第427話 長い夜の終わり
「ダメーズさん!」
ミーシャに連れられダメーズが安置されているはずの応接間に入ると、まず目に入ったのは、怒りを露わにしたサーシャの姿。
「マルス! 謀ったわね!?」
サーシャの剣幕にすぐに頭を下げる俺。
「申し訳ございませんでした! 僕のせいでダメーズさんが……って……あれ……?」
視線を落とした先にはサーシャの脚にしがみつく1人の男。
「本当に死んだかと思ったんだから!」
「へ?」
その光景に思わず変な声が出てしまった。
「あなたもいつまでそうやっているつもり!?」
サーシャが自分の脚に絡みつく男を振り払おうとするが、その男は必死にしがみつく。まるでサーシャの脚から離れたら死んでしまうかのように。
目を擦り、今起きていることが本当なのかと確認するが、何度見てもダメーズがサーシャの脚にしがみついているのだ。
「クラリス、あれ……ダメーズさんだよな? お化けでも、まして死亡遊戯で操られているわけでもなく……」
「え、ええ……」
戸惑う俺たちにミーシャが小声で説明をしてくれる。
「あのね。お母さんがここに来るまでは、生死の境を彷徨っていたんだけど、お母さんが最後にってダメーズを抱きしめたら、急にダメーズもお母さんに抱きついて……最初はそれが最後の力を振り絞ってのことかと思っていたんだけど、そうでもないらしくて……」
カレンもミーシャに続く。
「私もダメーズを鑑定したのだけれども、確かに瀕死だったわ……それは今も変わらないのだけれども、今のあいつに何をしても死なないと思うわ。死ぬことを忘れるくらい至福の時を過ごしていると思うの。それもサーシャが顔を歪めれば歪めるほどに……」
まさかの事態にカレンがドン引きしている……いや、引いているのはカレンだけではない。メイド含めてここにいる全員だ。
「さ、サーシャ? 俺が力づくにでも剥ぎ取ろうか?」
アイクが気を使ってサーシャに声をかけるが、
「アイク兄。今でも本当にダメーズさんは死にそうなのです。少しでも力を加えると本当に死んでしまうかと……」
正確な鑑定結果を伝えるとアイクが「マジか」と頭を抱える。
そして俺たちの会話を聞いていたサーシャも、
「ほ、本当にダメーズは死にそうなの!? 凄い力でしがみついてくるんだけど……」
蔑む目をダメーズに向けると、まるでご褒美を貰った犬のように喜ぶダメーズ。
「サーシャ先生。今サーシャ先生がダメーズさんから離れると本当に死んでしまうかもしれないので、ダメーズさんのHPが回復するまではそのままに……」
俺の言葉に露骨に嫌な表情を見せるサーシャ。対照的に喜々とした表情を浮かべるダメーズ。これほどまでにダメーズが生き生きしているのは初めて見た。
「ダメーズさん。今回は本当に助かりました。ダメーズさんがいなければ、今頃僕は重傷……下手すれば死に至っていたかもしれません」
そんなダメーズにディクソン戦でのお礼を言うが、ダメーズはお楽しみ中。俺の声が届くわけがない。
「ほら、マルスがあなたにお礼を言っているわよ。お礼を言われることなんて滅多にないんだからしっかりと聞きなさい。これは命令よ」
鬱陶しそうな視線をダメーズに送るが、それがご褒美だと知らないサーシャ。
「お礼? 何もしていないが?」
なんだ照れているのか? とも思ったが、本当に心当たりない様子……というかサーシャの冷たい視線にダメーズはそれどころではないのかもしれない。
「瘴気という魔法をディクソンが唱えたとき、ダメーズさんが大声を出してくれましたよね。あの件です」
「……ん……? ああ。声を出したのは剣聖、お前のためではない。悪夢を見せられていたのだ。きっとディクソンの仕業だろう。俺が一番望まない本当の悪夢……この世の終わりだった」
幻夢眼か? でもディクソンはダメーズのことを認識していなかったから、もしかしたら走馬灯のようなもの?
「ポロンのようにこの街が魔物に襲われる夢とか?」
クラリスがダメーズに問うと、ダメーズは首を振り、俺を睨む。
「剣聖とサーシャが一緒のベッドで寝ている夢だ。これは夢だから醒めろと思い、叫んだ記憶はある」
ダメーズの言葉に思わずサーシャと目が合う。これは絶対に言ってはいけないことだ。それはサーシャもそう思ったらしく、アイコンタクトを取るが、そんな空気を読まない奴がいた。
「え? なんで? マルスとお母さんは同じベッドでたまに一緒に寝ているよ? 私を挟ん……」
「きょょょぇぇぇえええぇぇぇえええ!!!」
ミーシャの口撃に今日一番の断末魔を残し、ダメーズはその場で倒れた。
「よし。取り敢えず俺はまた南門へ向かう。バロンとミネルバがいるから大丈夫だと思うが、ブラッド、コディ、ヒメリ、ポロンを統率するのは骨が折れるからな」
事の顛末を見届けたアイクがまだ働こうとする。
「アイク兄、もう休まれた方がいいのでは?」
「そうですよ、お義兄さん。体の疲れだけではなく……」
クラリスも俺に同調するが、アイクはアイクだった。
「ありがとう。でもどうせ昂って寝ることなんかできやしないさ。だから今日はもう動けない、限界だと思うまではこの街に尽くす。あとで十分睡眠をとるから心配するな」
「では私も一緒に参ります」
サーシャがアイクについて行こうとするが、
「サーシャ、今日のところはダメーズを診てやってくれ。詳細はまだ分からないが、マルスを助けてくれたのは事実のようだ。皆は明日に備えて寝るように。辛いかもしれないが、起きたら住民たちの心のケアを頼む」
アイクがそれを制す。アイクのお願いとあってはサーシャもダメーズを診なければならないが、どこかほっとしたようにも見えた。
「では僕が一緒に……」
アイクの隣に行くと、アイクが俺に耳打ちをする。
「マルス。お前はクラリスたちと一緒にいてやれ。みな表情には出していないが、今回の件で相当堪えている。ゆっくり休んで夜が明けたら俺と変わってくれ。それまでは休むこと。クラリスたちのケアをできるのはマルスだけだ。いいな」
間違いなく一番疲れているのはアイクだ。それでもアイクは皆を気遣う。
しかしアイクのいうことも分かる。これだけのことが起きたんだ。クラリスたちの心労は表情をみれば分かる。
「分かりました。では僕は休ませてもらいますね。アイク兄も無理はしないように」
アイクの好意に甘え、風呂に入ってから部屋に戻った。
「ねぇ? マルス? 起きてる?」
「ああ」
寝静まり、しばらく経つと隣のベッドからクラリスの声。いつもはすぐに寝てしまうのだが、クラリスに呼ばれる気がして起きていた。
「ちょっといい?」
左隣で寝ているエリーの体の下に潜らせていた左腕を引き抜き、同じように右腕を右隣で寝ていたアリスの下から引き抜くと、ベッドから体を起こし、カレンの隣で横になっていたクラリスの枕元に座る。
ちなみにミーシャはサーシャと一緒にまだ起きている。ダメーズのことが気になるらしい。ダメーズと知り合ったのは俺たちの方が早いが、ミーシャは俺たちよりもダメーズと一緒に過ごしていた時間が長いからな。やはり心配なのだろう。
「エリーの件か?」
「……うん。マルスは何か気づいたんでしょ? 気になっちゃって……」
機を見てクラリスには話そうと思っていたのだが、さすがクラリス。それに布団からちょこんと顔だけ出すのもかわいすぎて反則だ。
「ああ。エリーが部屋って言ったろ? 最初は何を言っているのか分からなかったが、暗黒蟲がいてそこに閉じ込められているとしたら、それは説教部屋なのかなって……」
「説教部屋? 何それ?」
「ああ。ディクソンがヨハンに言ったんだ。ヨハンは説教部屋送りだみたいなことを。その部屋ってもしかしたらエリーが言っていた部屋と同じ部屋なのかなって。そしてその部屋では暗黒魔法適合者かどうかが試される……つまりエリーの言ったように黒い血を飲まされるのかもしれない」
「暗黒魔法適合者?」
「どうやらアーリン、そしてヨーゼフもその部屋に入ったみたいなんだ。そして2人は暗黒魔法適合者ではなかった。ちなみに2人は姉弟らしい」
「――――っ!?」
驚くクラリスにさらに続ける。
「適合者でなければラースにって。その後の言葉はヨハンに遮られてしまったが、結果から考えると、適合者でなければ人造魔石を埋め込んで魔物化させてしまおうということなのかもしれない」
「酷い……」
「でもそうすると1つ疑問が生じる。なぜエリーは転生させられたのかという点だ。エリーが転生術で転生させられたのかは定かではないが、偶然ってことはないと思う」
「……確かに。今のエリーは暗黒魔法の才能はないのでしょう? 転生したら暗黒魔法の才能だけ抜け落ちたって可能性もあるかもしれないけど……エリーだけは殺すなって命令するくらいだから、私もラースがエリーを転生させたと思っているわ。でもマルスの言ったようになぜエリーを転生させたのかが不明ね。そもそも転生術ってそんな簡単に転生させることができるのかしら?」
「あくまでも推測だがそんな簡単にはできないと思う。もしもできるのであれば、【剣神】に殺された悪魔族を転生させていると思うんだ」
俺の言葉に布団に包まりながら考え込むクラリス。どんな仕草でも絵になるクラリスに見惚れていると、
「どうしたの? 私に何かついてる?」
視線に気づいたクラリスが問いかけてくる。
「い、いや……かわいいなって……あ、あと俺も1つ疑問があるんだけどいいかな?」
視線に気づかれ慌てて話題を逸らそうとすると、
「あ、ありがとう。いいわよ。私もマルスに隠すことなんてないから」
照れているのか布団で顔を半分隠すクラリス。
「あのさ、さっきエリーが仮想マルスって言っていたのだけどあれはどういうこと?」
「……え? あれは……その……」
「その?」
「マルスの話をしていたら……なんというか……」
「なんというか?」
返答に困り布団の中でモジモジするクラリス。その様子をニヤニヤしながら見ていると、クラリスが起き上がり、突然俺の唇にクラリスの唇が重なる。
「いじわる。そういうことだから」
顔を真っ赤にし、天岩戸に隠れてしまった美神。
もしかしたらこのネタを擦り続ける限り、キスをしてもらえるかと思うと自然と期待に相棒が……いやいや、胸が膨らむのであった。










