第464話 賢者の実力
怒りを俺たちに吐き出す二角獣。荒ぶる黒き稲妻が俺たちを襲う。
だが、俺たちに雷は効かない。
「行くぞ! クラリス!」
雪のように真っ白な肌を黒く輝かせながら頷くクラリス。賢者様を握っていなければ、白と黒のコントラストに目を奪われていただろう。
雷鳴剣を鞘に収め、二角獣に向けて疾走する。二角獣はそれを払いのけようと必死になって雷を放つ。
しかし、二角獣の抵抗も虚しく、あっさりと二角獣の目の前に辿り着くと、打ち合わせ通りの行動をとる。
二角獣は目の前に立ちはだかる俺に対し、自身を強く見せようとしているのか、カンガルーのように上体を起こすと、咆哮し、威嚇してくる。当然黒い稲妻つきでだ。
一角獣の時はあれだけ美しかった鳴き声も、二角獣になった今は、聞くに堪えない荒々しい不協和音に変わってしまっていた。
構わず一歩踏み込むと、二角獣は噛みつこうとしてくる……が、遅い。
楽々避けると、賢者様を腰に差し、二角獣の鼻と下顎を両手で抑え込んで口が開けないようにする。
暴れて俺の手から逃れようとするが、俺の方が力は圧倒的に上。逃れられるわけがない。
そんな中クラリスは暴れまわる二角獣の背中に飛び乗り、まるでロデオボーイのようにバランスをとる。
「いい子だから落ち着いて!」
二角獣を宥めるが、クラリスが背中に乗ると二角獣は興奮状態となり、さらに激しく雷を轟かす。
興奮状態といっても、俺がクラリスに跨ってもらって喜ぶような状態ではない。本当に抵抗しているのだ。尻尾の蛇も何度もクラリスの白い脚に襲い掛かる。
俺すらクラリスにやってもらったことのない、最高のご褒美を拒絶するなんて、こいつマジで許せん! ってか喜んだらもっと許せないのだが……。
ただ二角獣は非処女しか背に乗せないという話は聞いたことがある。
しかし目に映る者すべてが敵のこいつにとって、処女も非処女も関係ないだろう。であればクラリスが背に跨り、神聖魔法を使って負の感情を少しでも和らげることができないかと思っての行動だ。
俺も二角獣の口を押さえながら神聖魔法を唱えている。
それでも一向に落ち着く気配のない二角獣だが、それは覚悟の上だ。根競べなら絶対に負けない! クラリスも落とされぬよう必死にしがみつく。
そんな状況が数十分も続くと、ついに二角獣の抵抗が弱まる。
体力切れたのかなとも思ったが、神聖魔法を唱えながら二角獣を押さえつけていたので、否定はできないがその可能性は低い。
「ねぇ!? 落ち着いてきてない!? 蛇が噛みついてこなくなったんだけど!?」
クラリスも同じことを思ったようだ。
「ああ! 負の感情が徐々に薄れているのかもしれない! 次の作戦に移るために今から口を解放する! それによってまた暴れるかもしれないから気をつけてくれ!」
クラリスが頷いたのを確認してから、二角獣の口を塞いでいた両手をどけると、不協和音が辺りに響き、再度俺に噛みついてこようとする。
いいぞ! すべての怒りを俺にぶつけてこい!
何度も俺に噛みつこうとする二角獣だが、2、3分で噛みつくのを諦め、今度は背に乗るクラリスを振り落とそうとする。
口を塞がれると同時に動きが制限されていたが、それがなくなったから自由に暴れられると思ったらしい。
二角獣がまたもカンガルーのように上体を起こそうと、勢いよく前足で地面を蹴ろうとした……が、それは叶わなかった。
俺が二角獣の背に乗るクラリスがいる中、策もなく拘束を解くわけがないだろう。
なぜ? という表情をする二角獣。だが、すぐに理解したらしい。いつの間にか自分の体に巻き付いている火精霊の鎖の存在によって身動きが取れなくなっていることに。
二角獣が俺に噛みつこうとしている間、クラリスの腕に巻きつかせるよう慎重に二角獣の体を這わせたからな。
それでも暴れようとしたが、それもほんの数分のことだった。
二角獣の目からは徐々に荒々しさがなくなってきている。
だからといって、襲ってこないというわけではない。
まだ雷での攻撃は続いているし、隙あらば噛みついてやろうという意志は感じられる。それは本能からかもしれない。
ただ先ほどのように、自己抑制が崩れ、目に映る者すべてを殺戮しようというような目ではなくなっていた。
これなら次の段階に移ってもいいかもしれない。
「クラリス! 次に移るぞ!」
腰に差していた賢者様を右手に持ち、じゃじゃ馬を乗りこなすクラリスに伝えると、
「分かったわ!」
スカートを押さえながら二角獣の背中から飛び降りるクラリス。
賢者様を手にしても、スカートに釘付けになってしまうのはなぜだろうか?
もしかしたらこれは下心ではなく、芸術に触れたいという気持ちなのかもしれない。クラリスはどんな姿でも絵になるからな。
そんなことを思いながら、鎖で二角獣を拘束し、右手に持つ賢者様に巻きつけられた布を剥ぎ、封印を解く。
久しぶりに賢者様の姿を見たが、見るたびに立派に成長なされているように思える。その御大を二角獣の腹に押し当てた。
すると、二角獣はこれまでにないほどの苦悶を伴った咆哮で大気を揺るがす。
怒りを吐き出し、煩悩が消滅すれば、二角獣は二角獣でいられなくなる。俺とクラリスはそう読んでこの作戦を実行した。
事実、賢者様を二角獣の腹にあてがうたびに、弱っていく感じはする。
しかし、あまりにも賢者様に触れられるのが辛いのか、無差別に黒い雷を落とすと、クラリスが悲鳴を上げる。
「マルス! 火事が!」
枯れた木々に雷が直撃し、勢いよく燃え上がっていた。
クラリスが懸命に消火するも火の勢いは増すばかり。
このままでは幻獣の森が焼け野原になってしまう。俺も消火活動に参加したほうがいいのか!?
二角獣から目を逸らし、燃え広がる炎を見ながら逡巡した時だった。
自分を苦しめ続けていた賢者様に対し、二角獣が怒りの反撃を見せたのは。
それが自身の消滅に繋がるとも知らずに……。










