第436話 贈物
「おい? マルス知ってるか? 昨日学校内にとんでもない美女がいたんだぞ? ケモミミに白い尻尾……切れ長の目。初めて見たが狐の獣人って話だ」
マラソンを終え、学生寮の食堂で朝食を摂っていると、ゴンたちが俺の近くに座り話しかけてくれた。さらにゴンが続ける。
「カールなんてよ? 狐美女を相当気に入っちゃったらしくて、カレン様に鞭でシバかれながら、あの狐美女に踏みつけられたいって興奮して、昨日の夜は大変だったんだぜ?」
そうだとは薄々気づいてはいたが、ここにも勇者候補がいたか。
「ああ。それはヒメリって子で、コディと一緒にどこかのクラスに編入されるという話だ。あと獣人ではなく魔族……それも妖狐族という狐族の中でも希少で、イセリア大陸のヘルメスという街ではアイドル的存在だ」
「「「――――っ!?」」」
姫のことを話すとゴンたちと、聞き耳を立てていた他の男子生徒たちも驚く。
「なんでマルスが知ってるんだよ!? もしかして……お前!? クエストに行っているものだと思っていたら6人目を探しに行っていたのか!?」
ゴンの言葉に食堂にいた男子全員が殺気立つ。
弁明しようとしたが、その前にカールに口を開かれてしまった。
「一昨年はカレン様にミーシャ。去年はアリスちゃん。今年はヒメリ? マルスはこの学校に何しに来たんだろうな?」
この状況で何を言っても火に油を注ぐだけ。急いで朝食をかきこみ、ゴンやカールを含めた男子生徒たちの鋭い視線から逃げるように食堂を後にした。
「やっぱり持つべきは友だよな!」
登校中、ご機嫌な様子で話しかけてくるゴン。その声と表情は10分前とは正反対だった。
理由は簡単。俺たちの後ろにはクラリスをはじめとする【黎明】女子が歩いているから。特等席から見る景色は最高とのこと。
「お前たちがいなかったこの数か月……本当に辛かったんだぞ!? これからはマルスだけクエストに行ってクラリスたちは置いて行けよ! な!?」
聞き入れることができないことを提案してくるゴン。そこに天使が舞い降りる。
「マルス、今日の午前中ちょっと一緒に抜けられないかな? 付き合ってほしいところがあるの」
俺とゴンの間に割って入ってきたクラリスに、ゴンは呼吸をするのを忘れるどころではなく、心臓を鼓動させるのも忘れてしまったようで、その場に崩れ落ちる。
まぁ久しぶりの生クラリスでこの距離だからな。耐性がなくなってしまったのだろう。これで俺が温泉で倒れたのも納得してくれただろう? ゴンをカールたちに任せると、クラリスの問いに答える。
「ああ、先生たちの許可が下りればいいけど……どうした?」
クラリスが授業をサボろうなんて言うのは初めてのことだ。若い男女が2人で学校を抜け出して行く場所……絶対に違うと分かってはいるが、期待してしまう。
「うん。ちょっとこの前のことで買い物をしたくて……マルスにも選んでほしいの」
この前のこと? なんのことだろうか? それにしても買い物か……ってことは学校の外に出るということだよな。外にはカストロ公爵がいる、そしてカストロ公爵がクラリスに興味を示しているのは、クラリスも知っているはずだ。よっぽどのことなのかもしれないな。
担任のローレンツに授業を少し抜けたいと話すと、それがリーガン公爵に伝わり、騎士団員の監視下であれば構わないとのこと。俺たちからすれば願ったり叶ったりだ。
――――Sクラスの皆が訓練をする中、リーガン騎士団の5人に警護され、クラリスと2人でやってきたのはアクセサリーショップ。アクセサリーに興味のないと思っていたクラリスだが、欲しいものでもできたのだろうか?
髪を耳にかけ、ディスプレイされているネックレスを真剣に見るクラリス。その横顔に夢中になっていると、クラリスが1つのネックレスを指さす。
「すみません。これを見せてもらってもよろしいでしょうか?」
俺と同じようにクラリスに心を奪われていた店主が、ショーケースからネックレスを取り出す。値段は金貨20枚――日本円にして200万。それもそのはずミスリル銀製。装飾はされておらず、女性がつけるにしてはゴツイ気がする。
「マルス、ちょっと後ろ向いて」
突然言われ、要領を得ない俺。
すると、「もう」と言いながら俺の首に手を回す。どうやら正面からネックレスをつけてくれるらしい。当然顔が近づくにつれ心臓が早鐘を打ち、自然と顔がにやけてしまう。
「どう?」
いい匂いだった。と思わず答えそうになるが、そんなことを聞いてないことは俺にも分かる。
「いいと思うけど……俺に?」
正直アクセサリーにまったく興味はないが、クラリスが選んでくれたものであれば、一生身につけ大事にする。
が、クラリスは頭を振る。
「あれ? 言ってなかったっけ? これはお義兄さんへのプレゼントよ?」
アイクに!? どうして? と聞こうとしたが、俺の表情か心を見たクラリスが先に答える。
「お義兄さん、馬車の中で毎日ガルさんが装備していた守護の指輪を見ていたじゃない? でも指輪って小さいからいくら大事にしていても、紛失してしまう可能性があるでしょ? だからネックレスに通して、肌身離さずガルさんを感じられたらなって思っただんけど……」
そういえば、どうにかしてあげたいねという話はクラリスとよくしていたな。
「これはマルスから渡してね。【暁】のみんなからって。こっちの世界の人は異性にアクセサリーをあげたり、貰ったりするのはステイタスで、日ごろから頻繁に行われているけど、いくらお義兄さんへの贈り物だとしても、元日本人の私からすればどうしても抵抗があって……」
不安そうに聞いてくるクラリス。
こっちの世界でアクセサリーを異性に贈るのは、日本人が思うような特別な意味を持たない。お中元やお歳暮のように気軽にアクセサリーを贈ったりするようだ。しかしどうしても俺には抵抗がある。
それはクラリスも一緒のようだ。こういう価値観が一緒だとどこか安心する。それにクラリスの俺とアイクに対する気遣いも嬉しかった。もしかしたら眼鏡っ子先輩にも配慮しているのかもしれない。
「ありがとう。じゃあこれは【暁】の財布から出さなきゃな。クラリスが支払ったらおかしなことになる。すみません。これをください」
お会計を済ませ、すぐに学校に戻る。かなりの視線を感じたが、クラリスと共に行動していればいつものことだ。誰がカストロ公爵の手先かなど分からない。まぁ鑑定すれば分かるのかもしれないが、揉めたくはないからな。
「お義兄さんは、今頃リーガン公爵に出発の挨拶をしているころだから、校長室の前で待ちましょう」
何事もなく学校に戻り、騎士団の警備を離れた俺たちは、他のクラスの授業を見ながら校長室を目指す。
剣術や魔法を一生懸命習う生徒たちを見て、感化された俺は火精霊の鎖を操ると、無言でクラリスが火精霊の鎖を触れてくる。
これは火精霊の鎖でクラリスを触れていいというサインだ。どこかのカップルのように縛っていい……いや、縛ってくれというサインではないから誤解はしないでくれよな。
そんなことをしながら校長室の前に着くと、意外なことにアイクが校長室の前で待機していた。
「アイク兄? どうしたのですか?」
「――――っ!?」
アイクに声をかけると、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。そしてすぐに人差し指を口元にあて、視線を校長室に向ける。
ん? 誰か先客がいるのか?
注意を校長室に向けると、ドアの隙間から言い争う2人の女性の声が聞こえてきた。
登場人物一覧作っているのですが、婚約者は婚約者でまとめようとすると……。
ダメーズの立ち位置もマルスの味方というよりかは……w
気長にお待ちくださいm(__)m
コミック1巻も出ているのでよろしければ是非!
転生したら猫になりたいと思うのは私だけではないはず!w










