第448話 相思相愛
2032年9月2日 昼下がり
幻獣の森から戻った俺たちは、身を清めてから食事処に向かうことになったのだが、1部屋しか取れていないため、浴室も1つ。
女性陣が先に入ると長くなるということから、俺が先に入ることになった。後ろに控える女性陣のためにも早く出たいが、綺麗にしておかないと、嫌われてしまう可能性がある。
しっかりそのラインを見極め、風呂から出た俺は、先に食事処へ向かい席の確保をしようと宿を出ると、俺を呼び止める声が。
「マルス! ちょうどいいところに!」
振り向くとそこにはゲイナードと、先ほどとは見間違えるほどの双子の姿が。
2人は、膝丈くらいのふんわりとしたアイスブルーのワンピースから、チラチラと覗く黒いスパッツに身を包み、寝ぐせのついていたショートカットは綺麗に整えられ、住民の視線を奪っていた。
「珍しくレプリカからフラフレが出てきたぞ!?」
「しかも身だしなみが整っている!」
「ああ……明日は大雨だな!」
まるでアイドルのような扱いの2人。
「カストロ公爵から伝言を預かってな。クラリスたちはどこにいる?」
ゲイナードが辺りを見渡し、クラリスの姿を探す。こいつ、カストロ公爵からの伝言にかこつけて、クラリスに会いに来ただけなんじゃ?
「クラリスたちは宿で……どうかしましたか?」
間違っても風呂に入っているとは言ってはダメな気がした俺は、適当に答える。
「そうか……ではマルス、これから飯でもどうだ? 腹が減ってな。そこで用件を話させてくれ」
まぁそれくらいだったらいいか。クラリスたちも合流してしまうかもしれないが、その時は俺がしっかりと婚約者らしい態度を取ればいいだけだしな。
「分かりました。フランさんとフレンさんは如何なされました?」
ゲイナードと少し距離を置いた2人に声をかける。普通であれば一緒に来たのだから同じ用件かと思うかもしれないが、なんとなく違う気がしたのだ。
俺が声をかけると、すぐに俺から目を逸らす2人。あれ? いつの間にか嫌われた? 思い当たることは……あるな。鑑定をしたことだろう。もしかしたら安心させるため、肩に手を置いたことも嫌だったのかもな。
「私たちもカストロ公爵から伝言が。明日から幻獣の森に早く行けるようにするため、レプリカで寝泊まりするようにと」
「もう1つ。幻獣の森から帰ってきて疲れがたまっていないようであれば、私たちに稽古をつけてくれとのことです」
2人は俺から視線を外したまま、カストロ公爵からの言葉を伝えてくる。
うーん……レプリカに泊まれか……きっとクラリスたちは嫌がるだろうな。俺も変に疑われるのは嫌だし。でもレプリカに泊まればハチマルを連れ出せるんだよな……。
「レプリカに泊まる件は、メンバーと相談させて頂きます。しかし稽古の件につきましては、僕で良ければ喜んで。あまり教えるのは得意じゃないですが」
必要以上に女性と関わると、女性陣がミーシャのように不安を抱くかもしれない。正直もうあのような表情はさせたくない。
しかし円滑に幻獣の森の探索をするためにも、好感度の回復は必須だ。クラリスかアリスを伴って訓練すれば、【黎明】女性陣も納得してくれるだろう。
「ありがとうございます」
「それでは明日楽しみにしております」
結局、目を逸らされて以降一度も目が合うことなく、2人はレプリカへ戻っていった。
双子の背中を見送り、ゲイナードと2人で食事処に入る。
ゲイナードも帰ればと思ったのは最初だけで、話していると話が弾む……というか楽しい。もっぱら話題はゲイナードのリスター帝国学校時代のことで、ゲイナードがリーガン公爵にこき使われていた話を聞くと、どこか他人事とは思えなかった。
時間を忘れて談笑していると、そこにクラリスたちが。するとゲイナードはクラリスに釘付け。ここは俺がびしっと、と思ったときにクラリスがまさかの行動をとる。
「ゲイナード様。あちらでお話をしませんか?」
ゲイナードを誘い、テーブルの端で楽しそうに談笑するクラリス。
え? どうして? まさか?
「なんじゃ? マルスはクラリスの気持ちが分からぬのか?」
クラリスをずっと目で追いかけていた俺の隣に姫が座る。クラリスの気持ち? そんなの俺が一番分かっている……はずだ。
「わ、分かっている……つもりだよ」
自信がない俺に対し、
「そうか……ならええのじゃが……」
姫が何かを言おうとした時、ミーシャが姫にいつもの戦いを挑む。
「姫! お風呂での勝負の続きだよ! 私が妖精族の代表だからね!」
「なんじゃと!? 相手にとって不足は無しじゃ! 魔族を代表して受けて立つのじゃ!」
ミーシャに煽られ席を立つ姫。結局姫はそのままミーシャの隣へ移動してしまった。
「……マルス……? 大丈夫……?」
よほど俺の顔に哀愁が漂っていたのか、左隣にいたエリーにも心配されてしまう。
「大丈夫だよ。ありがとう」
精一杯の笑みを作り答えると、エリーからも一言。
「……クラリス……大丈夫……勘違い……」
勘違い? 何を? だがエリーに言われると大丈夫という気がしてくる。すると今度は先程まで姫がいた右隣にカレンが腰を下ろす。
「そう、勘違いよ。マルスでもクラリスのことが分からなくなることがあるのね。あとでちゃんとフォローするから、今は楽しみましょう」
よく分からないが、2人の言葉に心が軽くなった俺は、嫉妬の炎に身を焦がすことなく、楽しく食事を終えることができた。
――――その夜
宿に戻り体のメンテナンスを行っていると、クラリスの驚声が部屋に響く。
「――えっ!? ゲイナードさんが私を!? 嘘よ!? マルスに気があるのよ! だって今日も2人で話していたとき、肩を寄せ合って顔も近かったじゃない!? マルスも楽しそうだったし」
とんでもない勘違いをしていたクラリス。確かに距離は近く、楽しかったが……そうか! クラリスは俺と男色家のゲイナードを遠ざけようとしたのか!
「ほらね? 勘違いしていたでしょ?」
俺のマッサージを受けながらうつ伏せになり、枕に顔をうずめていたカレンが顔を上げる。この話題もカレンがさりげなく持ち出してくれたのだ。クラリスにゲイナードと楽しそうだったねと。
「え? 本当に私のことを……?」
まだクラリスは納得がいってないようだが、少なくとも俺のモヤモヤは解消した。
するとアリスにマッサージを受けていた姫が口を開く。
「どちらかと言うとじゃな、クラリスの方が好きで、マルスにも好意を寄せておるとは思うがの」
え? 俺にも?
「私もそう思います!」
アリスまで姫の言葉に賛同する。
「ほらね! 私の言っていたこともあながち間違いではなかったでしょ!?」
クラリスが得意げな表情を作ると、今まで俺のマッサージを受けていたカレンが起き上がり、
「もういいから、2人とも横になりなさい。たまには私たちがマッサージしてあげるから」
俺とクラリスをベッドで横になるように促すと、姫も立ち上がり、カレン、アリス、姫の3人で俺たちをマッサージしてくれる。ちなみにエリーとミーシャはもう夢の中。
「あなたたちがよそ見すると、色々なところに問題が生じるのだからしっかりお互いを見てなさい! 悔しいけど私は、クラリスを見ているときのマルスの顔が一番好きなんだから!」
「そうですよ! クラリス先輩は普段から可愛いですけど、やっぱりマルス先輩と一緒の時が一番輝いてます!」
「ふむ……妾は隙あらば乳繰り合うのはどうかと思うが、今ならよいのではないか?」
突然姫が布団を俺とクラリスに被せる。薄暗闇の中となりを見ると、体をこちらに向け、照れた笑みを見せるクラリスが。
「ごめんね。心配かけて……でも嬉しかったよ」
布団の中で俺の首に手を回してくる。
「ああ、俺のほうこそ。俺のことを心配してくれての行動だったんだな。ありがとう」
俺もそれに応え、体をクラリスに向けしっかりとクラリスの背中に手を回し抱き寄せると、クラリスも首から背中に手を回す。
薄暗闇の中、俺の心臓がバットでフルスイングされたかのような鼓動をするが、それは密着するクラリスからも聞こえてくる。
媚香が広がる空間で、お互いの体温と気持ちを確かめながらMPを枯渇させ眠りについた。










