第466話 浄化
「マルス! 桶を作って!」
そう言いながら横たわる一角獣の下へ駆けるクラリス。
一角獣のすぐ近くにクラリスが腰を下ろし、スカートの端を少し持ち上げ、靡かせる。
すると、クラリスの膝の上に頭を乗せる一角獣。すぐに目を閉じようとするが、そこに土魔法で作った桶を持っていくと、クラリスがその桶に聖水を注ぐ。
いつもの聖水とは違い、どこか輝いて見えるのは、きっと聖水に神聖魔法を仕込んだ特別製なのだろう。
一角獣は目を見開き、まるで何日も飲まず食わずだったかのように、美味しそうにスペシャルドリンクを飲む。
ぐぬぬ……俺もそれは飲んだことがないのに……まぁそんなことを言っても仕方ない。
一角獣はクラリスに懐いているようだし、襲うこともないだろう。
今のうちに俺も消火活動をと思い、森に目を向けると、先ほどまで燃え広がっていた炎は鎮火されており、ところどころ煙が出ている程度だった。
それでも森の中の様子や、女性陣のことが気になったので森の中に入り、サーチで皆の位置を探る。
すると唱えた瞬間、こちらに近づいてくる一団が。
「「「マルス!!!」」」
まず姿を見せたのはエリー。真っ先に俺の胸に飛び込んでくる。
「マルス! マルス! マルス!」
何度も俺の名を呼びながら首筋に吸い付いてくる。
するとエリーの後をミーシャ、アリス、カレン、姫の順で続く。
「良かったよ! やっぱりマルスに雷は効かないんだね!」
「マルス先輩! あとでお話を聞かせてくださいね!」
「火はしっかり消火したから安心していいわよ!」
笑顔で次々に胸の中に飛び込んでくる中、姫だけは様子が違った。
「……お主……本当に死んだかと……」
俺の顔を見て泣き出す姫。姫なりに心配してくれたんだな。
「悪かった。姫には伝えていなかったが、俺は風魔法使いというよりも、雷魔法使いなんだ。当然雷魔法の才能の方が高い。そして俺にはその雷が効かない」
「――――っ!? あれだけの風魔法使いなのに!? それに才能……じゃと?」
「ああ。あとで姫にも俺の力の一端を見せるから。心配させてすまなかった。それにありがとう」
まだ泣き止まない姫の肩に手を置き、軽く抱き寄せると、姫は遠慮がちに俺のわき腹辺りに手を回す。
姫の白い髪の毛からは、日本時代を彷彿させるお香のような落ち着きを感じる香りが漂う。
「そういえばカストロ公爵とフランさん、フレンさんはどうした? ハチマルは?」
少しの間、皆との再会を喜んだが、ずっとこうはしていられない。確認するべきこと、やるべきことはまだある。
「レプリカにいる者たちを避難させているわ。私たちもついていこうと思ったのだけれども、火の手が上がったのを見て、途中で引き返してきたの。ハチマルには3人の警護を頼んでいるわ」
俺の質問に答えてくれたのはカレンだった。ということは、今も避難を続けているのか。であれば、早めに伝えないとな。一角獣のことも伝えないとならないし。
「エリー、アーリマンはもういないよな? それに女淫魔の匂いも」
いまだに俺の首筋にキスマークを並べているエリーに問う。サーチでも引っ掛からなかったし、エリーもハンカチを口元にあてていないから、予想はできたがそれでも念のために確認する。
「……うん……多分……森にいない……」
「ありがとう。皆に頼みがあるのだが、誰かカストロ公爵の所に行って、再度ここに来るように伝えてくれないか? 二角獣は一角獣に戻ったと」
一角獣に戻ったと告げると、皆の表情がさらに緩む。そして一番に姫が口を開く。
「オレンジ……カストロ公爵との交渉は妾に任せるのじゃ!」
いや……交渉ではなく、伝えるだけなんだが……大丈夫か? と思っていたら意外な者もあとに続く。
「……私……ついてく……姫1人……心配……」
まさかのエリー。だが、俺としてもエリーがついて行ってくれれば安心だ。
カストロ公爵に伝えるという意味では不安だが、エリーが同行するとレプリカに戻る道中、もしも魔物が湧いた時にもすぐに対応できるからな。
「……なんか2人に任せるのは不安だから私も行くわ。ハチマルも連れてきたいし」
俺と同じ不安を覚えたカレンも行ってくれるという。この3人であれば安心して任せることができるな。
「ありがとう。魔物が湧いてくるかもしれないから気をつけてくれよな」
3人を見送ると、ミーシャとアリスの2人と一緒にクラリスの下に戻る。
「あー! 私も一角獣を膝枕したい!」
「私もやりたいです!」
クラリスが一角獣に膝枕をしているところを見た2人が騒ぐ。
「ええ、いいわよ」
クラリスが優しく一角獣の頭を抱きかかえるように持ち上げ、その間にミーシャがクラリスの座っていた所に座る。
一角獣はよほど信頼しているのか、クラリスにされるがままだ。もしかしてテイムしてないか? それほどまでに従順な一角獣。この調子であれば角を少し削るくらい余裕そうだな。
「ミーシャが水を出して、アリスがその水に神聖魔法を唱えて」
クラリスのアドバイスに従う2人。
一角獣は2人の聖水をまたも美味しそうに飲み始める。こいつどれだけ飲むんだ?
まぁ飲みたいだけ飲めばいい。俺たちはまだやらなければならないことがある。
「クラリス。ちょっと来てくれないか?」
手を差し出すと、シルクのようななめらかな手が重なる。数メートル先の泉に行くだけだから手をつなぐ必要はないのだが、なんとなく触れたかったのだ。
「クラリス。カストロ公爵が来る前にホーリーを唱えてくれないか?」
悪臭のする泉の前でお願いすると、俺の意図をすぐに理解するクラリス。
「ホーリー!」
赤黒い泉の表面に広がる魔法陣は、複雑な幾何学模様が煌めき、神秘的な輝きを放つ。魔法陣から伸びる柱状の光は、天だけでなく、深淵も目指すと、その純潔な光に触れた血のように染まった水が瞬時に浄化される。
「す、すごい……」
想像を遥かに上回る効果に思わず声が出てしまう。
「きっとマルスがくれた装備品のおかげね」
謙遜するクラリス。確かに装備品の効果もあるかもしれないが、クラリスの神聖魔法の効力が高まっているのも間違いない。
光の柱が消えると、浄化された水を光に触れていなかった赤黒い水が侵食するが、明らかに色は薄まり、異臭も和らぐ。
まだMPに余裕はあるが、やり過ぎると不測の事態に対応ができなくなるため、今日はここまでにしておく。クラリスのホーリーであれば、泉の浄化にもあまり時間はかからないだろう。
ミーシャとアリスの下へ戻ると、一角獣の頭はアリスの上にあり、もう目を閉じていた。
聖水を飲んだせいか、少し体にハリが出てきたように思える。まだまだやせ細っているが、会う前とは別馬? だ。
それに何より賢者様を飲み込んだことにより、一角獣からいやらしさは感じない。
正直ちょっと怖かったのだ。
一角獣は賢者様を噛み砕いたものを飲み込んだだろう?
賢者様には俺の煩悩がたんまりと込められている。俺だけではなくブラッドとコディの煩悩も。
それが溢れ出すんじゃないかと思ったが、そうはならなかった。
もし賢者様に込められた煩悩が一角獣を支配すると、また二角獣……いや、それ以上の存在になる可能性もあったからな。
エリーたちが戻ってくるまで、一角獣を囲みながら楽しく過ごした。










