第470話 カストロ公爵の褒美
2032年9月15日5時
「はぁっ……はぁっ……結局……最後まで……ついていけなかった……」
中庭に大の字で倒れ込み、胸を前後させるゲイナード。第2騎士団の他の者たちはすでにぶっ倒れている。
「でも、ナイスファイトでした」
ゲイナードの健闘を称えると、クラリスも続く。
「そうですよ。これからもずっと続けていけば、こなせるようになります」
そう言うと、ゲイナードの頭付近に綺麗に畳んだピンク色のタオルを置く。
「え? これは……?」
「間違えていつもより多くタオルを持ってきてしまったので、良かったら使ってください。私たちは今日発つので、そのまま捨ててしまっても構いませんので」
誰が惚れた女の私物を捨てるかってんだ。現にゲイナードは鼻の穴を大きく膨らませて興奮している。
「あ、ありがとう! 家宝にする!」
まぁそうなるよな。
訓練を終えた俺たちは中庭を後にし、風呂に入ってから、カストロ公爵との朝食会場に向かった。
「で? マルス君たちはこれからどうするの?」
食事中カストロ公爵が問うてくる。
「はい。予想外に早くクエストを達成できましたが、このままリーガンへ帰ろうと思います。クエストを反故にしてでも、リスター祭までには必ず帰って来いと言われているので」
俺の言葉に吹きだすカストロ公爵。
「まぁあの女狐が言いそうなことね。あなたたちは金のなる木……いえ、それ以上でしょうから。クラリス? この前の話だけど……」
「申し訳ございませんが、お譲りすることも、お売りすることも考えておりませんので」
何のことか分かっているとは思うが、カストロ公爵がクラリスのピンクをすべて買い取ると言い出したのだ。具体的な金額を言われる前にクラリスが断りを入れたので、金額は定かでないが、お宝どころの騒ぎではなくなってきたな。
これからはブライアント家の家宝として、歴代すべてのピンクを俺の私室に飾っておくと心に誓う。
「まぁそう言うと思ったわ。あと忘れないうちに……」
カストロ公爵がフランに目配せすると、フランが俺のテーブルの前に金貨袋を置く。
「今回の追加報酬よ。中を検めてごらんなさい。当然女狐にカストロ公爵家が保有する伯爵位も譲るから、数年後にはマルス君は叙爵され、皆を妻に迎え入れることができるようになるでしょう」
言われるがまま、金貨袋の中身を確認すると、なんと白金貨5枚も入っていた。
A級冒険者になってからというもの、この1年で【暁】として白金貨10枚以上の報酬を得たこととなる。
「こ、こんなに……!?」
驚く俺にさらにどこか妖艶な笑みを浮かべるカストロ公爵。
「それだけでは足りないわね。だからとっておきの褒美を用意しているわよ?」
「これ以上のものですか!? さすがに貰い過ぎかなと……」
謙遜しているつもりはない。ただ貰い過ぎると後が怖いのだ。
「ふふふ……そんなこと言わないで、是非マルス君には受け取って欲しいから」
正面に座るカストロ公爵が徐に席を立つ。
どこに行くんだろうと、カストロ公爵を目で追うと、意外にも俺とクラリスの席の間に立つ……と、次の瞬間、予想だにしなかった行動にカストロ公爵が出る。
「これが、褒美よ」
そう言いながら俺の膝の上に腰を下ろす。
「――――えっ!?」
何のことか分からない俺に対し、女性陣が一斉に席を立つ。
「ちょっ!? どういうことですか!?」
「……ダメ……! もういらない!」
「カストロ公爵! それはリスター連合国の決まりに反します!」
「あーあ……嫌な予感はしていたんだよなぁ……」
「先輩! 払いのけてください!」
ど、どういうこと?
理解が追いつかない俺に対し、姫が叫ぶ。
「オレンジ! 妾よりも先にそこに座るのは違反じゃ! 物事には順番というものがあるのじゃ! せめて妾の後にせい!」
え!? まさか婚約者に!?
「あら? 今頃気づいたの? マルス君さえよければ、カストロ公爵位を私たちの子供に継がせてもいいわよ? もちろんマルス君との子というのは伏せるわよ」
耳元で甘美な声が囁く。
「え?! いや!? 嬉しいお言葉ですが、僕にはカストロ公爵の夫は務まりません」
不敬かもしれないが、カストロ公爵の細い腰を掴み、膝の上から立たせる。
「あら残念。でもマルス君がその気になってくれれば私はいつでも歓迎だから、覚えていてね」
俺たちのリアクションを見て愉快そうに笑うカストロ公爵。なんだ、揶揄われていただけなのか。悪い冗談だ。
「フラン、フレン? あなたたちも言うことはない?」
カストロ公爵に促されると、皆の視線が双子に集まる。
「では、是非私たちもマルス様の婚約者に……」
フランの言葉にクラリスが何かを言おうとするが、フレンがすかさず割って入る。
「というのは冗談です。マルス様をお慕い申しておりますが、ずっとクラリス様たちと一緒だと私たちの心が折れてしまいます」
「だから私たちはこの地で、皆様のご活躍、お幸せを祈っております」
深々と頭を下げる双子。
「あ、いえ、こちらこそ。フラン様とフレン様には良くしていただいて……またの機会がございましたら、その際はどうぞよろしくお願いいたします」
代表してクラリスが答え、つつがなく朝食を終えた。
「ねぇみんな? ちょっとゆっくりしたくない?」
部屋に戻り、皆で荷造りをしていると、クラリスが皆に問いかける。
「というと?」
「私たちは11月のリスター祭に間に合うように帰ればいいわけじゃない? だからちょっと気分をリフレッシュさせてから帰りたいの」
クラリスがそんなことを言うなんて珍しいな。
「うーん……みんながいいというのであればいいけど……」
皆を見渡すと、目を輝かせている。まぁグランザムから戻って来て、あまりゆっくりできないうちにここに来ちゃったからな。
「私行きたいところある!」
聞いてもないのにミーシャが手を挙げると、
「はい! ミーシャさん! どうぞ!」
それに乗っかるクラリス。
「サンマリーナ! サンマリーナに行きたい!」
おー、サンマリーナか。もうそろそろシーズンオフで人も少なくなっているころかもしれないしな。であれば、女性陣を連れて行っても大きな問題にはならないかもしれない。
「私も行ってみたいです! 連れて行ってください!」
そうか、アリスは行ったことはないのか。皆も期待する目で俺を見つめる。
「分かった。じゃあサンマリーナに行くか。かなり時間には余裕があるからな」
大はしゃぎの女性陣。
荷造りを終えたところでちょうどドアがノックされる。
そこには双子とゲイナードの姿が。
「この街の英雄を見送らないわけにはいかないとカストロ公爵が仰いまして」
「カストロ公爵がお待ちです。では参りましょう」
双子の後をついていく俺たち。
「どうした? ミーシャ? やけにご機嫌じゃないか?」
ともに歩くゲイナードがミーシャに問うと、
「うん! これからサンマリーナに行くんだ!」
満面の笑みで答えるミーシャ。
「なっ!? サンマリーナだと!? ってことはクラリスも!?」
ゲイナードがクラリスに視線を移す。
「はい。少しの間ですが、ゆっくりとしてきます」
クラリスがにっこり微笑むと、すぐにどこかに消えてしまうゲイナード。見送りはどうした?
エントランスホールに着くと、レプリカの女性たちを従え、カストロ公爵が先頭に立ち、俺たちを待っていた。
「マルス君。今回は本当に助かったわ。心から感謝を」
カストロ公爵が頭を下げると、カストロ公爵の後ろに控える何百人もの女性たちが一斉に頭を下げる。
なんかハーレムの王様になったような気がしてならない……と、思ったところにカストロ公爵が頭を上げると、
「マルス君? 私と結婚すれば、ここにいる女性全員、マルス君の自由にできるようになるかもしれないわよ?」
とんでもないことを言い出す。
「な、なんてこと言うんですか!? マルス早く行くわよ!」
クラリスに手を引かれレプリカを出ると、カストロ公爵が追ってくる。
その後ろには数百名もの女性たち。
たくさんの黄色い声に惜しまれながら、俺たちはウオールの街を後にした。










