第437話 一角獣
「マルスをレプリカに招くつもりなのですか!?」
「そんなことできるわけないじゃない! 男でレプリカに入れるのは条件が揃ったものだけ! リーガン公爵であれば分かっているでしょう!? どう考えてもマルス君はその条件に当てはまらないわ!」
扉の向こうでリーガン公爵とカストロ公爵が口論しているのが聞こえる。
「まぁそうでしょうね。マルスは無類の女好きですし、それが許されるだけの力もしっかりと持ち合わせております。まさに英雄色を好むですね。それにマルスがレプリカに入れば、マルスを求める者が多数出てくるでしょう」
そしてサラッとディスられる俺。あまりにも可哀想じゃないか? 女の子が好きというのは否定しないが、無類のって……たまたま魅力的な女性が近くにいるだけで手あたり次第ってことは決してない……よね?
「だからさっきから言っているじゃない! 私たちが必要としているのはアリスを初めとする他のメンバーたちなの! マルス君は別のクエストに出せばいいでしょ!」
思わずクラリスの方に視線を向けると、クラリスも不安そうな表情で見つめ返してくる。クラリスと離れたことがあったが、もうあんな思いは二度としたくない。それにエリーのことも心配だ。
しかしそこはさすがのリーガン公爵。俺たちの気持ち分かってくれているかのように代弁してくれた。
「先ほどから何度も言っておりますが、それはダメです。マルスがいない間にアリスたちの身に何かあったらどう責任を取るのですか? マルスたちもそれを望まないでしょう」
「ではどうしろというの? 手の付けられていない神聖魔法使いなんて何人もいないわ! それにほとんどが男ばかりのパーティよ!? もう打つ手がないから、こうして下げたくもない頭を下げに来ているんじゃない!」
手の付けられていない神聖魔法使いとは? 男だとダメなのか? さらに謎が深まるが、話は泥仕合の様相を呈する。
「あら? 私の記憶違いでしょうか? まだ一度も頭を下げられていないような気がしますが?」
「はぁ!? ついにボケたの?」
「なんですって!?」
脱線し、ヒートアップしていく2人。さすがにアイクもこの雰囲気の中ノックする気にはならないだろう。プレゼントは出発の直前にと思ったが、いつになるか分からないので、話を切り出そうとすると、こちらに近づいてくる男の姿が。
「こんにちは。君は確かマルス君で、そちらの……」
男が視線を俺からアイクにずらすと、声のトーンが変わる。
「失礼しました! メサリウス伯爵がおられるとは! 私はカストロ騎士団第2騎士団長ゲイナード・バイズと申します!」
急に畏まるゲイナード。アイクがそれに応えようとするが、先に校長室の扉が開いた。ゲイナードの声に気づいたカストロ公爵が開けたのだ。
「あなたたち……入りなさい」
こんなところに入りたくないが、カストロ公爵に言われては断れない。ゲイナード含めて4人で校長室に入る。
「申し訳ございませんでした! 私が出立の挨拶をと思い伺ったのですが、タイミングを見失ってしまいまして……」
すぐに謝罪するアイク。こういうのは素直に謝っておいた方がいいからな。俺も一緒に頭を下げると、クラリスも俺たちに倣う。
「そうですか……別によいのです。4人とも頭を上げなさい」
4人? ということはゲイナードも頭を下げていたのか。リーガン公爵に促されゆっくりと頭を上げる。
「さて、マルスは今の話を聞いてどう思いました?」
穏やかな声でリーガン公爵が俺に問う。よかった、リーガン公爵は怒ってないようだ。
「まったく話が読めないのですが、クラリスたちと離れるのは嫌です」
正直に答えると、カストロ公爵が食って掛かってくる。
「そんな長い時間離れるわけではないわ! 早ければ2、3日よ!? それくらいであれば構わないでしょ!?」
「早ければとのことですが、遅いとどのくらいになるのでしょうか?」
「それは分からないわよ! でもそれを早く終わらせるのがAランクパーティの仕事でしょ!?」
俺の質問が気に食わなかったのか、カストロ公爵の声のトーンが上がる。
「レオナ。落ち着きない。マルスがいてこそのAランクパーティです。A級冒険者のマルスのいない【黎明】はAランクパーティではありませんよ?」
俺が飲み込んだ言葉を代弁してくれるリーガン公爵。この人が味方だと心強いな。
「クラリスはどうです? 【黎明】サブリーダーとして、マルスと離れるとパーティはどうなりますか?」
俺だけではなくクラリスの意見も聞くようだ。
「はい。前に一度マルスと離れ離れになったことがありましたが、エリーは常に殺気立ち、寝ることもできませんでした。私もマルスのことを思うあまり、パフォーマンスは落ち、実力を発揮できなかったと記憶しております。【黎明】にとってマルスは代わりが効かない絶対に必要な存在です。マルス抜きでのクエスト受注は考えられません」
毅然とした態度で答えるクラリス。間違いなく俺がいなくてもクラリスがいれば【黎明】は纏まるだろう。しかしそう言ってしまえば、離れる可能性が高くなるからな。恐らくリーガン公爵もこのような返事がくると分かった上での質問だったのだろう。
俺とクラリスの答えにまだ納得のいってない様子のカストロ公爵。そこにゲイナードが発言の許可を求める。
「校長……いえ、リーガン公爵。お久しぶりでございます。よろしいでしょうか?」
「ええ、元気そうで何よりです、ゲイナード。許可しましょう」
「リーガン公爵の仰ることはもっともです。ですがカストロ公爵のお気持ちもどうか察していただけると……今日は少し感情的になってしまっているので、また日を改めてカストロ公爵と共にお願いに来てもよろしいでしょうか?」
後日また機会をくれということか。まぁこのまま感情的に話されたら纏まるものも纏まらなくなる。
「分かりました。それまでにこちらの方でも検討しておきます」
ゲイナードはリーガン公爵の言葉に頭を下げ、俯くカストロ公爵の肩を抱き、踵を返す。
しかしその時俺は見てしまった。顔を滲ませ下を向くカストロ公爵の目から涙が流れていることを。
2人が校長室から出ていくと、先程とは打って変わって静寂が流れる。本当は聞くつもりなどなかったが、さっきのカストロ公爵の涙が気になってしまった俺は、リーガン公爵に質問する。
「カストロ公爵の指名クエストってどういったものなのですか?」
「あら? 本当に知らなかったのですね。とぼけているとばかり思っておりました」
まぁそう思われても仕方ないよな。
「すみません。レプリカがどうとかそこら辺からでしたので」
「そうですか。レプリカのことは知っておりますね?」
え? 常識問題なの? 模倣品ってことだよな? リーガン公爵は答えられずにいる俺に、笑みを浮かべながら教えてくれる。
「レプリカとはカストロ公爵家の居城です。リムルガルド城を模倣したことからレプリカと呼ばれております」
あ! そういえばスザクにカストロ公爵家の居城がリムルガルド城と同じ造りになっているとは聞いたな。男子禁制とも。
そして、リーガン公爵から放たれた言葉に俺たちは驚きを隠すことができなかった。
「レオナのクエストは、レプリカからしか通れない場所に生息する、一角獣の救出です」










