第483話 ビッグ
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか!? 僕は【若星】リーダーのセイルと申します!」
「わざわざありがとうございました!」
「ここまでくれば他の冒険者もいるので大丈夫です!」
3層から2層に降りると、そこでは他のパーティが戦闘を繰り広げていた。
ここから先は冒険者の数もそれなりにいるから大丈夫だろう。
「マルスです。あまり無茶はしないでくださいね」
本当は彼らに聞きたいことがたくさんあるのだが、時間が惜しい。ここに来るまでも彼らはかなりへばっていて大分タイムロスしたからな。
でもエリーやハチマルのこともしっかりとケアしないとならない。
「エリー、戦闘中どこか怪我とかしたりしなかったか?」
「……大丈夫……でも……マルス成分……枯渇……」
いつもは俺の左隣から首筋を吸ってくるエリーだが、ハチマルを除けば2人っきり。エリーが正面から俺の腰から尻あたりに手を回し、首筋に吸い付くと、爽やかなレモンが香る。こ、これは危険だ……クレイモアが今にもエリーに襲い掛かろうとしている。
「え、エリー。俺もずっとこうしていたいが今は皆と合流を優先しよう。な?」
エリーも分かってくれたのか、思いっきり首筋を吸うと離れる。
「ハチマル。お前もどこか怪我はないか? 足の裏とか大丈夫か?」
そう言いながらハチマルの肉球に触れると、何とも言えない気持ちよさが……やばい。これはエリーとの抱擁とは別の意味で癖になるが、ここは我慢。
「どうやら大丈夫そうだな。では急ぐぞ!」
2人を連れ、クラリスたちを追いかける。
そのクラリスたちと合流できたのは4層の安全地帯手前の部屋だった。やはりクラリスたちにとって4層の魔物はイージーすぎたらしく、俺たちが追いつけたのはクラリスたちが足を止め待っていたからだ。
その俺たちを最初に迎えてくれたのはクラリスたちではなく、動揺したスキャルだった。
「マルス……クラリスから直接聞いたが、A級冒険者になるつもりがないってのは本当か? あの弓での攻撃は反則だろ?」
あー。スキャルはクラリスがA級冒険者に昇格したとき自分がランバトで指名されるかもしれないと心配しているのかもしれない。
「はい。クラリスはC級冒険者ですから昇格試験を受験する権利もないのです。クラリスはB級に上がるつもりもないですから」
「C級!? あれで!?」
信じられないのかクラリスを二度見するスキャル。そのクラリスが頬を少し膨らませて近づいてくる。
「ちょっと!? いつまで2人で話しているの!?」
「ごめんごめん。ちゃんと2層まで送り届けてきたから。ただいまクラリス。怪我はないか?」
「うん。心配したんだから……」
俺の腕の中でクラリスが収まると、カレン、ミーシャ、アリス、そして姫と続く。
「よし! じゃあその部屋を攻略して安全地帯に向かおう!」
部屋の中を覗くと数十匹のコウモリと思われる魔物が、翼を折りたたみぶら下がっていた。
「あれがエアロバット?」
「ああ。侵入者が部屋に入ると一斉に飛び立ちウィンドカッターを四方八方から放ってくる。小さくすばしっこいから、倒すのを諦めダメージを受けるのを覚悟して全力で駆け抜けるパーティもいるくらいだ」
たしかに厄介だな。でも俺とミーシャの風魔法と姫の芭蕉扇で封殺できるだろうな……と、思っているところにお嬢様から提案が。
「マルス、私に任せてくれないかしら? 最近使う機会が減っているからここらで使っておきたいのよね」
何をやるかはすぐに分かった。まぁ失敗しても脅威度Dの敵であれば俺とミーシャの風魔法、姫の芭蕉扇で封殺できるだろうしな。
「分かった。やってみてくれ」
即答すると、スキャルが青ざめる。
「お、おいおい。何を考えているんだ? ここはみんなで叩くべきだろ?」
まぁ気持ちは分かるが、幻獣の森でエアロバットよりも圧倒的に強く、数も多かったアーリマンと戦っているからな。
「大丈夫ですよ。それよりスキャルさん。ビックリしないで下さいね。滅多に見られない魔法ですから。カレン、好きなようにやってくれ。フォローは俺たちがするから」
「ありがとう。じゃあ早速だけど行くわよ」
俺たちが部屋に入ると、すぐに天井から飛び立つエアロバット。そしてウィンドカッターを唱えようとしたとき、カレンの手から赤白く燃え盛る巨大な炎の球体がゆっくりと放たれた。
「フレアボム!」
触れたら即死。そう思ったのか魔法の発現を諦め羽搏くエアロバットたち。何体かは炎に飲み込まれ蒸発した。
そして躱したと思ったエアロバットたちが一斉に魔法を唱えようとしたときにそれは起こった。
巨大な炎の球体が収縮し、突如として煌々とした色彩が部屋を照らすと次の瞬間、フレアボムが炸裂し、爆音とともに爆風が吹き荒れる。
その衝撃でエアロバットは壁に叩きつけられ即死。中にはこちらに吹っ飛ばされてくるエアロバットも。
(ウィンドインパルス!)
(ウィンドインパルス!)
(ウィンドインパルス!)
ウィンドインパルスで爆風を押しのけると、爆風とウィンドインパルスに挟まれたエアロバットは風に押しつぶされ、紙の厚さにまで圧縮されていた。
爆風が収まり改めて部屋を見渡すと、迷宮の壁は抉れており威力の高さが窺える。
「な、なんだ……これは……魔法か……?」
腰を抜かし、臀部を床につけるスキャル。
「今のはフレアボムと言ってフレスバルド公爵家に伝わる魔法よ」
さも当然かのように説明するカレン。
すると、安全地帯の方から数名の冒険者たちが駆けつけてきた。
「なんだべ!? 今の振動と音は!?」
その中の1人の大男が携帯用の干し肉を頬張りながら叫ぶ。
男はブラッドよりも背が高く、相当太っている。にもかかわらず、ここに向かってくるときの速さは、部屋に入ってきた冒険者の中で抜けていた。
「よ、よう、ビッグ。久しぶりだな。あとでここに来るまでのビックリ体験をたっぷりと聞かせてやるぜ」
尻もちをついたまま肉を頬張る大男に声をかけるスキャル。
「スキャルべか! 相変わらず小さくてどこにいるんか分からなかったべ!?」
スキャルとビッグは顔なじみらしく、憎まれ口を叩きあうが和やかな雰囲気を醸し出している。
「マルス、あの大男はビッグ。元A級冒険者で俺と同じパーティに属していた奴だ、ちょっとアレだが根はいい奴。もし食料が余っているのであれば渡しとくと色々スムーズに話が進む」
あいつがビッグか。名前の通り本当にデカい……が、本当にいい奴だろうか?
まぁ警戒するに越したことはない。そう思いながら4層の安全地帯に足を踏み入れた。
 










