第482話 ポーター
「本当にあの2人は後衛か? クラリスなんてA級レベルだろ?」
スキャルが信じられないという表情をしながら1人でブツブツと呟いているところに、まだ出番のないミーシャがスキャルの肩を叩く。
「このパーティはMPが切れても戦闘ができないとついていけないの。マルスの近くにいるのはかなり大変なんだよ?」
「そ、そうみたいだな。にしても他のパーティとレベルが違い過ぎる。それにまだ学生だろ? これからまだまだ強くなるじゃないか? どうやったらこんなになるんだ?」
今度はしっかり俺の方を見て問いかけてくる。
「神聖魔法使いが常に一緒にいるからでしょうね。僕たちは傷ついても回復薬を飲んで1週間寝たりということはしたことありませんから。その場で回復してすぐに戦闘できますからね」
俺の返事に唸るスキャル。
「確かに……傷が深いと回復薬を飲んでも完治するまでに1か月かかることもある……神聖魔法使いの同行。一考の余地はあるかもしれないな」
そこに戦闘から戻って来たカレンが付け加える。
「強くなっても独立しないでずっと同じパーティに留まるというのも重要ね。クラリスとエリーは他のパーティであれば間違いなく独立しているはずだもの」
それを聞いたスキャルが苦笑いを浮かべる。
「確かにそうだな……と言って俺もAランクパーティから独立した身だから耳が痛いが」
へぇ。やっぱり独立するのか。
「どうして独立したの? やっぱりお金?」
聞きづらいことをミーシャが突っ込む。
「まぁそれもある。3か月かかるクエストで白金貨1枚の報酬があるとするだろう? 宿代や食費、回復薬代、装備の手入れなどはすべてパーティリーダーが払ってくれるとしても俺たちの手元に配られるのは1か月で金貨10枚。それに対してリーダーは手元に金貨何百枚、残るからな。これが白金貨2枚の場合でもメンバーの手取りはそこまで変わらない。でも理由はそれだけじゃない。A級冒険者には憧れがあるからな。報酬が良くても独立はしただろう」
下手すると100倍くらいの差が出るのか。強くなればなるほど不満もでるだろうな。それに結局A級冒険者になりたいというのであれば、引き止めようがない。
俺が愛想をつかされない限りはうちのパーティは安泰だな。そのためにも自分を磨き続けなければならない。
そんなことを話しながら歩いていると、遠くから悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。
「今の声!?」
クラリスと顔を見合わせると、急いで悲鳴がする方へ向かう。
駆けること数十秒。
そこにはブラッディーモーに一方的にやられている冒険者たちの姿が。
3人はすでに床に伏せ、1人が傷を負いながらも逃げ回り、1人はブラッディーモーの角に腹を貫かれていた。
ウィンドカッターと魔法の弓矢でブラッディーモーたちを瞬殺すると、少し遅れてやってきたアリスが即座に神聖魔法を唱える。
「お、おい!? いいのか!? こいつらに神聖魔法を使って!?」
よほどアリスが冒険者たちに神聖魔法を使ったのが意外なのか、スキャルが問うてくる。
「当然です! アリスそのまま頼む!」
返事をするとスキャルの死角に回り込む。
当然スキャルを襲おうとしているわけではない。
未来視を使わずともこれから何が起こるか分かるからな。
すると、予想通りクラリスの柔らかい感触が背中越しに伝わる。
「ラブラブヒール」
同時に優しい光が部屋中を包み込む。
「っ!?」
その光は冒険者たちの致命傷部分を癒し、先ほどまで腹を貫かれていた者も、アリスのヒールとクラリスのラブラブヒールのおかげで一命をとりとめた。
「大丈夫ですか!? どこかほかに怪我はありませんか!?」
冒険者たちを通路まで連れ、容態を確認する。この5人ペーパー卒業したてなのか、かなり若い。
「は、はい。ありがとうございました」
冒険者たちが首を傾げながら傷があったところを手で触りながら返事をする。
「マルスたちに感謝するんだな。マルスたちがいなければお前らは今頃ブラッディーモーの餌。例え他の冒険者が加勢したにしろ全員致命傷だったから助からなかっただろうな」
「……はい。腹を貫かれたときはもう諦めてました……どうして助かったのでしょうか……? ってスキャルさんじゃないですか!?」
スキャルに気づき憧れの眼差しを向ける冒険者。どうやら神聖魔法で回復されたことは覚えてないらしい。
「詳しくは言えないが、お前たちは助かったんだ。だが次はないと思え。お前たちはビッグに雇われたポーターだろ?」
「はい。予定通り4層の安全地帯で切り離され、エアロバットが復活する前には抜けられたのですが、体力が続かず……」
切り離す? どういうことだ?
「そこまで契約通りであれば、文句は言えないな。しっかり報酬も前金で貰っているのだろう?」
「はい。相場よりかなり高い報酬でした」
「事前にどれほど危険なクエストかも説明はあったか?」
「ビッグさんからではなく、パーティメンバーの方々から何度も確認されました。もし僕たちがあそこで命を落としても感謝こそあれ、恨むようなことはありません」
「そうか。まぁあいつららしいな。じゃあ頑張れよ」
「「「はい!」」」
スキャルの言葉に威勢よく答える冒険者たち。
「ちょ!? この人たちがまた同じ目に遭ったらどうするのですか!?」
鑑定するとこの5人はE級冒険者レベル。すべての部屋で逃げたとしてもかなり危険だ。
「どうするってそれは自己責任だろ? その分多めの報酬を貰っているんだ」
確かにそうだが見捨てるのか? だが俺たちも2層まで戻ってというわけにはいかない。
「ねぇ? 2つに分ければいいんじゃない? このまま進むパーティと2層へ降りる部屋までこの人たちを送るパーティに」
まぁミーシャの提案がもっともだよな。現に俺の頭の中でパーティ分けはできていた。
「そうだな。スキャルさん。この先の魔物はどんな感じですか?」
スキャルにとってはミーシャの提案は予想外。しかも俺がそれに同調するなんて思ってもみなかったのだろう。
「本当にやるのか? 4層の安全地帯手前まではブラッディーモーを中心とした構成だが、安全地帯の手前の部屋だけはかなり凶悪なんだ。俺もその部屋は苦手でな。さっきいったエアロバットという魔物が大量に飛び回っているんだが、本当に厄介で……」
それまでに追いつければいいということか。
「分かりました。ではパーティを2つに分ける。冒険者たちを連れて戻るのは俺、エリー、ハチマルの3名。4層の安全地帯の手前までには追いつく。ハチマル、お前の役目は重要だ。カレンの匂いをしっかりとトレースしてもらうからな。あと荷物なんだが、皆で手分けして持ってくれ」
「そうね。エリーが一緒であれば安心だわ」
俺の提案にクラリスも頷く。本当は俺とハチマルだけで十分なのだが、それだとクラリスとエリーあたりからNGを出される可能性があるからな。
「え? いや……でも悪いですし……」
冒険者が遠慮するが、もうこれは冒険者たちのためだけではないのだ。
「すみませんね。本望ではないとは思いますが、あなたたちに何かあれば、僕はどうしても自分を許せなくて。だから僕のわがままに付き合ってください」
恐らくクラリスも俺と同じ思いのはず。
「クラリス、頼んだぞ! 迷宮飽和の前兆が起きている迷宮ということだけは忘れないように。もし何かあれば無理せずに戻ってこい! スキャルさんもクラリスたちのことをお願いします!」
冒険者たちを連れ、2層を目指すのだった。
 










