下げようとすると、それを慌てて止めるアリスの父レオナルド。
「な、何をなさっておられるのですか!? マルス様!? お伺いしないといけないのはこちらの方で……マルス様のご勇名はデアドア神聖王国の田舎にも轟くほどで……」
えっ? マルス様? 伺わないといけないのはレオナルドの方? デアドア神聖王国にまで轟く勇名ってもしかして……?
逡巡していると母のシアラもまたあたふたしながら腰を低くし、
「うちの娘が押し掛けるような真似をして誠に申し訳ございません」
何度も謝る。
あれ? 思っていた展開とまったく違うぞ?
アリスの両親に挨拶しに行くときは、『うちの大切な娘をぞんざいに扱いやがって! 結婚は認めん』と怒鳴り散らされる覚悟だったのに、こうも平身低頭の姿勢でこられると調子がくるう。
さらに意外な言葉がレオナルドから発せられる。
「うちの娘を……アリスをもらっていただけるのですか?」
もらっていただけるって……こんなにいい娘なのに……。
「むしろ僕にはもったいないくらいで……必ず幸せに、大切にいたしますのでアリスさんを僕にください」
俺の言葉に喜び、ようやく笑顔を見せるレオナルドとシアラ。
少し緊張が解れてきたところでアリスがクラリスたちのことを紹介し始める。
これは助かる。俺がアリスの両親にクラリスたちのことを紹介するのはなんか違う気がするからな。
「お父さん! お母さん! マルス先輩は本当に私を大切にしてくれてるんだ! あと他の先輩たちも! だから紹介させて! こちらは大陸一……世界一美人のランパード子爵家のクラリス先輩!」
この調子でアリスが次々と皆の紹介をするが、そのたびにレオナルド夫妻が膝をつこうとするのを俺が止めるのを繰り返す。
なんとかドアーホまで紹介しきると、クラリスから一言。
「レオナルドさん、シアラさん。このように身内しかいない場ではどうか普通に接してください。アリスのご両親ということであれば、私にとってもお2人は大切な方なので」
困惑する夫妻にカレンも続く。
「クラリスがこう言っているのだから私も異論はないわ。このことは父にもしっかり伝えておくから安心しなさい。エリーもいいでしょ?」
言い方は上から目線だが、カレンの表情と口調は柔らかい。
「……うん……問題ない……」
クラリス、エリー、カレンの意見に逆らえる者などここにはいない。
エリーの同意を得たカレンが皆を見渡すと、
「うむ。お主らがそういのであれば妾も問題ないのじゃ」
「親父には俺から言っておくぜ」
「僕からも父上と兄上に伝えておきます」
全員が同意してくれた。これは助かる。
親世代が子世代にへりくだるというのは見ていてモヤモヤするからな。もしかしたらクラリスとカレンもそんな俺の心情を察しての行動だったのかもしれない。
「じゃあさ、みんなで外にご飯を食べに行こうよ! いつもアリスにはお世話になってるから私が奢るよ! リーガン公爵には私からうまく伝えておくから!」
愛嬌のある笑顔でレオナルド夫妻の手を引くミーシャ。確かにミーシャはアリスに毎日お世話してもらっているからな。
リーガン公爵の了承を得て街に出て、戻ってきたのは街が暗くなってからだった。










