第497話 噂の真相
2032年10月3日 13時
迷宮から地上に出たのは穏やかな風が吹く昼頃だった。
「久しぶりの風……気持ちいいわね」
クラリスが手を空に向け、体をぐんと伸ばすとそのしなやかなラインが周囲の目を奪う。
当然俺もそのうちの1人。
「で? どうする? このままバルクス王に謁見するか?」
俺と同じように釘付けのスキャルが問いかけてくる。
「そうですね。手配をお願いできますか?」
「分かった。では荷物を置いたらいったんロビーに集まろう」
宿に戻り荷物を下ろしてロビーで待つと、スキャルが少し遅れてやってきた。
「マルス、バルクス王は不在だがジオルグ殿下がすぐに会いたいと言っている。来てもらっていいか?」
まぁどちらに報告しても一緒だろうと思った俺は、素直に頷きスキャルの後を追う。
通されたのは豪華な客室。
ジオルグが腰をかけた後ろには従者が背筋を伸ばして立っていたが、俺たちが部屋に入ると席を外す。
「ご苦労だったな、マルス。迷宮飽和はどうなった?」
「はい。7層に脅威度Aのグレーターデーモンが生息しており、そのグレーターデーモンを恐れて魔物たちが逃げ出したのかもしれません。7層以降のすべての部屋をクリアリングしてボス部屋まで確認し、現状異常は見られません」
脅威度Sのアークデーモンを倒したなんて言ったら大騒ぎになると思い、グレーターデーモンのことしか言わなかった。
このことは事前にスキャルにも言ってある。
が、それでもジオルグのリアクションは予想以上だった。
「――――なんと!? 脅威度Aの魔物を倒しただと!? スキャル、それは本当か!?」
「はい。マルスの言葉に偽りはございません。こちらがグレーターデーモンの魔石となります」
スキャルがグレーターデーモンの魔石をジオルグに渡すと、ジオルグはそれを見ながら俺に問う。
「そうか! ではとっておきの褒美を用意しなくてはな……と、その前にマルスよ。1つ聞きたいことがある」
「なんでしょうか?」
「マルスはリスター連合国カストロ公爵家レオナ・バルサモを知っているか?」
ジオルグから意外な人の名前が出てきたことに疑問を覚えながらも答える。
「はい。存じております」
「ふむ。そのカストロ公爵が子を宿したのは?」
「「「――――えっ!?」」」
俺だけでなく全員が顔を見合わせて驚く。
カストロ公爵が妊娠!?
一角獣のために女を捨てた人が!?
しかし、ジオルグも俺たちの反応を見て戸惑っている。
「本当に知らないのか?」
疑いの目を向けてくるジオルグ。
こんなことで嘘をついても仕方ないのに何を疑っているのだろうか?
「はい。存じませんでした。みんなは知っていたか?」
同じリアクションを取った女性陣が知っているわけはないと思うが、念のため確認したものの、やはり首を振る。
それでもまだ疑うような目で俺を見ているジオルグがさらに言葉を続ける。
「そうか……これはその噂の真偽を確かめようとこちらで確認したことなのだが、どうやら最近レプリカに男を招き入れたという目撃情報があってな。マルスは知っているか? レプリカは男子禁制ということを?」
「存じておりますが……」
あれ? なんか雲行き怪しくないか?
「まだ続きがある。その男、どうやら特徴的な服装をしていてな。リスター帝国学校の制服、しかも金色の刺繍が入ったものを纏っていたようだ。さらにその男がレプリカから出る際には、カストロ公爵はじめ、女中に追われながら出てきたと複数の人物が確認している。心当たりはないか?」
きっとジオルグは目の前に座る俺がその男だと知っているのだろう。
なんて答えればいいんだ? 返答に困っていると隣に座るクラリスから援護を飛ばしてくれる。
「殿下。確かに私たちはレプリカに入りました。ですが常に私たちと一緒にいたマルスがカストロ公爵と……えと……なんといいますか……その……行為を行うことは不可能です」
「常に一緒というのは風呂や寝室も一緒か?」
「お、お風呂は別ですが寝るときは一緒のベッドです」
照れながらも答えてくれるクラリス。
それでもジオルグの追及は止まらない。
「ではクラリスたちが風呂に入っている間に……」
ジオルグの言葉を不敬にもエリーが遮る。
「……ない……匂いでわかる……マルス……潔癖……マーキング……バッチリ……!」
その言葉には自信がみなぎっている。
「エリーがそう言うのであればそうか……ならば結構……と言いたいところなのだが、そうはいかぬのだ」
「と、言いますと?」
「うむ……今回、マルスへの報酬は爵位を考えていたのだ」
さすがミック。
適当なクエストを受けさせて叙爵させると言っていたがビンゴだ。
「しかし、カストロ公爵の件を聞いてから、やはりマルスには女がいいということになってな。叙爵に加えて婚姻関係を結ぼうという話で進んでいる」
ジオルグの話を聞いた女性陣が殺気立つ。
俺としてもそれだけは望んでいない。
「大変光栄なことなのですが、僕にはもうたくさんの素敵な女性が傍にいてくれます。これ以上ともなると彼女たちとの時間も減ってしまいますし、またお相手の方にも失礼かなと思いますので、今回は別の形でということにはできませんか?」
「なんだ? マルスほどの男が6人しか娶らないというはないだろ? 妾含めて最低でも20人くらいは……」
「「「いりません!」」」
姫以外の女性陣の剣幕にたじろぐジオルグ。
ちなみに姫だけはご満悦な様子。6人と言われたからだろうか?
「わ、分かった……父上とも相談させてもらう……マルス、今度2人で話そう。ではまた明日」
女性陣の逆鱗に触れ、逃げるように席を立つジオルグ。
その後ろ姿は王太子殿下とは思えないほど委縮していた。
――――20時
ジオルグとの謁見を終えた俺たちは、食事を摂ってからすぐに宿に戻り体を休めることにした。
迷宮帰りだしね。
しっかりと休めるときには休みたい。
女性陣のマッサージを入念にしてからベッドに潜ると、クラリスが体ごとこちらを向く。
「ねぇ? さっきの噂どう思った?」
「どうって言われても……寝耳に水というか青天の霹靂というか……でもクラリスが信じてくれて嬉しかったよ」
「私たちもレプリカ内では絶対にマルスを1人にしないように心がけていたから。お風呂の前はエリーがしっかりと匂いチェックしていたみたいだし」
信じられているというよりかは監視されていたのか。
まぁそれで俺の潔白が証明されたのであれば、これからもお願いしたい。
「でね、噂の出所をお風呂の中で話し合っていたんだけど……」
「ゲイナードさんか?」
「やっぱりマルスもそう思ったんだ……カレンが言うにはこれからカストロ公爵の相手、つまりマルスの情報が少しずつ流れるだろうって。どうする?」
まぁゲイナードしか考えられないよな。
いくらリスター連合国から近いとはいえ、いくら冒険者に国境はないとはいえ、俺がレプリカを発ってすぐにここまで噂が流れてくるのは考えづらい。
ゲイナードに暇を与える代わりに噂を流せとかカストロ公爵に言われたのだろう。
「どうするもこうするもないよ。カストロ騎士団騎士団長を拷問にかけるわけにはいかないだろう? これ以上変な噂が流れないようにゲイナードさんに忠告するよ」
まぁ妊娠していなかったらすぐにバレるだろうしな。
なんせ鑑定すれば妊娠しているか、していないかすぐに分かる。
もっともカストロ公爵を鑑定できる人間などあまりいないだろうが、そこはリーガン公爵に相談するつもりだ。
「そっか。あとはバルクス王やジオルグ殿下が諦めてくれればいいけど……」
「そうだな……その辺は別の報酬にしてもらうつもりだ。叙爵されても困るからちょっと多めに金品をもらおうかなとも思っている」
まったくお金に困ってはいないが、今後必要になる可能性もあるからな。
「そうね。マルスが領主になったときのことを考えれば、それがいいかもしれないわね」
きっとバルクス王たちも褒美に困っていることだろうから、明日俺から申しでよう。
そんなことを考えながら、クラリスの腕に抱えられるように眠りについた。










