第431話 一件落着
2032年6月18日7時
「サーシャ。ダメーズという障害はもういない。これからサーシャも僕のハーレムの一員になってくれ」
朝食を終え、ダメーズが眠る部屋でサーシャを壁際に立たせると、左手をそのまま壁につき、右手は翠玉色の髪に手櫛をいれながら迫る。
「……もともとこの身はマルス。あなたに捧げようと思っていたの。これからはミーシャと一緒に私のことを……」
その潤んだ瞳と視線が交差し、俺とサーシャの顔が徐々に近づく。
「きょぇぇぇええええええ!!! きぃぃぃさぁぁぁまぁぁぁあああ……!!! ……ふぇ???」
ベッドで横になっていたダメーズが、俺とサーシャの情事を阻止しようと勢いよく飛び出してくるが、思わぬ光景にフリーズする。
俺とサーシャの2人しかいないと思っていた空間に、クラリスはじめ婚約者全員の姿があったからだ。
「ほらぁ。やっぱり私の言った通りじゃん! 最初からこうすれば良かったんだよ」
ミーシャがしてやったりの顔で手を叩くと、
「こんな奴置いておけばよかったのよ。どうせサーシャがいなくなれば追いかけてくるんだし」
カレンの冷たい視線がダメーズに刺さる。
「ほら! マルスもいつまでそうやってサーシャ先生とくっついているの!」
クラリスが俺とサーシャを引き離すと、いつものようにエリーがマーキングをしなおすかのように左の首筋に吸い付いてくる。
「私がこんなこというのも失礼かもしれませんが、サーシャ先生! とてもかわいかったです! 思わず見入っちゃいました! それに芝居とはいえ羨ましすぎです! 先輩! 私にもお願いします!」
食い入るように俺とサーシャを見ていたアリスのお願いに、思わず顔がにやけてしまう。
「ミーシャの言う通りダメーズは起きたけど、もうマルスにこういうことはやらせないほうがいいわね。作られた言葉だと分かっていても、ときめいてしまうもの」
サーシャが自身の髪の毛を弄りながら、どこか熱を帯びた声で戒める。
もうお分かりだろうが、サーシャが触れない限り起きないダメーズに対し、一芝居打ったのだ。
ダメーズが寝ている部屋に俺とサーシャが入り、他のみんなは気配を隠しダメーズにバレないようにする。女性陣のいい匂いが届かないように、もったいないと思いながらも俺の風魔法で匂いを飛ばし、エリーの音魔法まで使う徹底ぶり。
ちなみに台本は昨日クラリスが女性陣を集めて書いたとのこと。壁ドンなんてこっちの世界で流行ってないだろうから、おそらくはほとんどクラリスが考えたのだろうが。
すべてを察したダメーズは、無言でベッドに戻ろうとしたが、それを許す俺たちではない。カレンの魅了眼で強制的にダメーズを浴室まで連れて行く。
そこに待ち受けるのはブラッドとコディ。2人は毎日のようにクラリスがダメーズの体を拭ったりしているのに腹が立っていたらしく、ダメーズの入浴を手伝ってくれるという。
ダメーズを2人に任せると、女性陣は部屋に戻り、それぞれリーガンに戻る支度をし始める。俺も一緒に支度をしたいのだが、見られたくないものもあるだろう。紳士な俺は少し時間をずらしてから部屋に戻ることにした。
9時に出発予定だからそれまでの間、どこで時間を潰そうかとフラフラしていると、扉が少し開いた応接間から声が漏れてきた。
「――――なっ!? 正気ですか!?」
声の主はアイク。何かに驚いている様子だ。
「はい。すでに父君にはお伝えしており、協力していただけると。6年前のことですが」
一緒にいるのはビートル伯爵のようだ。何の話だ?
「たしかに父上からすればいい話かもしれませんが、今の私の立場からするとそれはかなり危険な……」
「分かっております。だからメサリウス伯爵には先にお伝えしたかったのです。それに父君も6年前と今では立場が違います。あのとき協力を約束してくれたからといって、反故にするなと言うつもりはありません」
「……そう……ですか……この件はマルスにも?」
「……いえ。隠すつもりはありませんが……分かっていただきたいのはマルスを旗印にするつもりは決して……」
旗印? 雲をつかむような話についていけない……と、そこにクラリスがこちらの方に向かってきているのが見えた。
もう少し聞こうかとも思ったが、やはり一秒でも長く愛する者と過ごしたい。俺もクラリスの方へ歩く。
「もう支度は終わったのか?」
「ええ。もう私の荷物は昨日の時点で終わっていたから。エリーの荷物も昨日のうちに整理していたからすぐ終わったわ。他の3人ももうそろそろ終わるから、マルスも部屋に来ていいわよ」
さすがクラリス。自分のだけではなく、エリーの荷物まで支度を終わらせるとは。
差し出されたクラリスの手を握り、少しでも2人の時間を長く過ごせるようにゆっくりと部屋に戻り支度を終えた。
「メサリウス伯爵! マルス! クラリス! 【暁】の諸君! このお礼はいつか必ず!」
グランザムの北門まで見送りに来てくれたビートル伯爵が礼を述べると、ポロン、ビラキシル侯爵が続く。
「グランザムはオイラに任せるモン! ヘルメスよりも強固な城塞都市に仕上げるモン!」
「世話になった! ヒメリのことをよろしく頼む! リスター祭でまた会おう!」
3人の後ろには騎士団、住民たちがごった返しており、大声で必死にお礼や声援を送ってくれる。
「では僕たちはこれで、皆さんお元気で!」
みなの声に応えるように俺たち全員手を振りながらグランザムを後にした。
「マルス、妾はお主のことが好きじゃ」
グランザムを出発直後、馬車の中で姫に告白される。馬車の中には俺とクラリス、そして姫の3人だけ。クラリスによってセッティングされたのだ。
「ありがとう。姫。俺も姫のことは綺麗で魅力的な女性だと思っているよ。でも……」
はっきりと自分の気持ちを伝えようとすると、姫がそれを制す。
「皆まで言わなくてもいいのじゃ。お主とクラリスを見ておれば分かる。でもいいのじゃ。妾はお主が好き、これだけは伝えたかったのじゃ。婚約者にしろなどとは言わぬ。じゃがそばにいることくらいはいいじゃろ? 妾の寿命から考えれば、マルスの寿命など一瞬じゃ。お主が息を引き取るまでは見ていようと決めたのじゃ」
第一印象とはまったく別の表情を見せる姫。この質問にどう答えようか迷っていると、隣に座るクラリスが俺の手を握りながら話しかけてくる。
「マルス。そばにいるくらいであれば、私は大丈夫よ。姫にも伝えたの。私のことを好きになってくれた人と同じような思いをするかもしれないよって。そしたら姫はね。今のコディは生き生きしているって。ヘルメスにいた頃よりは何倍もって……」
確かに毎日クラリスを追いかけるコディは充実しているように見える。たまに生き生きしすぎて百獄刑に処してやろうと思うこともあるが。
「分かった。だがこれだけは最後まで聞いてくれ。姫、俺はクラリスを愛している。エリー、カレン、ミーシャ、そしてアリスも好きだ。素晴らしい5人に囲まれ、姫にまで目が向かないと思う。それでもいいというのであれば一緒にいてくれて構わない。どうだ?」
緊張の面持ちだった姫の表情が明るくなる。
「もちろんじゃ! では皆に報告してくるのじゃ!」
爽やかな風を残して馬車を飛び下りる姫に、どこかホッとした様子のクラリス。
きっとクラリスも姫に思いの丈を打ち明けられて心を痛めていたのかもしれない。
「なぁクラリス。帰ってからでいいんだけどちょっとお願いがあるんだ。今回色々あったろう? ご褒美が欲しくて」
「……うん。私も……」
照れたクラリスの表情にまさかねと思いつつも同時に口を開く。
「壁ドン」
「壁ドンを……」
クラリスの言葉にと胸を衝くと、よっぽど驚いたのかクラリスも口を抑える。
辛いこともあったが、グランザムに来てよかったと思えた瞬間だった。
長かったですが20章はこれで終わりです。
もしかしたらこの世界でもマルスが知らないだけで壁ドン流行っているのかもしれません。
ある人物が床ドンを知っていたのでw
ここで1つ作者からお願いがあります。
皆さんの推しキャラは誰ですか?
感想欄にキャラだけでも書いてくれませんか?
よろしくお願いします。










