第439話 カストロ公爵との交渉
2032年7月17日 11時
「今回のクエスト、もし【黎明】に受けるよう命じるのであれば、条件を出させていただいてもよろしいでしょうか?」
校長室にはリーガン公爵の他にカストロ公爵、ゲイナード、そして俺たち【黎明】に姫の計10名。
ちなみにこれから俺が言うセリフは、すでにリーガン公爵は知っている。カストロ公爵が来る前に事前に打ち合わせをしていたのだ。
まぁリーガン公爵からは頑なに断り、どうしてもというのであればという形をとって、さらに報酬を引き上げるようにと提案されたのだが、今後カストロ公爵との付き合いもあるからな。
「大前提で僕が同行すること。これが受け入れられないのであれば、話を進めることはできません」
俺の言葉を受けたリーガン公爵が、カストロ公爵に問う。
「どうですか? ここで話をやめるか、それともマルスをレプリカに入城させるか」
「で、あれば今一度時間を……」
ゲイナードが割って入るが、もうそれには応じない。
「ここで決めなさい。ゲイナード、あなたには分からないかもしれませんが、【黎明】にはたくさんの依頼が来ております。リスター連合国の諸侯たちもそうですが、バルクス王からもきているのですよ?」
「出過ぎた真似をし、申し訳ございませんでした!」
あっさり引き下がると、カストロ公爵が口を開く。
「ねぇ? マルス君がレプリカに入るのは仕方ないとして、それは幻獣の森までついてくるということ?」
「はい。彼女らは全員僕の大切な人です。彼女らだけ危険な目に合わせるということはできませんから」
「……そう。今回幻獣の森に棲みついた魔物のことは知ってる?」
お、これはいい流れかな?
「いえ、何も……」
「今回棲みついた魔物はアーリマンという主に幻大陸を中心に生息する、大きな目玉を持つ魔物で、脅威度はBらしいの……脅威度Bでマルス君抜きの女性メンバーだけではどうにもならなそう?」
たぶん【黎明】5名だけでも倒せるだろう。しかし何が起こるか分からないからな。
「脅威度はあくまでも参考値程度としか思っておりません。相性とかもありますので……」
「そうよね。私もその言葉が欲しかったの」
え? なんのこと……?
「さっきも言ったけど、今回棲みついた魔物はアーリマンなの。でもね、一角獣を召喚してからちょくちょくポップする魔物がいるのよ。これも幻大陸の魔物なんだけど、脅威度はE。神聖魔法使いの私でもなんとかなる魔物よ」
「だったら問題ないかと……」
しかし、次のレオナの言葉に皆の表情が曇る。
「相手は女淫魔よ? マルス君は大丈夫? マルス君が操られた場合、他のメンバーはマルス君をどうにかできるの!?」
俺が答えるよりも先にミーシャが口を開く。
「あ、マルスはダメだ」
「いや、危険が迫っているのにそんなのに誘惑されるわけないじゃないか!?」
反論するが、そこは信頼と実績のマルス君。
「だってさ、魔の森で幻妖花の香りに誘惑されて、1週間ずっとクラリスとエリーに襲い掛かってたじゃん? 守護の指輪を装備していても無理なものは無理だよね? クラリスとエリーもマルスに襲われてもずっと受け入れてたって聞いたし、そんなの私たちだって一緒だよ? 誰もマルスを止められないし、止めないよ」
そういえばそうだった……ミーシャの言葉にぐうの音も出ない俺。
しかしこの言葉に敏感に反応したのはカストロ公爵だった。
「あなた……クラリスとエリーに襲い掛かるって……しかも受け入れたってことは……もしかしてクラリスとエリーは既に……!?」
カストロ公爵がクラリスとエリーに視線を向けると、
「ま、まだです! 待ってはいますけど……あっ!?」
自身が何を口走ったのか理解したクラリスが、両手で真っ赤になった顔を覆う。
「……私も……待ってる……」
対照的にエリーはいつものように左腕に絡みついてくる。
「ま、まぁ……リーガン公爵の言う通り、早く決めないと明日にでもこの2人の膜が……でもマルス君が敵になっちゃったら【黎明】は全滅よね? 幻獣の森には幻妖花も咲いているし……どうすれば……」
話が三歩進んで二歩下がる。いや、まじで俺のせいで申し訳ない。
「手はないことはないんだけど……」
カレンがぼそりと呟くと、カストロ公爵が食いつく。
「教えて! カレン!」
その言葉に顔を歪めながら答えるカレン。
「あの杖を使えば……」
あっ! そうか! 賢者様と手を繋いでいれば問題ないかもしれない!
「そうですね……この学校で使うのは禁じましたが、レプリカで使うのであればいい女避けにもなりそうですしね。ですがあなたたちはあれに耐えられるのですか?」
「なんとか頑張ります! 私の先輩への愛は、あんな杖ごときに負けません!」
迷いを断ち切ろうと、自身を大声で鼓舞するように答えるアリスは震えていた。
「じゃあ決まりね! 女淫魔に操られないのであれば、レプリカに入城しても問題なさそうだし!」
レプリカと幻獣の森はそんなに近いのか? だとすれば男子禁制も頷けるが……。
「決まったからには早く出発しましょう! 準備を整えてくるから先に失礼……」
急いで校長室を出ようとするカストロ公爵を、リーガン公爵が制止する。
「レオナ、待ちなさい。すべては報酬次第です」
なかなか言いにくいことをはっきりと言ってくれる人っていいよな。
「ちっ! 相変わらずね……」
逃げられないと悟ったカストロ公爵が居直る。
「私たちが求めるのは4つです。1つ目はヒメリの同行。ヒメリがいればレオナにいいように使われないで済むでしょう」
その言葉を聞いたカストロ公爵が、姫を睨む。
「なんじゃ? 文句あるのかえ? だとしたら行ってやらぬぞ?」
完全に上から目線の姫に、カストロ公爵は歯を食いしばりながらも頷く。
どうやら姫の同行が相当嫌なようで、そのカストロ公爵の顔を嬉しそうにリーガン公爵が眺めている。人の不幸はってやつか。
「次にレプリカの探索ね」
今度はキョトンとするカストロ公爵に俺が説明をする。
「僕はそのうちリムルガルド城を攻略したいと思っています。リムルガルド城を模倣したと言われるレプリカをちゃんと調べておきたいのです」
「そうなの? それくらいであれば問題ないけど?」
予想外にあっさりと許可が取れた。
「もう1つは以前から話していた伯爵位を私に譲渡すること。エルシスのときの貸しと合わせて返してもらいます」
この言葉に苦虫を潰した表情をするカストロ公爵。
「この条件も絶対ですので、嫌なのであればクエストは受けさせません」
きっぱり言うリーガン公爵に、
「ちょっと疑問なのよね。どうしてリーガン公爵に譲る必要があるの? マルス君に譲るのであれば……」
疑問を投げかけるが、何かに気づいたようだ。
「そうです。その伯爵位を私がマルスに授けるのです」
「ずるい! じゃあ私がマルス君に叙爵し……」
「レオナ。情報は力です。私の方が先にマルスのことを知った。それは絶対的な力の差です。諦めなさい」
ぴしゃりとシャットアウトすると、カストロ公爵が項垂れる。
「最後に。これがメインですが、一角獣の救出に成功した場合、定期的……少なくとも1年に1回は【黎明】に一角獣の角を煎じたものを2杯ずつ譲ることです」
「はぁ!? 1杯白金貨1枚よ!? 毎年白金貨2枚分も!?」
何も言わずに頷くリーガン公爵。
「……分かった……分かったわよ! じゃあこれで交渉成立ね! すぐにでも出発するわよ!」
今度こそと踵を返して校長室を出ようとするカストロ公爵に声をかける。
「必ず追いつくので、先に出発してもらってもよろしいでしょうか? 僕たちもまだ帰って来たばかりで少しゆっくりしたいので」
「必ず追いつくって……まぁいいわ! もしも追い付かなかったら年間1杯に変更ね!」
俺のお願いに答える声は、ここ最近で一番晴れやかだった。
活動報告を見てない方は是非!










