第500話 余波
2032年10月25日 15時
「ただいま戻りました」
リーガンに着き、すぐに【暁】のメンバーだけで校長室へ向かうと、そこにはどこかいつもと違う雰囲気のリーガン公爵の姿、そしてその後ろにはサーシャが立っていた。
「……今回のクエストの報告をお願いします」
明らかにリーガン公爵の機嫌が悪い。
リーガン公爵は俺たちとは視線を合わせず、書類に視線を落とすだけ。
それにはリーガン公爵の後ろで立つサーシャも苦笑いを浮かべる。
何かあったのか?
「はい。それでは報告させていただきます……」
二角獣を倒したことを述べるとリーガン公爵の表情が和らぎ、フォグロス迷宮でグレーターデーモンを倒し、攻略したことを話すころにはいつものリーガン公爵に戻っていた。
「さすがマルスです。私が見込んだ者だけのことはあります……」
「ありがとうござ……」
「しかしです。マルス? まだ他に報告することがあるでしょう?」
「報告ですか……? 特にはないかと……」
何のことか分からない俺はクラリスたちを見るが、クラリスたちも首を傾げる。
「そうですか……とぼけるのですね……ではズバリ聞きましょう。レオナを妊娠させたようですね? 他にもフラン、フレンと関係を持ったとか? あなたにはクラリスたちがいるでしょう? それでも満足できないのであれば、あなたの正面にいる……」
「リーガン公爵? そのあたりでよろしいかと……」
リーガン公爵の言葉を途中で遮るサーシャ。
カストロ公爵が妊娠したという噂がここまで広まっていたのか。
それに尾ヒレがついて双子にまで手を出したことになっているとは。
ここは容疑者の俺が否定するよりももっと信用のある者から説明してもらおう。
「その件に関してはカレンから説明してもらおうかと思います。カレン、いいか?」
カレンはもちろんといった表情で一歩前に出て、俺の隣に立つ。
「今回の件はカストロ公爵側が流したデマです。よろしければ噂を流した張本人を呼んできてもよろしいでしょうか? 今は学校の正門前で待機しているかと思います」
「……デマ? 張本人? いいでしょう。カレンはその人物を連れてきなさい。サーシャも一緒についていきなさい。裏で口裏合わせなどされないように」
「あっ! お母さんが行くなら私も行く! 話したいことがいっぱいあるんだ!」
唯一この重い空気を打破してくれそうなミーシャが出て行ってしまった。
ゲイナードが来るまでの時間、地獄のような空気感が流れるかに思えたが、エリーだけは我関せずとひたすら俺の左首筋に吸い付いてくる。
それを見ていたリーガン公爵がエリーに問う。
「エリー? エリーはどう思うのですか? 今回の件に関して」
「……マルス……無罪……かわいそう……」
その言葉に驚くリーガン公爵。
「……無罪……? 本当にデマってこと……? でもレオナとあの双子が一斉に誘惑したら……」
考え込むリーガン公爵。
もうこうやって噂を疑ってくれれば、こっちのもんだ。
ゲイナードが校長室に着くころにはクラリスからの説明もあり、完全に誤解は解けていた。
「申し訳ございませんでした。マルスがレオナに誑かされたのかと思うと、いてもたってもいられず……」
俺のことを心配してくれていたのか。
「それにしてもどうしてゲイナードはこうもあっさりと証言するのですか?」
疑い深いリーガン公爵はゲイナードに証言させた後、魅了眼で真偽を確かめる徹底っぷり。
「それはですね……」
こちらも素直に述べると、
「そ、そうですか……あれほどレオナに忠誠を誓っていたゲイナードがこうも簡単に篭絡されるとは……」
すました表情をしたカレンを見ながら、顔を引き攣らせるリーガン公爵。
「それとは別に報告したいことがあるのですが、実はフォグロス迷宮を攻略した褒美として……」
叙爵の件を伝えると、
「まぁそうでしょうね。明日時間を作るとバルクス王には伝えております。その席にはマルスも出てもらう予定ですが、1人……いえ、もう2人、別の者が同席するかと思います」
予想通りだったのか表情を崩すことなく淡々と述べるリーガン公爵。
ミックだけでなく、リーガン公爵も予想していたのか。
「まだまだマルスには聞きたいこともあります。序列戦を行ったという情報をこちらで得ていますし、デマかと思いますがセレスティアのことも。しかし、私もこれから人と会う予定がありますので、今日はこれくらいに。今後のことはサーシャに聞いてください」
「畏まりました。それでは失礼します」
サーシャと一緒に校長室を後にし、荷物を下ろしに寮へ戻る途中でサーシャに声をかける。
「サーシャ先生、後でお時間をいただけませんか? サーシャ先生には真実を話したいので」
「真実? いいけど……本当に妊娠させちゃったとかではないわよね?」
俺の言い方が悪かったな。
「それだけはないので。迷宮の件です。あまり聞かれたくない話なので、どこか落ち着いたところにでも……」
いいところないかなと考えていると、
「じゃあ私たちの部屋でいいじゃん! ミネルバには聞かれていい話でしょ!?」
ミーシャが手を挙げ提案する。
「いいけど荷物の整理とか大変じゃないのか?」
ミーシャではなくクラリスに問うと、
「別に構わないわよ? ミーシャにもしっかりと手伝ってもらうから」
OKが出たので、あとで久しぶりに【黎明】部屋に行くことに。
――――19時
ミネルバに女子寮の前まで迎えに来てもらい、男のロマンで透明化しながら【黎明】部屋の前まで辿りついた。
ノックをして返事をもらったのでドアを開けると、
「「「お帰りなさいませ! ご主人様!」」」
7人のメイドさんが俺を迎えてくれた。
ちなみに寮の外まで迎えに来たミネルバは制服。
クラリス、エリー、カレン、ミーシャ、アリスに姫。1人多くない? と思うかもしれないがなんと意外な人物がメイド服を身に纏っていた。
「なんかこの歳になってこういうのは……」
「そんなことないよ! お母さんとっても似合っててかわいいよ! ね? マルス?」
そう、サーシャまでメイド服を着ていたのだ。
確かにミーシャの言う通りかわいい。いやかわいすぎる。
「ええ、反則かなと……」
素直な感想を述べると、
「本当? 冗談でも嬉しいわ。今からでも姫と6人目の座をかけて戦おうかしら?」
笑顔を見せるサーシャ。いや、マジで破壊力抜群だ。
サーシャだけでなく他の女性陣のメイド姿も堪能し、本題に入る。
「サーシャ先生、実はフォグロス迷宮で倒した魔物はグレーターデーモンだけではなかったのです。これがその魔物の魔石となります」
一際大きな魔石をテーブルの上に置くと、サーシャがそれを手に取る。
「こんなに大きな魔石初めて見たわ……」
「はい。脅威度S-……アークデーモンの魔石です」
「えっ!? アークデーモン!? 大昔に国1つ滅ぼしたという!?」
国1つ滅ぼす!?
でも考えてみれば確かにそのくらい危険かもしれない。
アークデーモンを倒さない限り延々とグレーターデーモンが召喚し、さらにはデーモン、レッサーデーモンと召喚されていく。
結局はデーモンをリーダーとしたBランクパーティが25個もできるわけだ。
しかも野に放たれたアークデーモンを倒すのは至難の業。なにせ相手は空中に逃げてしまうからな。
「はい。7層にアークデーモンの座る玉座があり、アークデーモンを倒すとその玉座は宝箱に代わり、その中にはこれが」
雷光の鎖もテーブルに置くとサーシャがさらに何かを思い出したようだ。
「確かアークデーモンはギルバーン迷宮のボスフロアに出現し、中央大陸に存在する中では2番目に高い脅威度を誇る魔物……あまりにも危険だからそのボスフロアは封印されたと聞いたことがあるけど……」
「封印? そんなことができるのですか?」
「私も確認したわけではないから迂闊なことは言えないけど、そう聞いたわ」
封印か……それも気になるがギルバーン迷宮のボスフロアに出現するというところにも引っ掛かる。
迷宮都市ギルバーン。領主はミリオルド公爵。当然背後にはラースがいるはずだ。
もしかしたらフォグロス迷宮にアークデーモンが出現したのはラースの仕業か?
そんなことを考えていると、ミーシャが頬を膨らませる。
「ねぇ? そんな難しい顔してないでご飯にしようよ! 私フォグロスでいいの買ってきたんだ!」
そう言ってミーシャの部屋から持ってきたのは大量の酒。
「ミーシャ!? 学校でお酒は禁止のはずよ!?」
「いいじゃん。いいじゃん。そんな硬い事は言わずに」
クラリスが注意をするが、皆にグラスを配り、酒を注いでいくミーシャ。
サーシャもこれには呆れ顔。
「じゃあ、指名クエスト完了とリスター祭の成功に乾杯!」
ミーシャの掛け声で皆がグラスを合わせる。
「マルス? 二角獣やアークデーモンと戦ってみてどうだった?」
メイドの服装をしていても、やはりサーシャは冒険者。
強い魔物に興味があるのだろう。
ただマルスではなく、ご主人様と呼ばれたかったがここはぐっと我慢。
「はい。二角獣に関しては僕の特殊な体質のおかげで苦戦することはありませんでした。アークデーモンも迷宮の中という狭い空間での戦いだったのでそこまで脅威には感じませんでした」
「特殊な体質……? そういえばマルスには雷は効かないんだったわね。アークデーモン相手でも脅威を感じなかったって……マルスのステータスを聞いてもいい?」
「ええ、もちろんです。ただアークデーモンやグレーターデーモンを倒したことにより、当時よりもステータスは上がっていますが」
サーシャが頷いたところで俺のステータスを皆の前で述べる。
もちろん天眼と天賦は内緒だ。
【名前】マルス・ブライアント
【称号】雷神/剣王/風王/聖者/ゴブリン虐殺者
【身分】人族・ブライアント辺境伯家次男
【状態】良好
【年齢】12歳
【レベル】55(+2)
【HP】164/164
【MP】3048/8642
【筋力】136(+4)
【敏捷】132(+4)
【魔力】155(+5)
【器用】133(+5)
【耐久】137(+4)
【運】30
【固有能力】天賦(LvMAX)
【固有能力】天眼(Lv10)
【固有能力】雷魔法(Lv10/S)
【特殊能力】剣術(Lv10/A)
【特殊能力】棒術(Lv1/G)
【特殊能力】鎖術(Lv3/F)
【特殊能力】火魔法(Lv6/C)
【特殊能力】水魔法(Lv6/C)
【特殊能力】土魔法(Lv8/B)
【特殊能力】風魔法(Lv10/A)
【特殊能力】神聖魔法(Lv9/A)
【装備】雷鳴剣
【装備】氷紋剣
【装備】雷光の鎖
【装備】鳴神の法衣
【装備】偽装の腕輪
【装備】守護の指輪
【装備】守護の指輪
【装備】男のロマン
「と、とんでもないステータスね」
目を丸くするサーシャに姫が続く。
「マルス、絶対にステータスを妾たち以外に教えてはダメじゃぞ?」
もちろん言いふらしたりするつもりはないが、こっちの世界出身の姫がそんなことを言うのは予想外。力は誇示するものというのが風潮だと思うのだが。
「そのつもりだけど、どうして?」
「そんなの決まっておるじゃろ!? マルスとの子を望む者たちが押しかけてくるのじゃ!」
あー……強い男との子は強いという先入観からか。
「そうね。少なくとも明日はステータスを聞かれても口にしない方がいいわね」
「明日? リーガン公爵とバルクス王との会談のときですか?」
俺の質問に頷くサーシャ。
「そういえばリーガン公爵は1人、2人別の方が同席すると仰ってましたが、サーシャ先生は知っているのですか?」
「ええ。その人物がここに来ていることに緘口令が敷かれているから教えてあげることはできないけど」
緘口令が敷かれるほどの人物とは誰だ?
結局その答えに辿り着くことなく、夢の時間は終わりを迎える。
そして明日の会談で俺の未来は大きく変わることとなった。










