第496話 噂
アークデーモンのフレアを風魔法で弾くと、目の前には摩擦音を響かせながら滑空してくるアークデーモンの姿が。
先ほどまでと同様に俺は雷鳴剣と氷紋剣を十字に構え、衝撃に備える。
直後、足が床に埋まるのではないかという衝撃が剣を通じて伝わってくるが、さすがにもう慣れた。
そしてこの後アークデーモンがとる行動は未来視を使わずとも分かる。
翼を羽搏かせ宙に逃げる……つまりヒットアンドアウェイだ。
今までは重い一撃に耐えられず体勢を崩されてしまっていたが、レベルアップと慣れにより今回は崩されていない。
なので俺は反撃の一手を風魔法と同時に打つ。
(ウィンドカッター!)
俺から距離を取ろうとしたアークデーモンが石壁でギリギリ直撃を免れるが、それは囮。
本命はまさしく今、アークデーモンの右足に絡みついた、俺の左手から伸びる火精霊の鎖。
火精霊の鎖でアークデーモンの自由を奪い、左手に魔力を込めアークデーモンを地面に叩きつける。
正直あのまま魔法戦を展開していてもよかったのだが、時間とMPがかかるからな。
立ち上がり、足に絡まった鎖を斬ろうとするアークデーモン。
当然指をくわえて見ている俺ではない。
すかさず斬りかかると、鎖を後回しにして応戦してくる。
未来視に風纏衣、雷鳴剣と氷紋剣、そして火精霊の鎖に無詠唱風魔法、接近戦で6つのタスクを同時にこなせる俺に対し、自由を奪われたアークデーモンは右手に持つ剣と左手から発せられる魔法のみ。
それに【剣王】の俺の方が剣術レベルが高い。
剣を交える前から結果は見えていた。
風纏衣を纏った俺の全力の一振りに堪えきれず、アークデーモンは体勢を崩す。
そこにもう片方の剣で追撃。
アークデーモンは必死な形相を浮かべて2体のグレーターデーモンを正面に召喚し、致命傷を避ける。
俺が2体のグレーターデーモンの首を刎ねるころにはもう体勢を戻していたが、結局は同じことの繰り返し。
いつしかアークデーモンの剣は俺を殺るための剣から身を守るだけの剣となり、召喚されてくるグレーターデーモンは延命するだけの生贄となっていた。
繰り返すこと数分、とっくに未来視と風纏衣を解き、グレーターデーモンの首を刎ね続けていたが、ついにアークデーモンのMPが枯渇。
最後の力を振り絞ってアークデーモンは逃走をはかるが、鎖を手繰り寄せそれを阻止。
MP回復促進持ちのアークデーモンでレベリングをするか迷ったが、思うところがあったので即首を刎ねる。
その絶望に染まった首と、こと切れた体をグレーターデーモンの死体の山に放り込み、ホーリーで消滅させるとクラリスとエリーが胸に飛び込んでくる。
「良かった……」
俺を信じているとは言ったものの、心配だったのか俺の胸で声を震わせるクラリス。
エリーはエリーで一生懸命マルス成分というものを首筋から吸っている。
「ちょっと!? 3人の世界に入らないでよ!? 私たちも入れて!」
そこにミーシャも加わろうとするが、背後からカレンが呼び止める。
「それもいいけどあなたたちはあれが見えないの?」
カレンの視線の先を辿ると、アークデーモンが座っていた玉座は消滅し、代わりに宝箱がポップしていた。
おぉ! 久しぶりの宝箱だ。
胸の中にいるクラリスの肩に手を置き、離れてもらおうとするがクラリスはそれを拒む。
「ご、ごめん。もうちょっと……もうちょっとこのままでいさせて?」
泣き顔を見られるのが恥ずかしいのか、クラリスが俺の胸から離れるのに1分近くかかった。それでも鼻の頭が少し赤い。
「みんなごめんね? 待たせちゃって」
照れるクラリスに、
「まぁお主らはいつものことじゃからの。今更じゃ」
呆れる姫。
ミーシャたちからもツッコまれ、赤面するクラリスをよそに宝箱を開けるとそこには待望の装備品が。
【名前】雷光の鎖
【攻撃】10
【特殊】魔力+3
【価値】B+
【詳細】鎖に雷魔法を付与すると雷を伝導できる
雷魔法に一番相性がいい武器は鎖だと思うのは俺だけではないはず。
「これでもっとやれることが増える! カレン、火精霊の鎖はカレンに渡すからこれから一緒に頑張ろう!」
神聖魔法と水魔法で念入りに掃除してから、火精霊の鎖をカレンに渡すと、カレンも興奮気味に答える。
「そうね! これで拘束して鞭でシバいたところに火攻めなんて夢のようね!」
仮にも公爵家の次女がシバくなんて……渡す人間を間違えたかもしれない。
「よし! 今日は7層をクリアリングしてから戻る。明日からは8層以降も上るからな」
「え? なんで? 迷宮飽和の兆候は7層で起きてるって話だったからもういいんじゃない?」
ミーシャが疑問に思うことはもっとも。
「念のためな。それに上の層に取り残されている冒険者がいるかもしれないだろ? ボス部屋まで見ておけば今後潜る冒険者も安心すると思うしな。あと7層にもまだデーモンが潜んでいるかもしれないからまだ気を抜かないでくれよ」
限りなく可能性は低いと思うが警戒しておくに越したことはない。
だからこそ俺はMPを温存しておきたかったのでアークデーモンとの早期決着を望んだのだ。
「マルスらしいといえばマルスらしいわね。じゃあリーダーに従ってほかの部屋にも行きましょう」
話題が自分から逸れたクラリスがエリーと2人で先頭を歩こうとすると、スキャルがそれを制す。
「ちょ、ちょっと待て。魔石は? 魔石はどうするんだ!?」
そういえばそうだった。
雷光の鎖にテンションが上がって忘れていた。
「アークデーモンの魔石は僕がもらっていいですか? グレーターデーモンの魔石に関してはそれぞれ持てるだけ持って、持ちきれない分はおいていきましょう。もちろんスキャルさんが持ち帰った分はスキャルさんの取り分でいいですよ。一緒に潜ってもらった代金として」
アークデーモンの魔石を1つ拾いその場を離れると、女性陣も2、3個の魔石を拾うだけ。
それに対し、大量の魔石を抱えるように持つスキャル。
「おいおい……お前たち脅威度Aの魔石なんて滅多にお目にかかれないんだぞ!? それなのにそれだけでいいのか?」
「はい。僕たちはこれで十分です。あとスキャルさん、その魔石を売ったりするとき僕たちのことは伏せてください」
「え? あ、ああ……マルスがそう言うのであればそうするが……普通だったら自慢したく……」
俺の言葉に頭をひねりながら返事をするスキャル。
「じゃあ今度こそ行きましょう」
結局ボス部屋まで特に変わった様子もなく、フォグロスの街に戻ったのは迷宮に入ってから10日以上経った10月3日の昼頃だった。
ずっと迷宮に潜っていた俺たちはフォグロスの街……いや、この周辺に流れている噂のことをまだ知らない。
カストロ公爵ご懐妊――――
それを聞いたのは宿に戻ってからのことだった。










