第445話 勇気か蛮勇か
カストロ公爵を先頭にレプリカの中を軽く案内されながら、幻獣の森へ向かう俺たち。ゲイナードはレプリカで俺たちの到着を待つとのこと。
やはり男の俺が珍しいのか、レプリカの女性たちから見られている気がする。そんな俺の両腕をクラリスとエリーががっちり組む。
エントランスホールを真っすぐ進み、騎士の間を通り、騎士の間の正面の扉を開けると、そこには中庭があった。
手入れの行き届いた中庭を鑑賞することもなく、中庭を抜け再度レプリカに入り、廊下からまた城外に出たところでカストロ公爵が振り向く。
「あれが搦手門……つまり裏門ね。見えると思うけど、その先に丘へと続く階段があるわ。かなりの勾配だし、劣化が激しいから覚悟しておいてね」
カストロ公爵が歩きながら説明してくれると、姫が問う。
「のう? お主なぜそんなに若作りしておるのじゃ? スカートもじゃが、その背中が丸見えの服はなんじゃ?」
歯に衣着せぬ物言いに、カストロ公爵が頬を膨らませながら答える。
「若作りじゃなくて若いの! ミニスカートの方が一角獣が寄ってきやすいのよ。さすがに今日会えると思ってないけど、いつ会ってもいいように準備だけはしておくの」
まぁ処女の匂いにつられてくるようなやつだからな。露出は多い方がいいに決まっている。
しかし先頭を歩くカストロ公爵にそれだけ露出の高い服を着られると、目のやり場に困る。しかも左右には俺の視線の先を監視している2人の天使が。
それにこの先は長い階段。ここにいる女子全員スカートだ。姫も巫女のような服装ではなく、今は暫定的に2年生Sクラスの制服を身に纏っているからな。絶対に顔を上げることは許されない。であればやることは1つ。
「カストロ公爵。階段の上はもう危険なのですよね? 僕が先頭でよろしいでしょうか?」
俺の提案に対して、カストロ公爵のみならず、双子も意外そうな顔をする。
「あら? 最後尾は特等席なのにいいの?」
そりゃあ最後尾から上を見上げれば絶景が見渡せるだろうが、俺は紳士だからな。まぁ嫌われたくないだけの小心者とも、ヘタレともいうが……。
「はい。僕が後ろにいると色々気になるでしょうし、僕も変な疑いをかけられたくはないので」
「ふぅん……マルス君って意外に紳士なのね。噂とは大違い。いいわよ。じゃあ私たちは後ろから行くから先頭をよろしくね」
ん? 噂? どんな噂が立っているんだ? まぁ今気にしても仕方ないか。
先頭に立ち、少し歩くと崖を削り取った100m以上はありそうな階段が目の前に現れた。カストロ公爵の言っていた通り、勾配がきつく、幅も狭い。しかもところどころ崩落しており危険だ。見ているだけでも怖くなる。
こんなところをカストロ公爵は毎日のように上っていたのか……さすがにこういうリスクをクラリスたちに背負わせたくはないな。
そう思い、土魔法で補強しながら階段を上っていくと、後方にいたカストロ公爵が叫ぶ。
「ちょっ!? マルス君!? あなた何をしているの!?」
あれ? もしかしたら自然の階段を残したかったのかな?
「さすがにこの階段だと心許ないので、補強しながら上ろうかなと。帰りにはもっと階段の幅も広くして、クエスト完了するまでには階段の段数を増やし上りやすくし、手すりも付けようかと思っておりますが、ダメですか?」
「補強って!? あなた風魔法使いでしょ? 火魔法も使えるのは知っていたけど、土魔法も!?」
そっちか! カストロ公爵は俺が土魔法を使えるのを知らないのか!
一瞬下手こいたと思い慌てたが、よくよく考えてみると、どのみち俺はこの階段を修復していただろう……だったら開き直るか。そう思い説明しようとするが、カレンがフォローしてくれた。
「カストロ公爵。お父様が数十年、下手すれば百年に1人の才能と呼ばれたバロンとの婚約を破棄させてまで、私をマルスに託したのです。これくらいできても不思議ではないでしょう」
「た、確かにバロンは四大魔法全て使えるわね……それにしても……そうね。分かったわ。マルス君、続けてちょうだい」
どこか腑に落ちない様子だったが、これ以上追及されることはなかった。
最低限の補強をしながら階段を上りきると、そこには緑の絨毯が広がり、その先には幻獣の森と思われる原生林が。
幻獣の森を囲むように北、南、西には断崖がそびえ立つ。上空には、幻獣の森を監視するかのように、目玉に羽が生えた魔物が数十体……下手したら100匹近く飛び回っていた。
「あれがアーリマン……よね……」
後から階段を上ってきたクラリスが弓を持ち警戒心を強める。【黎明】のメンバーもそれぞれ警戒をする中、カストロ公爵のリアクションは違った。口に手を当て、絶望の表情を浮かべたのだ。
「ど、どうして……なんでこんなに……」
カストロ公爵同様に双子のフランとフレンも動揺していた。
「カストロ公爵、とりあえずここは危険ですので……」
俺の言葉に項垂れるカストロ公爵が呟く。
「……そうね。さすがにあの数は無理ね。A級冒険者を集めて大規模討伐を組む……一角獣は諦めるわ」
ん? 大規模討伐? 諦める? ああ、俺の言葉を早とちりしたのか。
「あ、いえ、そういう意味ではなく、崖付近で戦うのは危険ですので、北の方に移動しましょう。あのくらいの数であれば、よほどのことがない限り大丈夫なので」
しっかり伝えるが、卑屈な笑みを見せるカストロ公爵。
「ありがとう。嘘でもうれしいわ。戻りましょう」
どうやら本当にアーリマンの数に心が折れてしまったようだ。このまま諦めるという選択肢もあるのかもしれない。
しかし諦めると、今回のクエストを受けた最大の理由である一角獣の角を煎じたものが手に入らなくなってしまう。どうしてもエリーとカレンに飲ませてやりたいのだ。
「ほら、あなたたちも戻るわよ。マルス君。大規模討伐を組む時にまた呼ぶから、その時はお願いね」
フランとフレンを従え、今来た階段を降りようとするカストロ公爵に再度声をかける。
「カストロ公爵たちはこのままお戻りください。僕たちは今見えているアーリマンだけでも倒してから帰りますから」
賢者様を連れてきていないから幻獣の森に入るようなことはしない。しかし飛んでいるアーリマンであれば倒せるはずだ。
他のパーティであれば飛んでいる魔物に対して有効的な攻撃はないかもしれないが、俺達にはある。
それに戦ったことのない魔物とはいえ、なんとなくだがどのような攻撃をしてくるのかは想像できるし、昨日のうちに女性陣とは打ち合わせをしている。
結果、この幻獣の森で厄介なのは、脅威度Eの女淫魔と、幻妖花ということで皆の意見は一致した。それも悲しいくらいあっさりと。
「ちょ!? マルス君!? 勇気と蛮勇は違うのよ!? こんなところでアリスを死なせてはダメ!」
俺が本気で戦おうとしているのがカストロ公爵にも伝わったのか、血相を変えて俺を説得してくる。神聖魔法使いのアリスの身を一番に案じるのはカストロ公爵らしいな。
「当然です」
「だったらどうして!? まさか!? 幻獣の森を焼き払うつもり!?」
当然そんなことをするつもりはない。だから飛んでいるアーリマンに対しては、カレンに攻撃しないように昨日の時点で伝えてある。燃えながら落下して幻獣の森に引火したら大変だからな。
「そんなことはしないので安心してください。僕たちは僕たちのやり方で戦いますので」
なおも引き下がらない俺にまだ何か言おうとするが、次に口を開いたのは姫だった。
「オレンジよ。妾もマルスを知ってからまだ日は浅い。本当の実力も知らぬ。じゃがこれだけは言える。マルスは皆を愛しておる。何よりもこやつらの身の安全を考えて行動をしておる。そんなマルスが勝算の低いことをするとは思えぬ。ここは黙って信じようぞ」
短い沈黙が経過すると、カストロ公爵の表情が、すべてを諦めた表情から、覚悟を決めた真剣な顔に変わる。
「わかったわ! そこまで言うのであれば許可しましょう! 私たちも残るのが条件です! マルス君! 蛮勇でないということを証明してみなさい!」
本当はこのまま帰ってほしかったが、もともと最初から守るつもりでプランを練っていたからな。作戦の変更はない。
カストロ公爵を守るように北へ移動し、陣形を整える。
皆を見渡し、準備が整ったことを確認すると、近くを飛ぶアーリマンを鑑定し、開戦の鐘を鳴らした。










