第478話 問題点
「うわぁ。ひろーい。アルメリア迷宮よりも通路が大きい迷宮初めて見た」
警戒心はどこへやら。美しい建築物を見るかのようにミーシャが感嘆の声を上げる。
それも仕方のないことなのかもしれない。
なんせ目の前には数十名にも及ぶ冒険者の姿があるのだから。
「これほどまでに冒険者がいるのね」
「そ、そうだ……ここは王都に近いから冒険者の数も多い。それに迷宮飽和の兆候があるからバルクス王が招集をかけているというのもある」
クラリスが呟くと、チラチラとクラリスを盗み見するように答えるスキャル。目を合わせると心臓発作が起きる可能性があるから仕方のないことだ。
と、そこに冒険者たちがスキャルに声をかけてくる。
「A級冒険者のスキャルさんですよね!」
「スキャルさんは俺の目標です!」
「握手してください!」
皆に持ち上げられ、ご満悦なスキャルが堂々とした態度で冒険者たちにエールを送る。
「おう。お前たちも頑張れよ」
数秒前とは同じ人間とは思えない態度に笑いを必死に堪える。しかし中にはこんな奴らも。
「スキャルさん? どうしたんですか? 美女を侍らして?」
「もしかして誰にもたどり着けないような深層に連れ込んで……」
「俺も混ぜてください! 金貨1枚でどうですか?」
クラリスたちを値踏みするような目つきで、頭のてっぺんから足のつま先まで舐めまわす冒険者たち。
「おい、この女性たちは大切な人から預かっている。指一本触れてみろ。お前ら全員俺の糸で切断するからな!」
スキャルがしっかりと脅しをかけると、肩を落として下がる冒険者たち。その様子を見ていた姫が、スキャルに声をかける。
「うむ。少しはやるようじゃな。妾たちをしっかりと護衛するのじゃぞ!?」
いつにもまして上から目線の姫に、
「はい! 姫様!」
受け入れるスキャル。少しコディと被って見えるのは俺だけか?
そのスキャルが俺に問いかけてくる。
「マルスは【剣王】だよな?」
スキャルが言わんとしていることは分かる。
俺は風魔法で皆の荷物を浮かべながら運んでいる。もちろん女性陣もリュックを背負ってはいるが、いつ終わるか分からないクエストのため、それなりに荷物が多い。
「そうですが風魔法も得意なので」
「得意ってそんなレベルじゃないだろう!? 歩きながら魔法を発現させているのも驚きだが、そのMP量もおかしいだろ? 浮かべっぱなしじゃないか?」
やっぱりそう思うよな。なんとか愛想笑いでごまかしたが、進むにつれて疑問は膨らむばかりだろう。どうしたものか……と考えながら歩いていると、現れたのは大部屋。
中を窺うと、複数のパーティが大部屋の中で戦っていた。
「部屋の中を複数のパーティで戦うのはご法度じゃなかったっけ?」
俺と同じ疑問をミーシャがスキャルに訴える。
「ま、まぁそうなんだが、今は非常事態。迷宮飽和の兆候が見られるのはもっと上層階だが、何が起こるかわからないから、バルクス王が今に限り複数のパーティで戦う様にと。もしも宝箱が出現して揉めるようなことがあったら、そこは王家が入ってしっかり仲裁するとのことだ。まぁ宝箱なんて出るわけないがな」
捕らぬ狸の皮算用ってやつだな。
それにしてもスキャルは女性たちと話すのが苦手らしく、話しかけられるたびにビクビクしているな。コディと被ると思ったが、少しコジーラセも入っている気がする。
ハイブリッドのスキャルを先頭に、戦闘が行われている大部屋に入る。
冒険者たちは目の前の魔物に夢中で、俺たちには気づかない様子。魔物を鑑定すると脅威度E。まぁ1層であればそんなものかと思いつつ、戦闘をせずに大部屋を抜ける。
大部屋を抜けたあとも、通路には冒険者の姿。一体何人の冒険者たちがここに詰めかけているんだ?
そしてその冒険者たちがスキャルを見るたびに媚びを売り、女性陣を見た途端、欲望をありのままに曝け出す。
「ねぇ? 女性の冒険者ってこういうときどうしているのかな?」
歩きながらクラリスが疑問を口にする。
確かにそうだよな。行く先々でこうも不快な視線を向けられては気が気ではないだろう。
「と、とにかく近づかない。それか誰もが憧れ、手が届かない……決して触れてはいけないような存在になるかだな。どちらも無理であれば活動拠点を変えるのが一番だろうな。現にこの街では女性の冒険者の姿を見かけることはないからな。リスター連合国の迷宮であれば、このようなことはあまりない」
まぁそうなるだろうな。だからアルメリアやイルグシアに流れてくるのだろう。迷宮をしっかり管理できる人間がいないとな。
「じゃあ、みんなお母さんに憧れていたってことだよね!」
嬉しそうにミーシャが同意を求めてくる。確かにサーシャは迷宮に異変があると呼ばれていたようだからな。
「も、もしかしてミーシャのお母さんはサーシャさんか?」
どうやらスキャルもサーシャを知っているようだ。
「うん! そうだよ!? 知ってるの!?」
まるで友達のように話すミーシャに、スキャルも顔をほころばせる。
「もちろん! 確かにサーシャさんにはみんな憧れていた。若い頃は俺もいつかお話をしたいと思っていたな。そうか……雰囲気は正反対だが、確かにミーシャはサーシャさんにそっくりだな」
スキャルの言葉に喜ぶミーシャ。
身内が褒められるのってやっぱり嬉しいもんだよな。当然俺も同じクランだし、後々義理の母となる人だ。嬉しいに決まっている。
しかし、この女性が活躍しづらい環境はどうにしないとな。女性のためだけではなく、皆のためにもならない。
その後も順調に進み、2層に続く部屋に入る。
ちょうど魔物を倒したところらしく、部屋の中には3つのパーティが回復薬を飲み次の戦闘に備えていた。
当然冒険者たちも俺たちの存在に気づく。
会釈だけし、スキャルを先頭に階段を上ろうとしたとき、背後から視線を感じた。
まぁそうだよね。アルメリアのように潜る迷宮ではなく、フォグロスは上がる迷宮。女性陣はスカートなわけで、クラリスに至っては相当短い。
覗こうという気持ちは分かる。しかしそんなことは俺が許さない。
1人階下に残り、土壁で冒険者たちの視界を遮る。当然俺も振り向いて見上げたい気持ちはあるが、ここはぐっと堪えて我慢。
「マルスー。ありがとう。もういいわよ」
クラリスが俺を呼ぶ声が2層から聞こえたので、俺も階段を上ってから土壁を解く。
すると我先にと見上げる冒険者たちの姿が。
うーん。やっぱりこの女性の生きづらさをなんとかしなきゃな。
そりゃあ俺だって、頭の中は欲にまみれているさ。むしろ世界一な自覚もある。でもそこは堪えなきゃダメだろ?
え? 相棒が欲望に忠実過ぎるって? すまん。こればかりは俺の力ではどうにもらないから許してくれ。
冒険者を引き連れ、2層の安全地帯に着いたのは迷宮に潜って5時間後のことだった。










