第473話 迷宮都市フォグロス
2032年9月20日13時
昼食を終え、ミックと別れて南門でジオルグを待つ。ミックたちはリュートの入れ替え戦のためにこの街から東へ向かうとのこと。ちなみにゲイナードはまだ俺たちについて来るらしい。いったいどこまでついて来る気なんだ?
「待ったか?」
ジオルグを待つこと10分。近衛兵と思われる者たちを連れてジオルグが駆けつける。
ミックに言われ、馬車を引いてきたが正解だったようだ。ジオルグも馬車を連れてきていた。
「いえ、今来たところなので」
「馬車を引いてきたところを見ると、ミックがだいたいのことを伝えてくれたようだな」
もしかしてミックが俺たちに詳細を説明することを見越して、かなり時間を空けたのか?
「はい。そのミックさんに、先に説明しておいた方がいいと言われていることが1つあります。よろしいでしょうか?」
「構わない」
ジオルグの了承を得ると、カレンの後ろに待機させていたハチマルを呼ぶ。
「こいつはハチマルといいます。どこかで見た覚えはありませんか?」
【黎明】女性陣が目線をハチマルに合わせるようにしゃがみ、ハチマルをモフモフする。
「いや、まったく。ここまで綺麗な毛並みの犬は初めて見た。それに大人しくて見るからに聡明。俺が飼いたいくらいだ」
第一関門突破。ここからが問題。
「ではこれを見ていただいてもよろしいでしょうか? ハチマル。天に向かって火を吐け」
気持ちよさそうにモフモフされていたハチマルが、皆から少し距離を取り、口から火を吐くとジオルグの表情が一変した。
「ま、まさか……こいつは……火喰い狼か!?」
ジオルグの言葉に近衛兵たちも剣を抜き、身構える。
ミックに忠告されたのだが、バルクス王国にはハチマルを一瞬で火喰い狼と分かる人間がいるかもしれない。
火喰い狼はリムルガルド城下町を攻略する際、バルクス王国のキャンプを襲い、たくさんの犠牲を出した。
バレなければいいのだが、バレたときが問題。予想を遥かに上回るヘイトがハチマルに向かうだろう。だから先にジオルグにだけは正体を明かしておけと。そして必ずこの言葉だけは伝えておけとも言われた。
「ハチマルは僕たち【黎明】の大切な仲間です。もしも仲間であるハチマルに危害を加えるような者がいた場合、問答無用で僕が相手を処す許可をいただきたいのですが」
俺の言葉に考え込むジオルグ。
「な、なぜ火喰い狼がここまで懐いているのだ? まずはそれを聞かせて欲しい」
さすがミック。ジオルグはきっと頭ごなしに否定はしない。自分を納得させるだけの情報を得ようとするだろうと言っていた。
ここから説明するのはカレン。ジオルグはカレンの言葉を一語一句聞き逃さぬよう真剣に耳を傾ける。
「そうか……にわかに信じられぬが、現にこうしてお前たちに懐いているからな……分かった。認めよう」
ふぅ……ミックには頭が上がらないな。
サンマリーナの街を出て、進路を南へ。
「もうちょっと海で遊んでいたかったなぁ」
馬車の中でミーシャが呟く。
「そうですね。マルス先輩ともっとキャッキャしたかったです」
アリスも残念そうに下を向く。
「すまないな……俺もみんなと海でゆっくり過ごしたかったんだけど……」
「仕方ないわよ。マルスの立場からすればジオルグ様のクエストは絶対に断れないし」
俺が謝ると、カレンがフォローを入れてくれる。
「でもさ? 2年前より私たちだいぶ成長したでしょ? 誰が一番成長した?」
正面左に座るミーシャが期待する目で、俺を見る。
「そうだな……やっぱりカレンとミーシャが一番変わったかな。あの時はまだ子供って感じだったけど、今の2人を見て誰も12歳だとは思わないだろうな」
ミーシャはまだ少し細いが、背の高さはクラリスやアリスと変わらない。カレンはエリーと争うほどの巨乳……背が低い分、カレンのほうが大きく見える。お世辞ではなく2人が一番成長したのは事実だ。
それもこれも他の人より神聖魔法に触れる機会が多いからだろう。ラブエールだって神聖魔法のはずだしな。
「やっぱり? 私の魅力にメロメロになっちゃった?」
ユニマルを呼ぶようにスカートの端をつまみ、靡かせるミーシャ。く、くそ……目が逸らせん。
「ほら! 揶揄わないの! マルスもまたいやらしい顔をして……」
クラリスが俺の膝を叩き、サービスタイムが終了となる。賢者様がいない今となっては生殺し……早く賢者タイムにならないと体がもたない。
13時頃出発し、フォグロスに着いたのは18時。
ジオルグが馬車から降りると、俺たちもそれに倣う。
街門にはセキュリティがいるが、ジオルグに身分を照会され、何のチェックもなしにフォグロスの街に足を踏み入れた。
迷宮都市フォグロスは錯綜した路地や入り組んだ通路が目立つ。そして街の中心には巨大な塔。塔の周囲には冒険者ギルドや宿が立ち並ぶ。
古びた石畳を一歩一歩踏みしめながら、前を歩くジオルグの背中を追う。
「あまり治安はよくなさそうね……」
どこか周囲を警戒するように歩くクラリスがぼそりと呟く。
確かに。しっかり整地し、魔石灯が闇を照らすアルメリアとは正反対。雑多で完全に日は落ちていないにも関わらず、アルメリアの深夜よりも暗い。
しかもアルメリアは常時ブライアント騎士団が街を巡回し、治安維持に努めているが、フォグロスは街の入り口でしか騎士団をみかけていない。
冒険者で賑わってはいるが、街のあちこちには浮浪児と思われる者や、ギラついた目つきでキョロキョロと周囲を窺うような輩が目に留まる。
ジオルグはそれを気にする様子もなく、近衛兵に守られ淡々と歩く。
そして大通りから路地に入ると一転、街の中では見かけなかった煌びやかに着飾った騎士団が一画を守るように警備していた。
まるでそこだけ守れれば、他はどうなってもよいと言わんばかり。
俺も似たような考えをもってはいるが、こうもあからさまにはしていない。
俺たちはどこぞやの騎士団員に見守られながら1軒の宿の中に入る。
「さて、マルスたちには会ってもらいたい方がいる。その方も是非マルスに会いたいと仰られてな。色々試されるかもしれないが気分を悪くしないでくれ」
ジオルグが敬語を使う相手なんて数えるくらいしかいないはずだ。そしてこの異常なまでのセキュリティ。もう誰と会うのかは見当がつく。
騎士団員が守る部屋の前まで着くと、ジオルグが扉をノックする。
「父上。ブライアント辺境伯家次男マルス・ブライアントを連れて参りました」
扉の向こうから威厳のある声で「入れ」という声が聞こると、ジオルグが扉を開く。
ジオルグが扉をゆっくりと開けるとまず何かを振う音が聞こえる。
扉が完全に開くと、そこには傷だらけの上半身を露わにして、剣を振るう男の姿があった。










