第441話 理由
2032年8月15日12時
「ああ、やっぱり追いつかれちゃったか。結構頑張って逃げたんだけどなぁ……」
8月1日に出発して10日以上前に出発したカストロ公爵たちに今日追いついた。
俺たちよりも10日以上早く出たカストロ公爵たちに、こんなにも早く追いつけた理由は3つある。
馬に神聖魔法を使っているからというのが1つ。
2つ目は以前も話したかもしれないが、リスター連合国の公爵家は、特別な事情がない限り、目的地にたどり着くまで通過するすべての街に寄り、金を落とさないといけないのだ。
「仕方ないですよ。行く先々でカストロ公爵は神聖魔法を使い、住民の治療をしているのですから」
そして3つ目が、今俺が述べたこと。
追い付くまでの間、カストロ公爵たちが通った街に寄り、その街をいつ通過したのを聞いていたのだが、決まって今の話題になるのだ。
当然無料ではない。ヒール1回で金貨2枚。しかしお金がない者に関しては対価を支払う代わりに治療をしていた。
対価とは物であったり、忠誠であったり、宿屋であればお代の値引きだったり……俺はこの人を見誤っていたのかもしれない。
リーガン公爵みたいにガメツいのかと思っていたが、ちゃんと住民と向き合い、無理なく払えるものをもらい治療をする。1人1人そんなことをやっているものだから、遅くなって当然だ。
だったら【流刃】のマチルダさんやバーンズ公爵も、カストロ公爵に治療を頼めば良かったのにと思う者もいるだろう。実際俺もそう思ったが、カレンがそれは絶対に叶わないと教えてくれた。
レプリカに戻れば神聖魔法は一角獣のためにだけ使うとのこと。確かに人生を一角獣に捧げたようなものだからな。その決意は揺るがないだろう。
「まぁそうなんだけど……それにしても早すぎるわよね? あなたたちがリーガンを出たのは8月1日でしょ? 昼夜問わず駆ける早馬がそれを伝えてくれたのは3日前。追いつかれるのにはあと1週間はかかると思ったのだけど……何か隠しているでしょ?」
カストロ公爵が疑いの目で俺たちに向ける。やばい……これは想定外の話だ。しかしまたこれに答えた人物も予想外だった。
「ふむ、まぁ良かろう。別に秘密にしていたというわけではないからの。お主には特別に見せてやったもよいぞ?」
おい! まさか……皆の視線が姫に集まるが、姫は驚く行動に出た……姫の目が怪しく光ったのだ。
「な、なによ……これ……」
驚くカストロ公爵に不敵な笑みを浮かべる姫。
「人参じゃ。人参の幻を馬の前にぶら下げるのじゃ」
当然これは嘘だ。そんなことをしようものなら、きっとクラリスが怒りだすだろう。馬が可哀想だと。ヒールで強制労働はどうなのかって? ちゃんと足や蹄を労わっているから安心してくれ。
「魔眼!? そ、そう……これなら納得だわ……」
姫が機転を利かせてくれたことにより、なんとかごまかせた。
「では行きましょうか。これからは私たちと同行して。あと知っていると思うけど、すべての街に立ち寄るから」
「分かりました。ついていきます」
カストロ公爵一行についていく俺たち。しかし騎士団を伴う大所帯での移動のため、とても遅い。追いつくまで外に出てハチマルと走っていたのだが、走るのは無理そうだ。
仕方なく馬車で過ごすことにした。もちろん鎖の訓練は欠かさない。
鎖を弄っていると、両隣にいたカレンとアリスが俺に身を預けてきた。それを俺の正面で見ていた姫が呆れながら聞いてくる。
「お主ら毎日毎日そうやって飽きはせぬのか?」
「飽きないわよ? それどころかもっと一緒にいたいと思うくらいだわ」
「そうですよ! それにとてもいい匂いがするんです。太陽の匂いが」
2人の嬉しい言葉に思わず鼻が膨らむ。
「お主らはマルスのどこがそんなに好きなのじゃ?」
「顔です! 一目惚れです! リスター祭の握手会で初めて会った時からです! ドアーホにクラリス先輩たちが傷つけられたときに怒ったマルス先輩は本当に最高でした! 相手はザルカム王国の王子ですよ!? 普通なら絶対に何も言えないと思うのですが、マルス先輩は立ち上がったのです! そしてあっという間に倒して……」
「あ、ありがとう。もう十分伝わったから……」
さすがにこうも褒められると照れてしまう。
「私も同じようなものね。まさかここまで人を好きになるとは思いもしなかったわ」
2人が答えると、カレンの隣に座るミーシャも続く。
「うーん。私も多分一目惚れ。危ないところをマルスに助けられて、それから何年も離れちゃって……その間ずっとマルスのことばかり考えてたかな……」
ミーシャの場合は吊り橋効果というのもあるのかもしれない。
「ふむ……エリーはどうなのじゃ?」
姫の左隣で、姫の尻尾をもふもふしているエリーに問う。
「……安心……」
ん? 俺といると安心できるってことか? まぁエリーの場合は俺と会う前に色々あったからな。
エリーが答えると皆の注目が、姫の右隣に座るクラリスに集まる。
「え? 私? 私は……運命かなって思ってる。出会ったのも、好きになったのも……」
照れながらもクラリスの青く宝石のような目がまっすぐこちらを向く。
「いつまでそうやって見つめあっておるのじゃ!? 見せつけおって」
姫に言われて気づいたが、しばらく澄み切った水晶のような目に引き込まれていた。
「そ、そうだ。カストロ公爵の騎士団っていくつあるんだ? ゲイナードさんが第2騎士団長って言っていたけど」
咄嗟に話題を逸らすと、カレンが教えてくれる。
「3つよ。第2騎士団だけはレプリカに入れると聞いた気がするわ」
「へぇ……よほどカストロ公爵に信頼されているんだな」
「あれ? 伝えていなかった? 第2騎士団の入隊条件」
「入隊条件?」
思わず聞きなおしてしまった。
「ええ。第2騎士団は男色家なのよ」
「「「えっ!?」」」
カレンの言葉に耳を疑う俺たち。ゲイナードってかなり綺麗な顔立ちをしていたよな。俺にとってそっち系の人といったら、ライナー一押しのブロリーだ。
『あらぁ。可愛い子ね。食べちゃおうかしら』……あの時の光景が頭を過る。
「どんな場所にだって絶対に男手は必要なのよ。女子だけで生きていくことはできないし、それは男だってそうでしょ? だから第2騎士団はカストロ騎士団の中でも相当な好待遇と聞くわ」
マジか……ブロリーを紹介してやろうかな。
しかし、このカストロ第2騎士団が、今回の件で一番被害を受けるのであった。
たった1人の出現によって……。










