第449話 忍び寄る天敵
2032年9月3日 6時
「あなたたち、喧嘩でもしたの?」
ゲイナードからの伝言は6時に登城しろとのことだった。定刻通りエントランスホールに着いた俺たちに、カストロ公爵が言い放ったのが今の言葉。
俺と女性陣には埋められない距離ができてしまった。
昨日の夜、あんなにも求めあったクラリスですら近づいてくれない。理由は分かると思うが賢者様だ。厳重に布で巻かれていても女性陣は近づきたくないらしい。
「いえ……そんなことは……カストロ公爵とフラン様、フレン様は今のマルスを……右手に持つ物を見て、なんともお思いにならないのですか?」
代表して俺から遠く離れたクラリスが問う。
「右手に持つ物? うーん……特には気にならないけど……」
「「なんとも」」
カストロ公爵と双子が答える。もしかしたら賢者様の実力を知っているクラリスたちは、もうその存在がそこにあるというだけで体が拒絶反応を起こしているのかもしれない。
ちなみに姫も賢者様の実力を知らないはずなのだが、ミーシャに抜け駆け禁止と言われ、【黎明】女子と一緒になって俺を……賢者様を避けている。
「まぁいいわ。しっかりと仕事さえしてくれれば」
先頭をカストロ公爵、その後を双子、次に俺、だいぶ離れて【黎明】女性陣と姫が続く。ちなみにハチマルは今日もお留守番。どうしても宿の荷物が気になるからな。
双子の背中を見ながら、エントランスホールから騎士の間へ向かう。双子の髪の毛は昨日のように跳ねてはなく、手入れをしたのかサラサラ。しかもどこか透明感のあるマリン系のいい匂いを漂わせ、鼻腔がくすぐられる。
それに気付いたのか、双子が振り向き鋭い視線を俺に向ける。一瞬目が合ったと思ったら、すぐに双子は目を逸らしてカストロ公爵の後を追う。だいぶ嫌われているな……俺。稽古で挽回しないと。
そんなことを考えていると、先頭を歩くカストロ公爵が、いつの間にか騎士の間の扉に手をかけていた。そして扉を開いたすぐ傍には、5名の騎士たちが鎧を脱ぎ捨て休憩をしていた。
「「「カストロ公爵!!!???」」」
筋骨隆々で黒光りしている騎士たちが、カストロ公爵の顔を確認すると、すぐに鎧を纏おうとする。
「いいわよ。そのまま休めてなさい」
「「「はっ!!!」」」
カストロ公爵の言葉に、筋肉を見せつけるようにポージングする騎士たち。
うわー……すげー筋肉。見せる筋肉かぁ……騎士たちを見ていると、騎士たちからも俺に対して熱い視線が。
その視線は、頭のてっぺんから足の爪先まで舐めまわすように往復し、最後は俺の下半身に止まった。その視線に俺だけでなく相棒も委縮する。
や、やべぇ……この人たち、レプリカの中にいるということは、第2騎士団の人たちだ……手を伸ばせば届く距離にいるので恐怖すら感じる。
逃げるように騎士の間から中庭へ通じる扉に向かおうとすると、突然視線を感じなくなった。
今のうち! と思いながらも、恐る恐る振り返ると、その視線は俺から後ろを歩くクラリスに移っていた。
あー……完全に目が逝ってるな。こいつらも目覚めやがった。
ってかふと思い出した。確かクラリスはいつか髭女将のような所に行きたいと言っていたが、クラリスが行ったら営業妨害だよな。最悪、クラリスを守るために、アルメリアで遭遇したブロリーみたいな怪物とも戦わないといけなくなってしまう。
クラリスと髭女将に行く時は注意をしないとな思いながら歩いていると、幻獣の森へと続く階段が見えてきた。
「マルス君、どうする? このまま私たちの後ろから上る?」
カストロ公爵が足を止め、眼鏡っ子先輩のような笑みを浮かべながら聞いてくる。
「いえ、これからもずっと僕が先頭でお願いします」
これ以上、下がることはないと思うが、双子の好感度は意識しないとな。
先頭に立ち、幻獣の森が見える丘に着くと、昨日よりは少なくなったが、アーリマンがまたも幻獣の森を見下すように徘徊していた。
こいつらどっから湧いてくるんだ? 幻大陸の魔物って言っていたよな……。
「マルス? ここだったら昨日みたいに戦えると思うから、その杖をどこか遠いところに置いてくれない?」
階段を上ってきたクラリスが申し訳なさそうな表情を見せる。
確かにクラリスの言う通り、ここは賢者様にはどこかで休んでもらっておいた方がいいな。賢者様と同行している限りは、ラブエールも使えないので女性陣もMPを気にしなければならない。
賢者様を少し離れた所に寝かせると、それを見た【黎明】女性陣が、俺の胸に飛び込んでくる。
「……マルス……マルス……マルス……」
中でもエリーはここぞとばかりにマルス成分というものを、左首筋から一生懸命吸う。
しかし今回に限っては俺からも皆を強く求めた。何せ見える距離にいても賢者様と同行している限り、近づけないからな。
ローズ、青リンゴ、バニラ、爽やかなレモンの匂いを順々に抱きしめ、最後にフローラルの媚香を嗅ごうとクラリスを抱きしめようとした時だった。
「マルス君! アーリマンたちが来たわよ!」
カストロ公爵の声が響く。くそ! なんでこんないい時に!
クラリスも切なそうな表情を浮かべている……これは俺の思い込みではない。なぜならクラリスからも落胆のため息が漏れていたからだ。しかしここは我慢。きっちりやることをやらねばならない。
「作戦は昨日と同じだ!」
昨日と同様、アリスとカレンが前衛、ミーシャがその後ろで魔法を放ち、エリーが空を駆ける。姫は俺と一緒にカストロ公爵の近くまで移動し、アーリマンの風魔法を2人で相殺する。
しかしクラリスだけは昨日と別の位置で魔法の弓矢を構えた。
本来であればミーシャの隣で魔法の弓矢を射なければならないのだが、俺と一緒にカストロ公爵の前までついてきてしまったのだ。
「クラリス?」
クラリスに問うが、何も答えずただアーリマン憎しと魔法の弓矢を射る。
まぁこのままでも大丈夫か。ミーシャもMPが枯渇すれば戻ってくるだろうし、エリーを含めれば、前衛は3人、何度も言うがアーリマンの数は少ない。
それに俺たちの連携は完璧だ。声を出し合い、お互いの位置や状況を知らせている。しっかり上空を見ておけば不覚をとることはないだろう。
俺の視線は上空のアーリマンと、目の前にいる女性陣たちを往復する。当然俺の隣にいるクラリスも同じ。姫も上空から放たれる風魔法の相殺のため、すっと上を見上げ、それは後ろにいるカストロ公爵、双子も同じはずだ。
カレンとアリスも抜群の連携を見せ、目の前のアーリマンたちを屠る。エリーもカレンとアリスに迫る敵がいないか警戒している。
皆の意識が空中、または前衛に向かった結果、俺たちの視界は狭くなり、側面から堂々と迫る天敵に気づくのが遅れてしまった。










