第498話 駆け引き
2032年10月4日7時
「お前たちなら絶対にフォグロス迷宮を攻略できると思っていたよ」
朝食を摂っていると、何食わぬ顔で俺たちのテーブルに同席するゲイナード。
「おはようございます。ゲイナードさん、早速ですが聞きたいことがあるのですが」
すぐに本題に入ろうとすると、意外な言葉が返ってきた。
「カストロ公爵の件か? すまなかった。これも任務の1つだからな。俺はカストロ公爵に忠誠を誓っている身。カストロ公爵の命には逆らえん」
あっさりと自供するゲイナード。
こうなると追及のしようがない。
「ではこれ以上新たな噂が広まることはないですね?」
「ああ、俺の任務はもう終わり。あとはリーガンに行き、リスター祭でカストロ公爵と合流するだけだ」
カストロ公爵もくるのか。じゃあリーガン公爵に言えば問題ないな。
「分かりました。僕たちもなるべく早くここを発ちますので、またリーガンで会うこともあるかと思います。そのときリーガン公爵に色々聞かれるかと思いますが……」
「ちょっと待て。俺も一緒に連れて行ってくれ」
え? この人自分が何をやったのか正しく理解していないのか?
俺だけではなく、クラリスたちも同じ思いなのか誰も返事をせずピりついた空気が流れるが、それを変えたのはミーシャだった。
「まぁさ。なんだかんだゲイナードが一緒だと楽しいじゃん?」
ミーシャの言葉にカレンも続く。
「そうね。ちょっと試したいことがあるし、私も一緒に連れて行ってもいいわよ。ただしゲイナード? あなたにはちょっとした実験体になってもらうからそこは了承しなさい」
カレンの表情を見て冷たいものが背中に走る。
ゲイナード、絶対に一緒に来ない方がいいぞ……とは言えず、結局リーガンまでついて来ることに。
「では僕たちはジオルグ殿下に挨拶に参ります。できれば明日、遅くても明後日には出発したいのでゲイナードさんは出発の準備をお願いします」
食堂で別れ、俺たちはジオルグを探すことに。
目指すは昨日通された豪華な客室。
部屋の前に向かうと、そこには近衛兵が見張っていた。
「すみません。ジオルグ殿下と謁見できますか?」
どうやら相手側は俺たちのことを知ってるようで、すぐに部屋の中に確認へ向かう。
残された近衛兵たちは任務を忘れ、クラリスたちに見入っている。
待たされること数分。部屋の中から近衛兵を従えジオルグが出てきた。
「マルス、今はまずい。場所を移……」
と、そのとき、ジオルグの背後から太い声が響く。
「マルス! ジオルグから聞いたぞ! よくやった! 褒美をとらす! 入ってこい!」
声の主はバルクス王。
バルクス王の命令に背くわけにはいかず、部屋の中に入ろうとすると、ジオルグが顔を手で覆い困惑の表情を浮かべた。
タイミングが悪かったか?
でも遅いとそれだけリーガンに到着するのも遅れてしまう。
そんなことを思いながらジオルグの脇を通り抜け部屋に入ると、そこには白いドレスに身を包んだライトブラウンの髪の女性の姿が。
その女性からは暖かみと柔らかさが放たれ、周囲の空気をふんわりとさせていた。
ライトブラウンの髪は、陽光が差し込んだときに煌めき、微風になびくたびに柔らかな動きを見せる。
「紹介しよう! 余の娘、セレスティアだ!」
バルクス王が女性を紹介すると、見事なカーテシーを披露するセレスティア。
「お初にお目にかかります。セレスティアと申します。マルス様のご勇名はこの地まで轟いております。セレスとお呼びください」
「は、初めまして。リスター帝国学校に通うマルスと申します」
突然のことにどうしていいか分からず自己紹介をする俺。
「どうだ!? うちのセレスは!? いい女だろ!?」
えっ!? まさかそういうこと!?
「え? あ、はい。可愛ら……見目麗しく……」
可愛らしいと口走りそうになったが、失礼に当たるかと思い別の表現に。
と、同時にもしも側室にしろとか言われた場合、どう断ろうか考えていたが、相手の方が上手だった。
「そうだろう! そうだろう! 我が娘ながら本当にいい女だと思っている……がだ。数年前にセレスとの縁談を断り、別の女と結婚した者がおる! どう思うマルスは!? 信じられるか!?」
ここで信じられないと答えると、じゃあお前にとか言われそう。
しかし、信じられると答えたらそれはそれで大事になりそうだ。
慎重に言葉を選ぼうとすると、さらに畳みかけてくる。
「確かセレスとの縁談を断ったのは、当時伯爵家で今は辺境伯家の長男だった気がするな。マルスと同じような制服を着ておった記憶もあるが、刺繍の色は燃えるような紅。そうだったよな!? セレス!?」
おいおい……どこかで聞いた話だな。
「はい。国王の仰る通り。一目でこの人と思いましたが、相手方が私のことをお気に召さなかったようで残念な結果に……」
「セレスよ、さぞつらい思いをしただろう。しかも相手がリスター連合国の伯爵家のメリウス? メサリス? とにかくそんな名前のところに婿入りしたと聞く。マルス、お前は心当たりあるか?」
心当たりあるかって、間違いなくアイクじゃないか!
なんと答えていいか分からず口ごもると、思いもよらぬところから助け舟が入る。
「国王、マルスを虐めるのもそこまでにしてください」
口を開いたのはジオルグだった。
「昨日マルスと褒美の件で話し合いをしました。その結果、伯爵位を授けるということで話が進んでおります」
な!? そんなこと聞いてないぞ!?
「なんだと!? 爵位よりも女がいいと言ったのは他ならぬジオルグ、お前ではないか!?」
「はい。私も昨日マルスと話をするまでは三度の飯よりも女が好きで、クエストとかこつけて大陸中の女を漁っているとの噂を信じていましたが、それは誤解だということが分かりました。昨日もセレスのことは伏せ、女と爵位どちらがいいと尋ねると、爵位との返答が。あとで国王にも話そうと思っていたのですが、その前にマルスが来てしまい……」
昨日俺と別れてから国王とはまだ話せていなかったのか。だから俺が部屋に入ったとき、困惑の表情を見せたのね。
それにしてもどんな噂が流れているんだよ……ってセレスが言っていたご勇名ってもしかしてそっちのことか?
「うむ。爵位が良いというのであればそれでよかろう。セレスもそれでいいか?」
「はい。正直マルス様の後ろに立つ者たちの横に並ばなくて済むのでホッとしております」
胸に手を当て笑顔を見せるセレス。
これでセレスが側室になるということは回避できた。
しかし、問題はまだある。
叙爵の件だ。
俺はリーガン公爵から爵位を授かることになっている。
さすがに2か国の爵位を保有することなどできない。
「畏まりました。ですが昨日も話したようにリーガン公爵からリスター連合国の伯爵位を授かる予定でもあります。つきましてはリスター祭中に一度リーガン公爵を含めてお話をさせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」
当然だが昨日こんな話をしてはない。
しかし、叙爵という方向で話が進むのであればこうやって逃げるのが吉。
「分かっている。国王もそれでよろしいでしょうか?」
すんなりとそれを認めるジオルグ。
もしかして俺がリーガン公爵から叙爵されるということを予め知っていたのか?
「うむ。ジオルグに任せる!」
どうやらこの手の話はジオルグに主導権があるらしい。
明日フォグロスを発つことを伝え、部屋を後にした。










