第459話 幻獣の泉
2032年9月12日3時30分
いつもの時刻に部屋の扉をノックする音が聞こえた。扉を開けると双子とカレン、ミーシャ、アリス、そして姫の姿が。
「おはよう」
両手を広げて迎えると、最初に飛び込んできたのは、カレン。
「おはよう。学校でもこうやって欲しいわね」
学校だといつも合流するのが外だからな。俺としてもやりたいのだが、肝心のクラリスが人前でハグするのを恥ずかしがるから俺も、女性陣も遠慮してしまうのだ。
カレンの次はミーシャ、アリスと続く。姫の気持ちは分かっているが、ハグするのはちょっと違うと思い、頭を撫でながら朝の挨拶を交わすと、少しだけ照れた表情を見せる。
「「おはようございます」」
最後に双子が笑みで挨拶を返してくれたところで朝練へ。
やはり第2騎士団はマラソンで全員脱落してしまうが、根性は見せている。皆10分くらいは走れるようになったからな。まぁ俺たちのペースにはついて来れないが。
双子はというと順調にこなしており、風魔法のアシストなしに素振りまではこなせるようになっていた。ただマッサージしないと、動けなくなってしまうんだけどね。
朝練後は風呂に入ってから双子のマッサージへ。
「実は男性に触れられるのが怖かったんです」
「特に女性を侍らせている人は苦手で」
マッサージ中、うつ伏せになりながら双子がカミングアウトする。傍から見れば、俺に当てはまるだろうな。
「でもクラリス様たちを見ると幸せそうで」
「女性たちをこんなにも笑顔にできる人に悪い人はいないだろうって」
さては昨日ミーシャたちに何か吹き込まれたな?
「あと女性同士仲良いのもビックリです」
「あの男のところはギスギスしていたので」
女性同士が集まるとギクシャクすることも多いだろうな。うちの場合はクラリスが皆に慕われているというのがデカい。
「皆さんを見ていると本当に幸せそうで」
「不満とかはないのですか?」
俺は愛する人たちに囲まれて不満とかはないけど、女性陣はどうなんだろうか?
「うーん。モテすぎるところですかね。本人に自覚がないところも」
クラリスの言葉に笑みを漏らす双子。クラリスよ。その言葉、そっくり返そう。間違いなく俺の方が弁えていると思う。
その後も俺たちへの賛辞や質問が止むことはなかった。
「さて! 今日の目標は泉までよ! マルス君たち期待しているからね!」
時間通りにカストロ公爵がエントランスホールに来ると、早速幻獣の森へ向かう。
途中、中庭でへばっているゲイナード含む第2騎士団を見ながら向かうのが日課だ。
幻獣の森への階段も、今ではすっかり雷マークが施された立派な階段となっている。手すりもつけたし、落下防止の柵も作った。俺たちがいなくなっても当分は安全に上ることができるだろう。
幻獣の森に着くと、少なくなったアーリマンを倒してから幻獣の森へ足を踏み入れる。
先頭は俺と姫、当然賢者様も。
女淫魔を集中的に倒していたので、大分女淫魔の匂いが和らいでいる。
そのため、エリー以外は皆、手にハンカチを当てていない。
エリーだけはどうしてもダメなようで、ハンカチを口元に当てている。それでもハンカチで済むようになったのはデカい。
今まではエリーにしがみつかれて自由に動けなかったクラリスが、今では魔法の弓矢を射ることができるからな。
道中マルマル草に悩まされながらも、幻妖花の群生地まで辿り着くと、いつものようにここで休憩とした。
「今日はここから泉まで一直線に進むわよ!」
弾むような声でカストロ公爵が皆に気合を入れる。
「泉までどのくらいなのですか?」
土魔法で作ったコップにクラリスの聖水を入れてもらい、喉を潤しながら聞くと、カストロ公爵もコップを空にして答えてくれる。
「2時間弱ってところね」
幻獣の森に入って2時間は経つ。ってことは泉まで4時間。カストロ公爵は毎日往復していたとカレンが言っていたので、8時間森の中を歩いていたのか。
「どのような泉なのですか?」
今度は隣にいるクラリスがカストロ公爵に問う。クラリスが隣にいるということは、当然賢者様は遠くで休んでもらっている。その近くをハチマルが警戒しているから万が一もないだろう。
例え女淫魔が来ても、クラリスが隣にいるから安心だ。むしろ来てくれとすら思ってしまう。
「あら? 言わなかったかしら? 直径50mくらいで水深は分からないけど、かなり深いと思うわ。光り輝いていて、見ているだけで心が洗われるはずよ」
心が洗われるのかぁ。ちょっと興味がわくな。
「早く見てみたいね」
目を輝かせるクラリス。どんなに泉が綺麗だろうと、どんなに光り輝いていようと、この瞳には勝てないんだろうな。
「さて! じゃあ行くわよ!」
カストロ公爵が腰を上げると皆も続く。
またも俺と姫を先頭に原生林を歩く。後方のカストロ公爵に道を聞き、散発的に襲ってくるアーリマンを倒しながら歩く事2時間。目と鼻の先という所まで来たのだが、ある異変に気づく。
「なんじゃ? この匂いは?」
姫がクラリスのハンカチで口元を覆う。
そう、臭いのだ。女淫魔の匂いではない。何かが腐った匂いだ。
胸騒ぎがする。早く泉に行って確かめたいが、こういうときこそ慎重に。周囲を警戒しながらゆっくり進む。
どうやら嫌な予感がしたのは俺だけではないようで、後方からカストロ公爵を宥めるクラリスとカレンの声が聞こえる。
「カストロ公爵! 落ち着いてください!」
「マルスたちに先に行ってもらって安全を確保してからでも遅くはないはずです!」
クラリスたちの制止を振り切って、カストロ公爵が俺たちに近づいてくる。
「カストロ公爵! クラリスたちの言う通りです。冷静に……」
「そんなこと言ってられないわ! この匂いは何? こんな匂いしなかったのに!」
カストロ公爵の視線はもう俺の先にしかない。
「分かりました。では僕も急ぎますので、カストロ公爵は姫と一緒に。 姫! カストロ公爵を頼むぞ!」
サーチの範囲を広げながら先へと急ぐと徐々に泉が見えてくる。
「な、なんだこれは……」
森を抜け、その光景に思わず立ちすくむと、カストロ公爵も俺の隣で立ち止まる。
「何よ、これ……私がずっと、ずっと……」
泉を見て泣き崩れるカストロ公爵。
赤黒く染まった泉には、何体もの腐食したアーリマンの死骸が浮かんでいた。










