第438話 カストロ公爵と一角獣
2032年7月16日 11時30分
「アイク兄! お元気で!」
「お義姉さんによろしくお伝えください」
「お義兄さん! またね!」
「ああ! このネックレスありがとうな! 大事にさせてもらう! また会おう! 他のみんなにもよろしくな!」
校長室から出た俺たちは、学校の正門で【黎明】のメンバーでアイクを見送った。
「喜んでもらえてよかったな。ネックレス」
食堂に向かいながら隣を歩くクラリスに声をかけると、
「うん。まさかあんなに喜んでもらえるとは思えなかったわ」
クラリスも満面の笑みを浮かべる。
ネックレスにガルが装備していた守護の指輪を通し、身につけたときのアイクは、今から躍り出すのではないかというくらい喜んでいた。
「ねぇ、マルス? 今日の放課後、私たちの部屋に来ない?」
クラリスの言葉を聞いたエリーが、左腕にギューっと抱きつき、
「来て……! 絶対……!」
目を輝かせる。俺としても断る理由もない……というか行きたいに決まっている。俺自身、先ほどのカストロ公爵のクエストの件で相談したかったしな。
「ああ。分かった。じゃあ放課後楽しみにしてるよ」
俺の言葉にエリーだけでなく、カレン、ミーシャ、アリスも顔をほころばせてくれた。
――――放課後
【黎明】部屋にお邪魔すると、早速正面に座るクラリスから今日のお題が出される。
「みんな聞いて。カストロ公爵の指名クエストの件なんだけど……」
俺を囲み、歓待してくれていた5名の視線が、俺からクラリスに移る。
ちなみに5名とはエリー、カレン、ミーシャ、アリス、そして姫。どうやら姫もこの部屋に住むことになったらしい。ミネルバはバロンと2人で街に繰り出したとのこと。
「カストロ公爵のクエストは、幼体の一角獣の救出。どうやらレプリカと呼ばれるリムルガルド城を模倣して建てたお城の先に、数百年ぶりに現れたらしいのだけれども、その周辺に魔物が棲みついたらしくて倒してほしいとのことなの」
「だからカストロ公爵が【黎明】に拘るのね……ようやく理解できたわ」
クラリスの言葉にいち早く反応したのはカレンだった。
「カレンは知っていたの?」
「一角獣がいることは知っていたわ。幻獣の森に一角獣が息づいたのは偶然ではなく、カストロ公爵の手柄というのは知ってる?」
「いいえ……教えて?」
俺もクラリスもその話は聞いていない。
「分かったわ。これはあくまでも伝承だから、真偽は不明というところは頭に入れておいてね。一角獣は、ライオンの尾に2つに割れた蹄を持ち、額の中央には一本の長く鋭く尖った螺旋状の角。真っ白な馬のような幻獣というのは聞いたことあるわよね?」
まぁ姿形はなんとなくだが、想像できる。だが幻獣ってなんだろうか? なんとなく魔物に近い気がするが、これは後で聞くとしよう。
「その一角獣は世界に1頭だけしか存在しないの。そして不死とも呼ばれているわ」
「え? それっておかしくないか? 不死で1頭しか存在しないのであれば、新たに一角獣が生まれるわけないだろ?」
カレンの言葉に思わず突っ込まずにはいられなかった。
「まぁそうなのだけれども……ちょっとその話は置いておいて。後で説明するから。先代一角獣がいなくなると、新しい一角獣は世界で最も清い泉に息づくと言われているの。一角獣の成長のためには清い水が必須だからと言われているわ。でね、この清い水なんだけど、ただただ清い水ってわけではなく、神聖魔法の魔力の濃度が高い泉付近に生まれるという話なのよ」
確かに一角獣って神聖なる生き物って感じもするもんな……って、あれ? 一角獣が幻獣の森っていうところに現れたのは偶然じゃないってことは?
「気づいたようね。カストロ公爵はリスター帝国学校を卒業した後、ずっと幻獣の森の泉に神聖魔法を唱え続けていたのよ。数百年に一度しか現れないと謳われる一角獣のために」
「ねぇ? それって先代の一角獣が死ななければ無駄ってこと?」
ミーシャがカレンに問うと、カレンが頷く。
「そうよ。なんでそんなことをしたのかというのは、カストロ公爵家の事情もあるのだけれどもね。まぁ単純な話、当時もっとも12公爵家で力のなかったカストロ公爵家が一角獣で一山当てようとしたのよ。そこで現カストロ公爵は女として生きることを捨て、すべてを一角獣に賭けたの」
「女として生きることを捨てるとはどういうことじゃ?」
今度は姫が質問する。
「一角獣は非常に警戒心が強く、憶病だけど、対峙すると獰猛になると言われているの。その強さは、脅威度Aの魔物を凌ぐと言われているわ」
「な、なんじゃと?」
「でもそんな一角獣にも弱点があるのよ? クラリスは知ってる?」
突然カレンに話を振られたクラリスが、赤面しながら答える。
「し、処女の香りに弱いって聞いたことが……」
照れたクラリスは相変わらず可愛い。カレン! グッジョブ!
「そうなの。幻獣の森の泉のほとりに、処女の美しい女性を座らせると、その香りに誘惑された一角獣は女性の膝に頭を置き、眠ると言われているの。その時に螺旋に伸びた角を少しだけ削るのよ。一角獣の角を煎じて飲めば、万病にも効くし、長寿の薬、また若返りの薬とも言われているわ」
「それが女を捨てるとどう関係があるのじゃ?」
まだ理解しない姫がさらに問う。
「いくら処女の香りに弱いといっても、相手は脅威度Aを凌ぐのよ? 怖がって誰も近づこうとするわけないじゃない。ハチマルのことを知らない一般人が、魔物と知ったら怖がるでしょ? それと一緒よ。しかも一角獣は美しいものにしか寄ってこないのよ。もしも近づいてこなかったらそれはそれで傷つくじゃない。だからカストロ公爵は一角獣が近づいてくるうちは男を絶つことを決意したのよ。神聖魔法使いのカストロ公爵は老いるのも遅いから、かなりの覚悟だと思うわ」
「ふむ……だいたいは分かったのじゃが一角獣は戦闘となれば強いのじゃろ? 魔物が幻獣の森という場所に棲みついたら、そのうち一角獣が倒すのではないか? 放っておけばよかろう」
「確かに一角獣は魔物を簡単に倒すことができると思うわ。でもね、何度も一角獣が戦闘をすると、二角獣という魔物になると言われているの」
「「「二角獣!?」」」
思わず皆の声が揃う。
「そう……二角獣になったら最後、もう二度と一角獣には戻れないという話よ。だから死なないはずの一角獣の個体が何度も現れるのよ。ちなみに二角獣の脅威度はSという話で、好戦的で目に映るものすべてに襲い掛かるとのことよ」
一角獣が二角獣になると、新たな一角獣が誕生するということね。
でもそんな危険な奴だったら、わざわざ飼いならす必要が……いや、そもそも幻獣の森へ呼ばなくてもいいのではないだろうか? 俺の疑問が顔に表れていたのかカレンがすぐに答えてくれる。
「マルス、権力者にとってはいくらお金を払ってでも若返りたいものよ。しかもこれはカストロ公爵が言っているのではなく、そう言い伝えられているから、若返らなくても詐欺でもなんでもないのよ。それに私だってあれば飲みたいもの……とくに【黎明】の女性メンバーは神聖魔法使い2人に妖精族でしょ? 私とエリーだけ老けていくのは耐えられない……」
尻つぼみになっていくカレンの言葉を最後に皆が黙る。エリーは相変わらず左首筋に顔を埋めているが、いつもより首を吸い付く力が弱い気がする。
そしてこの空気を破ったのは、話を切り出したクラリスだった。
「カレン、教えてくれてありがとう。お風呂に入ってからご飯にしましょう。マルス、あとでまた来てくれない? みんなで一緒に食べましょう」
おぉ! クラリスの久しぶりの手料理にありつけるのか! これは楽しみだ!
すぐに部屋に戻り俺も風呂に入り、また【黎明】部屋に向かった。
――――その夜
「ねぇ……さっきの話を聞いてどう思った?」
21時を過ぎ、皆が寝たところでクラリスと2人で肩を並べてたわいもないことを話していると、急にクラリスの声のトーンが変わった。
クラリスのことだからカレンの話を聞いて、なんとかしてやりたいという気持ちが芽生えてきたのだろう。
「可哀想だとは思ったよ……でもクエストを受けるつもりはない。リーガン公爵から正式に依頼を出されても今回は断るつもりだ。カストロ公爵のためにも、明日にでも断りをいれようと思う。期待を持たせても悪いし、事態は一刻を争うものかもしれないしな」
最低な答えかもしれない……もしかしたらクラリスに幻滅されるかも……そんなことも頭に過ったが、きっぱりと答えると、
「マルスなら絶対にそう言うと思った」
クラリスがクスリと笑い、俺の右肩にちょこんと頭を乗せる。
「クエストを受けない理由はなんとなく理解できるの。私たちに危険なことをさせたくないからでしょ? でもマルスが同行できたら今回のクエストは受ける?」
「そうだな……同行できれば考えないこともないけど……でも危険だからな。それなりの見返りがないとやはり受けないと思う」
「その見返りなんだけど……」
耳ともで囁くクラリスの言葉に驚きはしたが、確かにそれであれば受けてもいいと思える条件だった。
活動報告に2巻の情報載せました。
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