第480話 片鱗
目が覚めると頭は上質な生地の上に着地しており、生地を通して柔らかい感触が。
「あ、起こしちゃった?」
ゆっくり目を開けると、俺を膝枕する銀髪の天使の顔が覗き込んでいた。
「おはよう。クラリスのおかげでちゃんと眠れたよ」
ずっとこのままでいたいが、状況の確認もしたい。体を起こそうとすると、クラリスがそれを止める。
「ちょっと待って。反対側もやっちゃうから」
反対側? なんのこと? そう思うや否や俺の顔は、クラリスの顔からクラリスの細いお腹の方に向き、ついには顔が下腹部に触れた。
どうやらクラリスは迷宮の壁に寄りかかって座り、足を伸ばしていたようだ。俺の頭はクラリスの膝から太腿あたりに置かれていたらしく、クラリスが伸ばしていた足を折りたたむと自然と俺の顔がクラリスの下腹部にあたるという図式だ。
当然クラリスの媚香が鼻いっぱいに広がり、体中に染み渡る。最高の空間だ。相棒も歓喜に打ち震え涙を流している。流しているのは涙だからな。邪推はしないでくれよ。
「ちょっと苦しいかもしれないけど我慢しててね」
クラリスに身を任せていると、耳に小さい棒状の物が入り、俺の耳を優しく掻く。
膝枕で耳かき。誰もが憧れるやつだ。
「みんな喜んでいたわよ」
耳かきをしながら、クラリスが囁く。
「ん? 何が?」
クラリスの下腹部に向かって返事をすると、くすぐったいのか身をよじらせるクラリス。
「さっきの通路での出来事や安全地帯でのこと。嬉しかったって。実際通路でのマルスは本当にカッコよかったし……」
チラリと視線をクラリスに向けると、嬉しそうに頬を染めていた。
でもあれを見られていたのか……ちょっと恥ずかしい。なので話題を変える。
「そういえばみんなどうした? 魔物は出たか?」
俺が下腹部に向かって話すたびにクラリスが悶える。うん。燃えるし萌えるな。
「みんなお風呂に入って寝ちゃったわ。今は壁に寄りかかって、仲良く肩を並べて寝ているわよ。魔物は牛みたいなのが3体ポップしたわ。ポップする前にハチマルが気づくから問題なかったわよ。はい。終わり」
耳から小さい棒状の物が抜かれ、クラリスの膝の位置も低くなる。フィーバータイムはもう終わりということか。まぁ普通の膝枕でも十分すぎるくらい贅沢なのだが。
「そうか。分かった。ベッドを作るからクラリスも寝てくれ。俺はそのあと風呂に入る」
今回ブラッドやコディがいないから、マットレスは持ってきていない。それでも土魔法でなるべく柔らかく作ったベッドで寝た方が、床で寝たり、壁に寄りかかって寝るよりかは、体に負担がかからないだろう。
ベッドを作り、壁に寄りかかって寝ている女性陣をお姫様抱っこし1人ずつ慎重に運ぶ。
クラリスも横になったところに、袋の中で圧縮された掛布団を取り出しそれぞれにかけると、女性陣をハチマルに託し、風呂に入った。
――――翌日6時
安全地帯に向かおうと通路を遮っていた石壁を解除すると、すでにスキャルが待っていた。
「おはようマルス。お前たちが安全地帯に来ると、また変なことを企むやつらが現れるんじゃないかと思って俺から迎えに来た」
安全地帯の近くまで行ったら、クラリスたちにはどこかで待機してもらおうと思っていただけにこの心遣いはありがたい。
「ありがとうございます! 今日はどこまで行きますか?」
「できれば4層と言いたいところだが、3層からは冒険者の数も一気に減る。これからは戦闘回数も増えるだろうからダメージも受ける。それに4層の安全地帯の手前の大部屋はかなり凶悪。とりあえず被ダメージを抑えながら行けるところまでだな」
まぁここはスキャルに従っておいた方が良さそうだな。あまり危険を冒すのは得策ではない。
スキャルを先頭に3層を目指す。
安全地帯付近の部屋にはたくさんの冒険者が戦闘を繰り広げていたが、離れるにつれてどんどん冒険者の数も減っていく。
3層に上がる部屋の前で中の様子を窺うと10体の牛型の魔物がうろついているだけで、冒険者の姿はなかった。
「もう誰もいないのか……じゃあ戦うしかないな。あいつらはブラッディモーと言って、脅威度はD。今はゆっくりとした動きだが、敵を確認すると想像以上の速さで突進してくるから気をつけろ。まぁ俺はああいう魔物は得意なのだが、どうする? 手本を見せるか?」
スキャルの戦い方に予想はつくが、確かめておきたい。
「はい。それではお願いします」
しかし、スキャルの戦い方は予想を遥かに超えたものだった。
スキャルの得物、幻糸の刃という短剣が迷宮の床に触れると、床と幻糸の刃の間に1本の糸が伝う。
てっきりその糸をランバトのときのように張り巡らせると思ったのだがそうではなかった。
スキャルは幻糸の刃から糸を伝わせたままブラッディモーの方へ走ると、スキャルに気づいたブラッディモーが突進してくる。
それを小柄なスキャルが大きくジャンプし、飛び越え、着地すると幻糸の刃を振り下ろす。
すると次の瞬間、床から幻糸の刃に伸びた糸がブラッディーモーの体を一刀両断ならぬ、一糸両断した。
こういう使い方もあるのか! まるで裁断機のようだな。
同じ要領で次々と倒していくスキャル。10体倒すのに1分もかからなかった。
「まぁこんなもんだ。別に糸を使わなくてもこのくらいの敵なら余裕で倒せるが、万が一にもダメージを負いたくないからな。接近戦しかできない魔物に接近戦をする必要もないだろう。まぁ他にも色々使い方はあるが、それは秘密だ」
余裕の表情を見せるスキャル。まぁ手の内をすべて明かすようなことはしないよな。
「まさかの戦い方にビックリしました」
「……まぁ……まぁ……」
「さすがA級冒険者といったところね」
「身のこなしはとても参考になったよ」
「スキャルさん! 今度色々教えてください!」
「うむ! 褒めて遣わすのじゃ!」
「ま、まぁこれでもA級冒険者だからな」
女性陣の黄色い声に照れている。
確かに待ちやカウンター主体の戦い方だと誰もが思っただろうからな。
俺たち以外に誰もついてきていないことを確認してから3層へ上がった。










