第502話 興国
「小童が! 何を言っておる! リムルガルドは我がバルクス王国の領土! 軟弱者のザルカム王国の奴らには1ミリも譲らんぞ!」
ビートル辺境伯の言葉に激昂し、机を叩くバルクス王。
「お言葉ですがバルクス王国もリルムガルド攻略には手を焼き、結局はリスター連合国に頼ることになったのでは?」
激昂するバルクス王をさらに煽るビートル辺境伯。
これにブチ切れたバルクス王が、席を立ち腰に携えた剣を抜こうとするが、
「バルクス王。ここで剣を抜くのはやめてください。もしあなたが抜くのであれば、この場を設けた私の顔が丸つぶれです。そうなればどうなるか、聡明なバルクス王であればお分かりでしょう?」
やんわりとした口調で微笑みながら、子供をあやすように宥めるリーガン公爵。
「む……確かに。聡明な余が取り乱してしまったようで申し訳ない」
おいおい……自分のことを聡明っていう奴初めて見たぞ?
間違いなくバルクス王はこういう場には不向きだな……という俺もリーガン公爵と舌戦をして勝てる見込みはないのだが。
が、そんな俺たち以上に向いてない者がいた。
「ザルカム王? そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。ここには正義の味方で、私の大切な男性が守ってくれますから。ね? あ・な・た」
カストロ公爵が小鹿のように怯える者に優しく声をかけた後、俺にウィンクを飛ばしてくる。
や、やべ……今の不意打ちは効いた。思わず可愛いと思ってしまった。
にしても予想はしていたが、あの人がザルカム王か。
ちょっと頼りなさそうだな……まぁ俺にだけは言われたくないだろうが。
「ザルカム王国側の言い分は分かりました。次は我々バルクス王国が意見を述べても構いませんか?」
ピりついた空気の中、声を上げたのはジオルグだった。
「はい。お願いします」
またも微笑んで答えるリーガン公爵。
「我々バルクス王国としてもフォグロス迷宮攻略の褒美に伯爵位を考えております。そして偶然にもマルスにはリムルガルドを治めてもらおうかと考えておりました」
なんと!? バルクス王国からも同じ条件が!?
しかもお互いが自身の領地と言い合っているところを俺が治めれば、いろいろ丸く収まるのでは!? これは俺にとって理想的な流れだ。
「そうですが、2か国ともマルスにリムルガルドを授けるというのは一致しているのですね。では我々リスター連合国の総意を述べます」
リーガン公爵の発言に皆の注目が集まる。
「まず、リムルガルド城、およびリムルガルド城下町に関してですが、両国は自力で攻略できず、リスター連合国を頼ったということでよろしいですか?」
バルクス王、ジオルグ、そしてザルカム王とビートル辺境伯は何の反応も示さない。
なぜなら答えはYseだからだ。
「そんな両国がマルスにリムルガルドを授けると言っても、それは体よくマルスを使っているとしか思えません。私の可愛い教え子にそのようなことを押し付けるのは言語道断」
ぴしゃりと言い切ると、さらに続ける。
「なので、リムルガルド城、リムルガルド城下町攻略の報酬として、我々リスター連合国はリムルガルドの領地を希望いたします。我々がリムルガルドを管理し、後にマルスに治めてもらおうかと思っております。マルスが望むのであれば……という条件ではありますが」
は!? リスター連合国までリムルガルドを!?
これにはバルクス王国、ザルカム王国も黙ってはいない。
「何を言っておるか! リムルガルドは余の領地! 他の者に渡しはせぬぞ!」
またもバルクス王が激昂し立ち上がると、ザルカム王もビートル辺境伯に耳打ちをする。
「リルムガルドを巡って我々ザルカム王国とバルクス王国は血を血で洗ってきました。それをリスター連合国が横取りというのは納得できません。報酬は別の形で頼むとザルカム王も仰っております」
シャイなのか、何かの病気なのかは分からないが、ザルカム王の言葉を代弁するビートル辺境伯。
「そうですか……困りましたねぇ……ではこれから起こることに私たちは介入しないほうがいいのですかね?」
言葉とは裏腹にまったく困った様子のないリーガン公爵。
むしろここまで皆がリーガン公爵の掌で踊らされている感じすらある。
「何が起こる!? 言ってみろ!」
あくまでも高圧的な物言いをするバルクス王。
その言葉にジオルグが苦虫を嚙み潰したような顔をする。
ジオルグからすれば聞かなくてもいいことは聞くなと言いたいのだろう。
「フレスバルド侯爵……つまりスザクからこのような報告が入っております。フレスバルド騎士団がリムルガルド城を監視していたのですが、いつ迷宮飽和が起きてもおかしくない状況だと。どうやら城内のオーガたちがまた増えているようです。さて、どちらの国がこれを対処するのですか?」
領地を主張するのであれば、今度は自力でなんとかしろと脅しをかけているのだろう。
が、これにジオルグが食い下がる。
「失礼ですが、リスター連合国もマルスたちに攻略してもらったと記憶しております。結局はリスター連合国としてもマルスを頼ることになるのでは?」
実際は間引きしかしておらず、攻略はしていないんだけどね。
それにこれは質問は悪手でななかろうか? 俺がいなくても何とかなりそう。
そう思っていると、想像を超える言葉がリーガン公爵から放たれた。
「我々はマルスだけでなく【暁】の力を借りなくてもリムルガルド城を攻略する手があります。あなたたちも良く知っていることでしょう? 【剣神】の実力を」
「なっ!? 【剣神】が戻っているのか!?」
【剣神】という言葉に過剰に反応するバルクス王。
「いえ、ですがもうそろそろ十年が経ちます。だいたい十年周期で戻って来ますからそろそろかなと」
「む……確かに……【剣神】であれば1人で攻略するのも容易いか……」
バルクス王にそうまで言わせる【剣神】。
が、俺としては【剣神】にリムルガルドを攻略されてはちょっと困る。
「あのぉ……僕からもよろしいでしょうか?」
すでにこの場を支配しているリーガン公爵が頷くと、席を立ち、左手を前にして腹部に当て、右手を後ろに回し軽く頭を垂れる。
「もしリムルガルドに脅威が迫っているのであれば、僕に依頼……いえ、僕が対応してもよろしいでしょうか?」
ちょっと言い出すのが怖かったが、これは重要なこと。
「どうしてですか?」
リーガン公爵が笑みを浮かべ質問してくる。
あれ? もしかして俺の発言を予め予想してた?
整った顔からは敵意を感じられない。
「自分が治める領地は自分の力でなんとかしたい……もしそれができれば、領内に暮らす民たちも安心できるかなと」
恐る恐る自分の意見を述べる。
ただでさえリムルガルドはAランクパーティを何組も飲み込んだ畏怖の象徴として中央大陸の者からは恐れられている。
【剣神】にリムルガルド城を攻略してもらい、その後に俺が領主となっても、人々は【剣神】がいなければ攻略できなかった。また同じことが起きたらリムルガルドは魔物の巣窟と化すと思い、誰も寄り付かないだろう。
だからこそリムルガルド城攻略だけは俺の手で成し遂げなければならない。
「それは私も思っていたことです。ただジオルグから結局はマルスを頼るのでは? と言われたからそう申しただけで、私もマルスにお願いしようと思っておりました。マルスが望むのであればと付け加えたのもそのためです。しかし。このままでは議論は平行線。三国がリムルガルドの所有権を主張している状態。どこかで落としどころをつけなけれあばなりません。私に考えがあるのですがよろしいですか?」
この場で沈黙は了承を意味する。
リーガン公爵が皆を見渡してから衝撃の一言を発する。
「マルス、国を興しなさい――――」










