第443話 レプリカへ
2032年9月2日7時
朝食を摂り、観光のため早く宿を出た俺たち。さすがに登城するにはまだ早い。ハチマルには部屋で留守番をしてもらった。宿には白金貨よりも価値のあるお宝がたくさん眠っているからな。
ウオールの街は朝から露店が並び、賑わいを見せていた。
「のう? マルスは本当にクラリスとエリーのことが好きなのかえ?」
歩いていると突然姫が聞いてくる。
「どうしてそんなことを?」
「うむ……クラリスとエリーの2人にあれだけ密着して寝ていているにも拘わらず……」
ああ……今日の俺たちの姿を見てそう思ったのか。
確かに今日は凄かった。目が覚めると俺は横向きになっていた。
正面にはエリー。エリーは俺のことをまるで子犬かのように優しく抱きしめていた。両頬には豊かな感触が。なんとか理性を働かせて幸せスポットから抜け出そうとするも、クラリスが後ろから俺のお腹に手を回して寝ていたのだ。
身動きがとれない俺は、仕方なくもう一度目を瞑ったが、当然あの状態で眠れるわけがない。MPを枯渇させるのも考えたが、時間がかかる上に起きるのも遅くなるのでやめておいた。
何度もいうが俺は起きようという意志はあったからな。解こうと思えば解けたかもしれないが、美女の睡眠を邪魔したくない。だから泣く泣く俺はあの場に留まったのだ。
「姫、あれがいつものことなのよ。ミーシャなんてマルスのお腹を跨いで覆いかぶさるのよ……私もたまにしちゃうけど」
最後の一言は姫に聞こえなかったらしく、姫の矛先はミーシャだけに向かう。
「なっ!? 一歩間違えれば……破廉恥な!」
「破廉恥じゃないよ! そんなこと言ったら姫だって履いてないじゃん!」
「何を!? これは対策なのじゃ! そんな意味では……」
今日も絶好調の2人。履いてない? 対策? 仲の良い2人にしか分からない何かなのだろう。
2人を放っておいて視線を前に向けると、遠くから俺たちを目掛けて、時計の紋章の刻印が入った銀色の甲冑を装備した1人の男が歩いてくる。
「や、やぁ……」
ばつが悪そうに声をかけてくるゲイナード。
「おはようございます」
俺が返事をすると、隣にいたクラリスも微笑む。
「ゲイナード様。おはようございます。昨日は大丈夫でしたか? かなり酔われていたようでしたが? 今もまだ顔が赤いようで……」
実はクラリス、ゲイナードが意識を失ったのは、飲み過ぎだと思っているのだ。男色家という情報も事前に教えられていたし、いつも潰れて意識を失うミーシャがいるから、そう錯覚してもおかしくはないのかもしれないが。
「あ……いえ……あの……はい……」
クラリスに見つめられ、顔を真っ赤にし、しどろもどろになるゲイナード。それをまだ酔っていると勘違いしたクラリスがゲイナードに近づこうとするが、このままでは確実に意識を失うに決まっている。
「クラリス、悪いけどあの2人を止めてきてくれ」
俺の言葉にクラリスは、ゲイナードに軽く会釈をしてから、まだ続くミーシャと姫の争いの仲裁に向かう。
「なにか用でしたか?」
去り行くクラリスを一生懸命目で追うゲイナードに質問する。もうゲイナードはレプリカに入る資格がない気がするのは俺だけだろうか?
「あ、ああ……カストロ公爵がもう来てくれとのことだ。宿でゆっくりしているのかと思い、呼びに来たのだが……」
「分かりました。あまり早く伺っても悪いかなと思い、観光していたのですが……」
「そうか、では悪いがこのまま案内するからついて来てくれ」
賢者様を連れてきていないのでどうしようか迷ったが、迎えに来るほど急いでいるようなのでゲイナードに従う。
しばらく歩くと時計塔が見えてきた。この先にはレプリカに続く橋がある。
見事な建造物に、皆が感嘆のため息を漏らす中、ゲイナードが足早に進むので、後を追う。
時計塔は下を通過できるようにくりぬかれており、カストロ騎士団が不審者を侵入させまいと目を光らせている。
ゲイナードが俺たちの身分を照会してくれ、セキュリティチェックなしで橋へと進めた。
レプリカへ続く長い橋を渡っていると、最後尾を歩いていたミーシャが突然大きな声を上げる。
「ねぇ! 何あれ!? 槍!? 槍みたいなのがいっぱい刺さっているんだけど!」
ミーシャが指さす方に視線を向けると、時計塔の反対側には、金属と思われる棒が、剣山のようにびっしりと埋め込まれていた。
俺たちが足を止めそれを見ていると、ゲイナードが説明してくれる。
「ああ、あれは二角獣対策らしいんだ。詳しくは分からないが、はるか昔この地に二角獣が現れたときに、当時の冒険者たちの知恵を集めて作ったと聞いたことがある」
へぇ……あれで対策かぁ……思い当たるのは1つくらいしかないけどなぁ。
「カストロ公爵が待っている。急ごう」
踵を返しゲイナードに急かされ歩くこと5分、ようやくレプリカの前に着いた。
リムルガルド城を模倣しているというだけあり、大きな門に門塔、側塔、そこから城壁が伸び城壁塔が連なっていた。
またリムルガルド城のように禍々しいオーラなどは微塵も感じない。それどころかどこか神聖な気配が漂っているように思えるのは、ここが女の園だからだろうか。
「そういえばマルスはレプリカの中を見たいと言っていたが、メイドたちの居住塔も見るのか?」
城門の前でゲイナードが足を止めて振り返る。
「居住塔なんてあるんですか? できれば拝見させていただきたいのですが……やはり男の僕に見せるのは気が引けますかね? そうであれば、女性陣だけでも見てきてもらいたいのですが……」
居住空間を知らない男に見られるのは嫌な人も多いだろうからな。断られたら最悪見取り図かなにかを貰えればいい。
「いや、そうじゃない。もちろん抵抗がある者もいるだろうが、カストロ公爵が命じれば首を横には振ることはできない。ただあまり期待はしないでおいてくれ」
期待をするなだって? 俺の頭の上に『?』マークが浮かんでいるのが見えたのだろう。
「女性だけで暮らすとなると、気が抜けることがあるということだ。人によっては幻滅するかもしれないからそのつもりで」
部屋とかが汚いということか? メイドなら身の回りを綺麗にすることも仕事ではないのか?
それに女性だけで暮らす【黎明】部屋なんかは、毎日掃除している俺の部屋よりも綺麗だぞ? まぁリビングとクラリスたちの部屋だけしか入ったことはないが。
そんな俺にミーシャが声をかけてくる。
「今、【黎明】部屋は綺麗じゃんって思ったでしょ?」
素直に頷くと、ため息交じりに答える。
「だってさ、少しでも散らかしたり、服を脱ぎっぱなしにすると、すぐにクラリスが怒るんだもん。ね! エリリン!?」
「……クラリス……鬼……悪魔……」
エリーも同調するが、クラリスが無言の圧をかけると、すぐに今の発言を撤回する。
「……嘘……クラリス……かわいい……天使……怒らない……」
「あ! エリリンが裏切った!」
きっとこの2人が問題児なのだろうが、さらに姫もとなるとクラリスの心労が窺える。
「じゃあ、行きましょうか?」
「あ、ああ……そうだな」
呆気にとられているゲイナードに声をかけ、期待と不安に胸をふくらませながら、レプリカの中に足を踏み入れた。










