第489話 フォグロス迷宮6層
「あまり変わった雰囲気はなさそうね」
フォグロス迷宮の地理に明るいスキャルを前衛に加えて6層をしばらく歩くも、特に変わった様子はなかった。
そのためエリー、ミーシャ、アリスにスキャルを加えた前衛4人だけでことが足り、クラリスとカレンが俺に身を預けながら歩を進め、姫も狐の姿になり俺の肩に乗る。
一応ハチマルも前衛と俺たちの間に配置し、不慮の事態には備えているから万全。
「目の前だけ空気感が違うよな」
「迷宮飽和が起きているというのにデート気分って凄ぇな」
最後尾を歩く【大胃王】のメンバーの声にクラリスが恥ずかしがって距離を取る。
おまえら覚えておけよ……と、思っていると、前衛4人の足が止まる。
「マルス。エリリンがこの先の通路に魔物が集中してるだって」
周囲を警戒するエリーに代わり、ミーシャが報告をしてくる。
「俺にはまったく分からないがエリーが言うのであれば本当だろう。俺も前に出る。カレン、ハチマルと一緒に後方の警戒を頼む。姫も一緒に行ってくれ。クラリスは俺たちとカレンたちの中間で両方警戒しててくれ」
俺の一言で甘い空気が一転、皆に緊張感が走る。
指示を出したあと、すぐに先頭に向かうと、エリーが俺の隣に立つ。
「……魔物……一箇所……見てる?」
「それはこちらを見ていないということか?」
俺の質問にゆっくりと頷くエリー。その視線は俺ではなく、魔物がいるであろう前方に向かう。
「スキャルさん。この先には何がありますか?」
右に展開していたスキャルに問うと、
「安全地帯だ」
周囲の警戒をしながらも即答してくれる。
「ありがとうございます。ではスキャルさんは接敵するまでそのまま右に展開してください。ミーシャとアリスは左に。エリー、エリーは俺と一緒に真ん中だ。エリーの索敵能力が頼みだ。よろしくな」
前方に注意を払いながら頷くエリー。
こういうときのエリーは絶対に気を抜かない。特に俺と一緒のときは何かあったらエリーが俺を守るという意志がひしひしと伝わってくる。
エリーの言っていた場所に辿り着く間にも、小グループの魔物の群れが出現したが、それを音もなく倒す。
数分後、今まで隣を歩いていたエリーが突然足を止め、俺の手を握る。
「……次……右に曲がる……魔物……たくさん……背中向けてる……その先……人の気配……」
ということは、魔物の先が安全地帯か。
魔物たちは俺たちに気づかず、安全地帯の中の冒険者たちをターゲットにしているのだろう。
これは奇襲のチャンス。魔法で一網打尽にできるな……と、思っていると、まさかという表情でスキャルが問いかけてくる。
「ま、マルス? もしかして魔法で殲滅しようと思ってないよな?」
「そのまさかですけど?」
「いや、それだけはやめてくれ。万が一お前たちの魔法が魔物を貫通して安全地帯に届いてみろ。安全地帯にいる奴らはパニックに陥り、玉砕覚悟で反対側の出口から魔物に向かう可能性がある。魔物たちに囲まれ精神的にも追い込まれているだろうしな」
魔法の威力の調整をミスることはないと思うが、万が一という可能性もあるな。
「分かりました。では前衛に俺とクラリスを加えた6人だけで行きます。後方を警戒する組はそのまま後ろを警戒するように」
皆が配置についたのを確認してから、通路を右に曲がると、そこにはエリーの言った通り、俺たちに背を向けた魔物たちの群れが。
ここからでは魔物の先頭が見えないので、もしかしたら100体は超えているかもしれない。
しかし、いくら通路が広いとはいえ、100体同時に相手にするわけではない。
それにここにいるほとんどは魔法が使えない魔物たち。目の前の魔物に集中できるため、オーガたちを相手にするより容易なのは確実。
であれば、躊躇う必要はない。風魔法で皆の足音を消し、背後から忍び寄り最後尾の魔物を一突き。
刺された魔物の断末魔で、ようやく俺たちに気づいた魔物たち。その目は5層で俺が倒した魔物とは違い恐怖で満ちてはいなかった。もしかしたら時間が経って恐慌状態が解けたのかもしれない。
魔物たちが一斉に振り向こうとするも、お互いを思いやったりすることはないので、振り向く際に体の一部が当たったり、振り向こうにもスペースがなかったりで、もたついている。
それを見逃す俺たちではない。
俺が突撃すると、クラリス、エリー、スキャルが左右に展開し、魔物たちを屠る。
ミーシャとアリスはセカンドアタッカーというポジションで万が一俺たちが討ち漏らしたときの止め役として俺たちの後ろでバックアップをしてもらう。
というのも、前衛特化のグレイトホーン相手だと今のアリスでは少し荷が重い。
ミーシャも気配を消して、敵の背後を取るのが得意なのだが、あれだけ密集されると背後に回り込むスペースがないからな。
なるべく討ち漏らすことのないように。討ち漏らしたとしても満足に動けないようにと細心の注意を払いながら魔物たちを倒す。
その甲斐あってか、無傷とは言わずとも女性陣は多少の傷で魔物の群れを突破することに成功。
スキャルも安全地帯の中の様子が気になるのか、かなり焦って怪我もしてしまったが、大きな怪我ではない。
「大丈夫か!?」
真っ先に安全地帯に入ると、そこには憔悴しきった3人の冒険者と、意識を失った1人の冒険者の姿。
そして、反対側に抜ける出口には大量の魔物たちが雄たけびをあげながら、安全地帯の中を威嚇している。
「……助かった……のか……?」
憔悴しきった冒険者の1人がぽつりと呟く。
「はい! 5層から上がってきましたが、もう大丈夫です! 今向こう側の魔物も倒すので!」
すぐに反対側の魔物を倒そうとすると、それをクラリスが制す。
「マルス! ここは私たちがやるから大丈夫よ! 近くに居てあげて! エリー! ミーシャ! アリス! 力を貸して!」
クラリスがエリーとミーシャとアリスを連れ、安全地帯の向こう側の魔物たちに向かう。
それを信じられないというような目で、憔悴していた冒険者たちの視線が追う。
していたという通り、今は違う。夢中で女性陣を追っているのが俺にも分かる。
そしてクラリス、ミーシャ、アリスが身を寄せ合い放つ魔法も予想通りだった。
「ブリザード!」
クラリスの発声と共に氷の嵐が魔物たちを襲う。
あまりもの冷気に魔物たちの動きは制限され、そこに氷の刃が降り注ぐ。
氷の刃が魔物たちの体を切りつけ、鮮血があがるも、冷気により血は固まり、新たな刃となる。
グレイトホーンの立派な角も凍り、崩れると完全に芯まで凍っていた。それもまた新たな刃となり、魔物たちを死に至らしめる。
「な、なんなんだ……一体……」
クラリスたちに釘付けの冒険者が呟くと、スキャルが答える。
「彼女たちはAランクパーティ【黎明】のメンバー。驚くことに実力は皆が一級品。何人かは俺を凌ぐ。それ以上に全員が1人の男と婚約しているという方が驚くがな」
「す、スキャルさん……!? 良かった……助か……った……」
スキャルの顔を見て安心したのか、冒険者たちは次々と意識を飛ばす。
無理もない。
スキャルが言ったようにいくら安全地帯とはいえ、部屋の両サイドには先が見えないくらいに詰まった魔物の群れ。
その魔物たちがずっと吠え続けていたんだ。下手すれば精神が壊れてしまうレベルだろう。
「よし! この人たちが起きるまで俺たちも休もう! 今から寝床を作るからみんなも手伝ってくれ! アリスは念のために皆にヒールを!」
ヒールという言葉に【大胃王】のメンバーたちが驚きの表情を見せる。
これもどこに行っても同じリアクションだからもう説明するのは慣れた。
今回は俺たちだけではなく、スキャルや【大胃王】、そしてここに残されていた冒険者たちの寝床も作る。
少しでもいい環境で寝られた方が体力も回復するしね。
結局、気を失った冒険者が起きたのは、俺たちが6層の安全地帯に入ってから12時間経ったころだった。
おまたせしました。
少しずつ書ければなと思ってます。










