第474話 王謁
部屋に入ると、上半身裸の男の鋭い眼光が俺を捉える。
「マルス・ブライアントでございます! 此度はバルクス王にお会いできて光栄の極みでございます!」
頭を垂れ、右手を胸元に添えてバルクス王に敬意を示す。女性陣も声には出さないが、それぞれカーテシーでバルクス王に敬意を表す。
っておい! ゲイナード! 何見惚れているんだお前は!?
「ジオルグとミックからお前のことは聞いている。武神祭も見事であった」
そんなゲイナードを気にも留めず、声をかけてくるバルクス王。そういえば武神祭に来ていたと言っていたな。
返事をしようとすると、バルクス王は近づいてきて手を差しだしてくる。ん? どういう意味だ?
困惑する俺に、バルクス王が低い声で一言。
「余の手を握ってみよ」
握手しろということか。恐る恐る差し出された手を握ると、
「……お前。剣よりも女の手や乳を揉んでばかりだろう?」
凄むバルクス王。
「いえ、そのようなことは……」
確かに最近の俺は前線で戦うというよりかは、後ろでクラリスと抱き合っている方が多いかもしれない。他の女性陣のMPが枯渇すれば、その女性と密着する。
だが誓って言えることがある。揉んだことは生まれて一度もない。いや、確かにクラリスのを揉んだことはあるかもしれないが、あれはノーカン。そういう意味ではないからな。
「うむ。まぁ良い。この世は力。力さえあれば何をしても許される。女も金も自由だ」
うん。俺はこの人嫌いだ。ってかこの世界の考え方が俺には合わない。
なぜ女性とお金を同列に扱う? この手の話を聞くたびに虫唾がはしる。
俺が領主になったら、住民にこの意識だけは変えてもらわないとな。
「だがな。それは本当に力を持った者だけ。惚けて鍛錬を怠る者にその資格はない。マルス、お前を試させてもらう。ランキングバトルはもう済ませたか?」
バルクス王のいうランキングバトルというのは、A級冒険者同士で戦う試合で、1年に1回、自分より順位の高い者に挑戦できる戦い。以前リュートが俺にけしかけたやつだ。
下の者が勝てば、順位が入れ変わる。ちなみに挑戦できる相手は自分より+20位まで。93位の俺は73位まで挑戦できることとなる。
「いえ、まだですが……」
「では余が専属に雇っている77位とランキングバトルをしろ。ミックとジオルグが傑物と称する人物の力量を知りたい。それにマルスはクロムよりも強いのだろう? 力を示してみろ。勝てばとっておきの褒美を取らせる」
俺の意志は関係なく、話が進む。まぁ王や12公爵相手に自分の意見なんて通るわけがないだろうからな。
「ジオルグ! スキャルを地下へ連れてこい!」
バルクス王の命を受けたジオルグが頭を下げ、退出する。
「マルス、ついてこい」
ジオルグが退出すると、バルクス王も俺たちの脇を通り抜け、部屋を出ようとする。そのバルクス王にクラリスが再度カーテシーを行い、挨拶をする。
「お久しぶりでございます。バルクス王」
え? 久しぶり? クラリスってバルクス王と面識あったのか?
「久しいな、クラリス。あの時の言葉を今日試させてもらう。余が思うような男でなければクラリス。余の妃となれ」
は!? 何を言うかと思えばこのおっさん。クラリスに求婚だと!?
「畏まりました。ですが私には確信がございます。バルクス王もきっと納得してくださるはずです」
おい! なんでOKしちゃうんだよ!?
クラリスの返事を聞いたバルクス王が、にやりと笑みを浮かべてから部屋を退出する。それに続く俺たち。
ジオルグに地下に来いといっていたから地下へ向かうのだろう。その間にクラリスの手を握り、後方に下がるとバルクス王に聞こえぬようクラリスに問う。
「バルクス王と面識があったのか?」
「ええ、マルスが武神祭で活躍しているときに、私とお義兄さんが貴賓室でどんな目にあったかもう一度聞きたい?」
そういえばそうだった。あの時クラリスは色々な縁談を持ち掛けられたと言っていたが、まさかバルクス王にまで声をかけられていたとは。
「でもクラリス。もう自分を賭けの対象となるようなことはしないでくれ」
「そうね……軽率だったかもしれないわね。ごめんなさい」
分かってくれたようで良かった。
地下に着き、先頭を歩くバルクス王が立ち止まり、振り返ると、眉間に皺を寄せる。
「貴様、噂に違わぬ女好きだな。負けたら貴様の一物はないと思え」
やばっ! 言われたばかりだったのに、クラリスと手をつないだまま……しかも肩と肩が触れるくらいの距離。
慌てて手を離すと、それを見届けたバルクス王が扉を開く。
その部屋は岩盤をくりぬいた部屋のようで、部屋自体はかなり広く、強度はバッチリそうだ。これなら魔法を使っても大丈夫だな。
そして部屋の奥には1人の小さな男が佇んでいた。
「スキャル! こいつがマルスだ! お前が勝てば、セレスティアとのことを考えてやっても良いぞ!」
その言葉に目を丸くして反応するスキャル。
「本当ですか!? セレスさまを自由に!? ミックさんが褒めちぎるマルスというのはお前か……相手と場所が悪かったな。お前を倒して俺は王族に名を連ねる!」
セレスティアというのはバルクス王の娘か?
「はい。僕も理由あって負けられません! 手加減はできないのでお許しを!」
負けたらクラリスが、奪われてしまう。絶対にそれだけは阻止しなければ。
不敵な笑みを浮かべ、小さい短剣を取り出すスキャル。
どうやらこいつは俺が気づいていないと思っているらしい。
この部屋に張り巡らされた糸の存在に。










