第440話 再編成
2032年7月18日 10時
「マルスはカストロ公爵の所だって?」
余裕の表情で話しかけてくるバロン。
「くっ!? あ、ああ……8月になったら出発する……つもりだ。【創成】はどこに?」
それどころではなかったが、なんとか返事をする。
「明後日からカエサル公爵のところだ。次期セレアンス公爵になるかもしれないブラッドを呼びたいようでな。ありがたいことにカエサル公爵以外からもかなり手が上がって、リーガン公爵と何度も話し合った結果だ」
ブラッドを? まぁ獣人を攫っていたのがカエサル公爵だったから、贖罪の意味も込めてかもしれないな。
が、もともと劣勢だった俺が集中力を切らしてしまい、あっという間に俺の体にバロンの鎖が巻き付く。
変なプレイをして遊ぶなだって? そんなことはしていない。俺たちは互いを早く縛る試合をしているだけだ。動いてはダメというルールのもとやっているのだが、バロンがわざと鎖を絡ませてくる攻撃? がきつい。
互いの鎖が絡んでいるのだから条件は一緒だろ? と思うかもしれないが、バロンはそれを自在に解き、解いたと思ったらあっという間に俺の体に巻きつかせるのだ。
「参った。何度やってもバロンには勝てないな。勝てるまでとは言わないが、まだ付き合ってもらってもいいか?」
今の戦いで俺は10連敗。まだまだバロンクラスの鎖使いにはなれない。
「ああ、構わないがちょっと休憩を入れさせてくれ。マルスに相談したいことがある」
「相談? なんだ?」
「ちょっと場所を変えさせてくれ」
よほど大事なことなのかもしれない。
バロンに連れられ闘技場の隅に腰をかける。
ちなみに闘技場ではクラリスとコディがアリスとブラッドに水魔法を、カレンは姫に火魔法を教えており、エリーとミーシャ、ミネルバとクロムが模擬戦をしている。
久しぶりにクラリスと一緒のブラッド、コディはずっと笑顔が絶えない。
皆の努力を見ながら、バロンが少し深刻そうに切り出す。
「マルス、【創成】にレイラを入れたいんだがいいか?」
レイラって、今年新入生代表でバロンと戦ったラウィン子爵家の次女か。薙刀使いだったな。
「ああ、構わない。レイラちゃんもかなり優秀だからいいと思う」
2つ返事をすると、バロンの顔が綻ぶ。
「ありがとう! それでな……今の【創成】メンバーなんだが、俺、ミネルバ、ブラッド、コディ、そしてクロムの5人だ。ここにレイラを加えると6人。マルスは姫をどのパーティに入れようとしているんだ?」
あっ!? そうか! パーティの枠がいっぱいなんだ。ライナー、ブラム、サーシャの先生トリオで結成されている【剛毅】、アイク、眼鏡っ子先輩の【紅蓮】に入れるというのもありかもしれないが、この2パーティはいつも一緒に行動できるとは限らない。
「それにな。ドミニクとソフィアのことを考えると、2枠は空きを作りたい。だからパーティの再編成を考えてくれないか? 【創成】にはミネルバとレイラだけは入れてほしい。できればドミニクとソフィアの帰ってくる場所もな」
「分かった。指名クエストの都合上、帰ってきてからになるがいいか?」
「ああ、もちろん。じゃあミネルバに伝えてくる!」
すぐにミネルバの所に駆けていくと、代わりにクラリスが心配そうに近づいてくる。
「マルス、大丈夫? バロンとの模擬戦ずっと負けていたみたいだけど……」
どうやらブラッドの訓練中、俺のことが気になって、見てくれていたらしい。
「ああ。バロンは大きな壁だな。とにかく今はバロンと善戦できるように頑張らなきゃ」
「もしあれだったら……手だけじゃなく体中に鎖を巻きつけてもらってもいいわよ……私はほら……神聖魔法使いだから傷もすぐに消えるし……」
顔を赤らめながら協力してくれると言うクラリス。嬉しい申し出だが、目に見えないところに傷がつき、いくら神聖魔法使いとはいえ、そのまま痣になって消えなくなってしまったら間違いなく後悔する。
「ありがとう。だけど今は腕に巻かせてもらうだけで十分だ」
「そ、そう……」
なんかクラリスが残念そうな顔をしているように見えるのは俺だけだろうか?
と、そこにエリー、カレン、ミーシャにアリス、そして姫にブラッド、コディがやってくる。
「バロンと何の話をしていたの? 随分深刻そうな顔していたけど」
カレンがファイアボールを浮かながら聞いてくる。
「ああ、パーティの再編成の話だ」
「「「――――えっ!!!???」」」
悲鳴を上げる女性陣とは対照的に、ブラッドとコディは小躍りする。
「よっしゃぁ! そもそもおかしいんだよ! 【黎明】に神聖魔法使い3人なんて! 戦力的にも【創成】に姐さん加入でいいな!」
「おう! 俺もブラッドの意見に賛成だ!」
「ブラッド、コディ。悪いがそれはない。誤解させてしまったが、【黎明】の編成を変えるつもりはないんだ。5人が出たいと言ってもよっぽどの理由じゃない限り放すつもりはない」
今度はブラッドとコディが肩を落とし、女性陣が胸をなでおろす。
「ちょっとバロンから新規メンバーを入れたいと言われてな。ドミニクとソフィアもいるし、姫のこともある。【剛毅】や【紅蓮】に入るのもどうかと思うから、新たなパーティを考えているんだ……そうだ、まだ確認はしていなかったが、姫は【暁】に参加する気はあるか?」
「もちろんじゃ! じゃが枠がないのじゃろう? であれば、新たに妾が作ればよかろう!」
まぁそうなるよな。
「姫は冒険者登録しているのか?」
「冒険者登録? しておらぬぞ?」
「じゃあまず冒険者登録してからパーティを作るか。この際だからみんなの冒険者ランクも合わせて更新したいが、【黎明】の5人にはお願いがある。今はまだB級冒険者以上にはならないでほしい」
B級以上だと強制招集がかかるからな。まぁAランクパーティに属しているから、俺が呼ばれれば一緒にくることになるだろう。しかしクラリスやアリスだけが招集されるということは防げる。
俺の言葉に皆が頷いたのを確認してから姫に問う。
「姫はパーティ名とか決めているのか?」
「決めておらぬが、コディと【姫と下僕】というパーティにでもしようかなと思っておる」
「え!? 俺が姫様のパーティ!? クラリスが俺を待って……」
姫からの突然の指名に慌てるコディ。
「なぬ!? お主は妾と組むのが嫌なのか!?」
「い、いえ……そんなことはないです……ありがたく……参加させていただきます」
コディが姫のパーティに参加するとなれば、この男も声を上げるのは当然だった。
「おい! コディが入るのであれば俺も入るぞ! まぁ当然パーティリーダーはこの俺様だがな!」
「何を言っておる? お主のような雑魚に妾の命を預けられるものか!?」
「なんだとぉ!? ここで白黒はっきりさせてやる!」
ブラッドが息巻くが、結果は目に見えている……というか以前から何度もやっているからな。
すぐに模擬戦をするが、2人の試合は予想通り姫の圧勝に終わった。それも手心を加えられてだ。
「き、汚ねぇ……芭蕉扇で近づけねぇ上に、幻魔眼……どう考えても勝てっこねぇ……こういうのは普通、拳で勝負だろ……」
「何をほざいておるのじゃ? 妾みたいな高貴で美しい者が、そんな野蛮なことをするわけなかろう」
膝をつくブラッドに対し、腰に手を当て勝ち誇る姫。しかしこれだけは言っておかねばならない。
「姫、ブラッドを仲間にするのであれば、下僕という名前だけは勘弁してくれ。政治的に色々まずい」
「ふむ……まぁマルスがそういうのであれば変えてやろう。では【姫と駄犬】というのはどうじゃ?」
ダメだ。姫に考えさせるのはやめよう。
「【姫獅子】ってのはどうかな?」
「おぉ! 姐さん! ナイスだ!」
クラリスの提案に、飛びあがり喜ぶブラッド。
「まぁクラリスがそう言うのであれば、それでも良かろう」
姫もまんざらでもないようだ。
放課後。リーガン公爵のもとに冒険者ランクを更新の手続きに向かった。今回の指名クエスト後の【姫獅子】結成、そして振り分けの案もすべて通り、すべて学校の方で手続きをしてくれるという。
その内訳はこうだ。
【黎明】Aランクパーティ
・マルス:A級冒険者(93位)
・クラリス:C級冒険者
・エリー:C級冒険者
・カレン:C級冒険者
・ミーシャ:C級冒険者
・アリス:C級冒険者
【創成】Bランクパーティ
・バロン:B級冒険者
・ミネルバ:D級冒険者
・クロム:C級冒険者
(ドミニク)
(ソフィア)
(レイラ)
【姫獅子】Dランクパーティ
・ヒメリ:E級冒険者
・ブラッド:E級冒険者
・コディ:E級冒険者
本来であればB級冒険者になるのには試験が必要とのことだが、バロンはそれを受けずにB級の昇格が決まった。まぁ北の勇者という知名度があるしな。それに俺も受けてない。
【姫獅子】の3名はすぐに昇格させることはできないらしいが、まぁC級に上がるのは時間の問題だろう。
その日は新たなパーティ結成祝いと【創成】の無事を祈るという名目でリーガンの街に繰り出した。
え? レイラはAクラスだから外に出られないはずだろうって? そこはパーティメンバーとして強制招集だ。しっかりとリーガン公爵の許可も貰っている。
楽しい時間を過ごした翌々日、【創成】が旅立ち、しばらく学校で体を休めた後、俺たち【黎明】と姫のカストロ公爵領への出発の日を迎えた。










