第460話 緊急事態
「な、なにこれ……」
カストロ公爵を追っかけてきたクラリスたちも泉の惨状に驚く。
「これでは……もう一角獣は成長できないし……栄養が……」
泣き崩れるカストロ公爵。
確かにこんな泉の水なんて飲めるわけない。いくら幻獣だとしてもだ。
泉の近くの草木も枯れ始めている。きっとこの泉の水のせいだろう。
恐らくだが、何者かがアーリマンと戦い勝利したが、燃やすことなくそのままにし、アーリマンが腐食していったのが原因だろう。
ここでアーリマンと戦う奴なんか1人……いや、1体しかいない。一角獣だ。
せめてアーリマンの死骸が別の所にあれば、ここまで悲惨なことにはならなかったのだろうが……。
とにかく今はやれることをやる。
腐食したアーリマンを風魔法で陸へ運び、ハチマルが燃やすを繰り返す。
アンデットにならなかっただけ良かったのかもしれない。まぁアンデットキラーのクラリスがいるから問題ないかもしれないが。
10分ほどで死骸を全て焼いたが、匂いは収まらない。やはりこの水をなんとかしないといけないのだろう。
クラリスのハンカチで口元を覆いながら、ハチマルを連れ泉のほとりへ。ハチマルもこの匂いには大分抵抗があるのか足取りが重い。
悪臭を発する赤黒い泉を眺めていると、突然、泉が波打ち始める。
なんだ? 目を凝らしていると、ハチマルが突然唸り声を上げる。まさか? と、思い警戒すると、泉の中からアーリマンたちが勢いよく飛び立った。
(ウィンドカッター!)
(ウィンドカッター!)
(ウィンドカッター!)
風の刃でアーリマンたちを切り裂くと、赤黒い血しぶきを上げながら泉に落ちそうになる。もしかしたらアーリマンたちはこの泉から湧いているのか? 湧いた瞬間一角獣に殺されて、そのまま泉にポチャンというパターンか?
そう思いながら、泉に落ちないよう、風魔法で陸にアーリマンを運び、またハチマルに燃やしてもらう。
再度目を凝らして泉を見るが、赤黒く濁っている泉の中の様子なんて分かるわけがない。こういうとき透視眼を自在に操れれば……まぁ今悔やんでも仕方ない。他に何かできることはないだろうか?
まず真っ先に思い浮かんだのは、この泉を浄化すること。
試したいことがあったので、勇気を出して赤黒い水に手を触れ、バレないように魔法を唱える。
「ヒール」
まばゆい光が赤黒い水に溶け、俺の手の周辺だけ水が浄化され透明になるが、手を離すとすぐに赤黒い水に浸食される。
ヒールではキリがないな。ただ神聖魔法で浄化できるというのは収穫だ。時間さえあればある程度は浄化できるということが分かった。
と、その時。ハチマルが一点を見つめているのに気づいた。魔物であれば唸るはず。しかしハチマルは唸らずにただただ森の奥地を見つめているのだ。
まさか? サーチで探ろうとも思ったが、それによって敵と認識されるのはまずい。それに俺がここにいるのも得策ではない。
急いでクラリスたちの脇を通り過ぎ、森へ戻ろうとすると、
「マルス!? どうしたの!?」
クラリスが問いかけてくる。
「ハチマルが唸らずに一点を見つめていたんだ! もしかしたら来るのかもしれない! 俺がいるとややこしくなるかもしれないから!」
近くの大きな木に身を隠すと、鼻の頭を赤くしたカストロ公爵が指示を出す。
「念のためあなたたちも隠れて! 一角獣は警戒心が強いから!」
カストロ公爵に促され、クラリスたちが戻ってこようとするも、皆が隠れられそうな場所はここしかない。しかし俺が持つ賢者様のせいか躊躇っている。
「ハチマル! この杖を咥えて下がってくれ!」
ハチマルに賢者様を預けると、全員が俺の隠れている木に集まる。
賢者様がいないので万が一の時に備え、クラリスには俺の目の前に来てもらい、泉のほとりで1人女の子座りをしているカストロ公爵を背後から注視する。
そのカストロ公爵は先程から座りながらスカートの端をつまみ、何度も持ち上げては、離すを繰り返す。
「な、何をしているのかしら?」
不審に思ったクラリスが誰に聞くわけでもなく呟くと、
「ああやって一角獣を呼んでいるのです」
「処女の匂いに敏感ですから」
それに応える双子。この悪臭でも気づくのか? いや、気づいたからこそここに向かってきているのかもしれない。
「マルスはあまり見ないようにしてよね」
目の前にいるクラリスが振り向く。
「ああ、もちろん」
本当に? という表情を浮かべるクラリス。そりゃそうだろ。見ようとしても目の前のクラリスが気になるからな。
皆で息を殺しながら待つこと10分。ついにその時が訪れた。
額の中央に、1本の鋭く尖った螺旋状の角を生やし、真っ白な毛に覆われた馬のような生物が、森の奥から警戒しながら現れた。
あれが一角獣か。確かに神秘的だが……。
「やせ細ってない? 生気も感じられないし、死んだ魚の目というか…‥」
どうやらクラリスも俺と同じ意見のようだ。今にも折れそうな細足に、あばらの浮いた胴体。何より足取りを見るからに弱弱しく、ふらついているように見える。
これは一刻も早く泉をどうにかしてやらないとな。
視線を一角獣から泉に向ける。
すると、泉に異変が起きていた。先ほどよりも激しく波打ち始めていたのだ。
ヤバい!
そう思った時には勝手に体が動いていた。
風纏衣を纏いカストロ公爵の下へ駆けようとすると、俺と同時に反応する者たちがいた。
「カストロ公爵!」
「逃げてください!」
双子も俺とほぼ同時に走り出す。
「クラリスたちはカストロ公爵の身の安全を第一に考えてくれ! 俺は上がってくる魔物を討つ!」
一角獣も泉の異変には気づいている。しかし一角獣にとっては俺も敵なのだろう。
あんなにも弱弱しかった一角獣の瞳が、青く輝き、俺を捉える。
頼むからこっちに攻撃してこないでくれよと思った時だった。
赤黒く染まった泉から、アーリマンの10倍以上の大きさ、体長30mはあろうかと思われる、泉と同じ色をした目玉の魔物が水しぶきを上げながら飛び出してきたのは。
新作の短編版(1話目)を投稿しました。
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