第452話 一日千秋
2032年9月3日 14時
「あなたたちの部屋は用意しているわ。フラン、フレン、案内をしてあげて。あと体力に余裕があるようだったら依頼していた件よろしくね」
幻獣の森から戻った俺たちにカストロ公爵が言うと、双子がそのまま俺たちを案内しようとする。
あっ……昨日あまりにも最高の夜を過ごしたから女性陣に伝えるのを忘れていた。
「部屋? 依頼?」
当然俺に何も聞かされていない女性陣が首をかしげる。
「すみません。すっかり言い忘れていまして……」
正直に頭を下げると、
「そう。別にいいわよ。今日からあなたたちはレプリカに泊まるように。あとフランとフレンの稽古をお願いしたのだけど、こっちについては疲れていたら明日でもいいわ」
カストロ公爵が俺たちに告げるが、予想通りレプリカに泊まることにカレン、ミーシャ、アリスが難色を示す。
「マルス、大丈夫よね?」
「女淫魔よりはマシだね!」
「先輩! 信じていいんですよね!?」
ミーシャよ。女淫魔よりマシって……俺が答えようとすると、
「……ここ……泊まる……」
エリーの言葉に俺も含めて皆がビックリする。エリーにここまで信用されているとは感無量! と思ったら理由は別にあるようだ。
「……慣れるまで……ハチマル……必要……」
なるほど。幻獣の森に入ってしまうと、エリーの索敵能力が失われてしまうからか。
エリーが気づくからと高を括っていたこともあり、何度か危ないシーンがあったからな。それを気にしているのかもしれない。
「……そうね。エリーの言う通りかもしれないわ。カストロ公爵のお言葉に甘えることにしましょう。マルスもそれでいい?」
「分かった。部屋に案内してもらってから一旦宿に戻ろう。では案内の方お願いします」
クラリスの同意も得たところで双子に声をかけると、徐に歩き始める2人。案内されたのはエントランスホールから2階に上って右の扉をあけたところに並ぶ部屋で、人数分……つまり7部屋用意されていた。
俺が通された部屋はかなり広く、今泊まっている宿屋よりも大きい。
内見していると、ミーシャが部屋の外から、
「マルス、早くその杖をどこか見えないところに置いてよ!」
と言うのでリクエストに応えると、ミーシャだけでなく【黎明】女性陣全員が部屋に入ってくる。
「7人で泊まるには狭いかもしれないけど、宿よりかはマシね」
「お風呂広いからみんなで入れるね!」
「こんなところに泊まれるの夢のようです!」
またもカレンとミーシャ、アリスが感想を述べる。
「皆さんのお部屋は別に……」
それを見たフランがすかさず突っ込むと、
「いいのじゃ。妾たちはいつも一緒なのじゃ。残りの部屋は適当に使うからの。案内ご苦労じゃった」
姫が双子を追い払おうとする。【黎明】女性陣は分かるが、姫は……まぁ1人だと可哀想か。クラリスたちが文句ないのであれば別にいいが……。
「フランさん、フレンさん。僕たちはこれから宿に戻り荷物を取ってきたり、食事をしたりとやることが色々あるので、稽古は明日の朝早くからでもよろしいでしょうか?」
エリーのことも気になるからな。今日の所はゆっくりしたい。
「分かりました。何時頃がいいですか」
6時にエントランスホールと言われているから……それより少し早めでいいか。
「4時頃でどうでしょうか? もう少し遅くても構いませんが……」
汗をかかない程度に走ってから、2人の剣捌きを見ることにしよう。
「分かりました。では4時に伺います」
双子が扉を閉めると、すぐにクラリスとアリスに声をかける。
「フランさんとフレンさんの稽古にクラリスかアリスにも付き合ってほしいんだ。男の俺だけだと色々やりにくいところがあるし……いいか?」
「何言っているのよ。みんなで行くに決まっているじゃない。ねぇ? みんな?」
クラリスの言葉に当然のように頷く女性陣。これで変な疑いがかかることはないな。
残る不安は1つだけ。エリーの体調だ。
「エリー、辛そうだが大丈夫か?」
「……うん……先……お風呂……いい……? クラリス……一緒……」
女淫魔の匂いがこびりついているのかもしれないな。
「ああ。構わない」
俺が答えると、ミーシャも両手を挙げてアピールする。
「あ! 私も! 私もクラリスと入るよ!」
これに他の女性陣も続く。
「じゃあ私も一緒に入ろうかしら。女淫魔の匂いが取れないから」
「クラリス先輩! 私も一緒にいいですか?」
「では妾もクラリスの匂いを分けてもらおうかの」
女性たちにも人気のクラリス。
「そうね。じゃあみんなで入りましょうか。マルスはどうする?」
「え? 俺もいいの?」
まさかの質問に驚くと、クラリスが慌てて否定する。
「ち、違うわよ。私たちがお風呂に入っている間、どうする? って意味」
なんだ……7人で一緒に入らないって誘われているのかと思った。まぁちょっとホッとしたヘタレの俺もいるんだけどね。
「別の部屋の風呂に入るよ」
7人で入った光景を妄想してしまった俺は、賢者様を連れて隣の部屋に向かった。
――――夕方
「ぷはぁー。やっぱりこのために生きてるよね!」
宿の荷物を取りにきがてら昨日、一昨日と同じ食事処でグラスを合わせる。風呂から上がったエリーはいつものエリーに戻っていた。やはり生クラリスの生クラリスは最高なんだろうなぁ……いつか俺も……! 隣にいるクラリスを見ながら心に誓っているところにゲイナードが現れる。
「よう! マルス! 同席していいか?」
第2騎士団ってそんなに暇なのか? と、本当に言ってやろうと思ったが、
「はい。どうぞ。空いているところにお座りください」
いつもの事なかれ主義の顔が出てしまった。しかし今日は今までのようにクラリスが席を譲ったり、2人で話そうとは言ったりしない。俺にこれでもかと密着し、体を預けている。
左隣のエリーも負けじとくっついてくる。さらにはカレンがクラリスの隣に座り、ゲイナードがクラリスの隣に来ることはできない。
それを悟ってかミーシャの隣が空いていたのでそこに腰を下ろす。
「明日から稽古をするんだって? あのフランが嬉しそうに言っていたぞ?」
注文したアルコールが届くと早速話を振ってくる。あのフランという言葉に少し引っかかったが、嬉しそうに言っていたということはフランも努力好きなのか。軽くやろうと思っていたが、物足りないかもしれないな。
「はい。幻獣の森に行く前に軽くやろうと思っていたのですが、楽しみにしてくれているのであれば、みっちりやろうかなと」
「そうか。俺も顔を出してもいいか?」
ゲイナードも? まぁクラリスもゲイナードのことを自分に好意を寄せてると気づいたから大丈夫だと思うが……躊躇っているとカレンが口を開いた。
「ゲイナード、マルスの訓練は辛いわよ? ついてこられるの?」
「訓練くらい大丈夫ですよ! これでも私はカストロ公爵第2騎士団の団長ですから! 毎日のように己の体をいじめているので!」
少し酔っているのか、カレンに煽られると腕をまくって力こぶを見せつける。
「へぇ……口だけではないようね」
「やるじゃん!」
「凄いです! かっこいいです!」
「ほう、なかなかじゃの」
女性陣がゲイナードの筋肉を見て沸くと、ゲイナードも得意気な表情を見せる。まぁトレーニングしているようだしいいか。
「分かりました。じゃあ明日の4時に部屋の前まで来てください」
「よっしゃ! じゃあ明日に備えて今日は帰る! またな!」
白い歯を見せ、小躍りするように店を出るゲイナード。
陽気な背中を見送ってから、俺たちも店を後にした。










