第426話 CO
CO→カミングアウト
「エリー!」
ビートル伯爵の屋敷に戻り、ダメーズをミーシャと屋敷のメイドに任せて、すぐに俺たちの寝室に入ると、そこには南門へ向かったはずのアイク、それにカレン、アリスの3人がかりで押さえつけられ、猿轡をかまされたエリーの姿が。サーシャは不測の事態が起きた時のために備えていた。
エリーの金色の髪の毛は逆立ち、手や首には無数の傷跡。中にはかなり深いものもあった。
そのエリーが俺の姿を確認すると、どこか怯えた表情をし、アイクたちを振りほどこうと更に暴れる。
「すまない、お前の大切な女性をこのように扱ってしまって……しかし、自傷行為が酷くてこうやって押さえつけるしかなかったんだ」
アイクが申し訳なさそうに謝ると、カレンとアリスもアイクを擁護する。
「お義兄様のいうことは本当よ!? 私たちだけでは抑えられないからお義兄様に来てもらったの!」
「先輩! エリー先輩を頼みます!」
「アイク兄ありがとうございます! 僕とエリー、そしてクラリスの3人だけにしてくれませんか? サーシャ先生はダメーズさんのところに行ってあげてください! ダメーズさんは僕を助けるために命を張って守ってくれました! そのせいでもう……アリスもMP枯渇までダメーズさんを頼む! 俺たちもエリーを落ち着かせたらすぐに行く!」
「え!? ダメーズが!? いなくなったと思ったらいつの間に!?」
サーシャが驚きすぐに部屋を出ると、カレン、アリスもそれに続く。
今もアイクに押さえつけられているエリーにゆっくりと近づくと、何かを叫ぶが猿轡をかまされているので聞き取れない。
この猿轡も舌を噛み切らないように配慮だろう。
「大丈夫だ。エリー。俺は何があってもエリーの味方だ。エリーもそうだろう? ずっと俺の側に居てくれるよな?」
俺の言葉に首を横に振るエリー。一体何がエリーをそうさせた?
「……エリーはもう俺のことが嫌いになったのか?」
この言葉に先ほどよりも激しく首を振る。良かった。嫌われてはいないようだ。
怯えるエリーにゆっくり近づき、優しく抱きしめると、観念したのかそれまで暴れていたのが収まり、エリーの頬から涙が落ちる。
「アイク兄、もう大丈夫です。ありがとうございました」
ガルとの戦いで肉体的にも精神的にも疲れているだろうアイクにお礼を言うと、アイクは俺の肩をポンと叩き、「あとは頼む」と言って部屋を後にした。
「クラリス、エリーの猿轡を外してくれないか? エリー、もしもエリーが舌を噛むようなことをすれば、みんなが悲しむ。当然俺もだ。そんなことはもうしないよな?」
「……うん」
力なく答えるエリー。
クラリスがゆっくり猿轡を外すと、俺はすぐにエリーの唇に唇を重ねる。唇しか重ねていないが、血の味がした。
「クラリス。エリーにヒールを頼む。口の中も怪我をしている」
俺の言葉にエリーが愕然とし、震えはじめた。
「……マルス……? まさか……私の血……舐めた……?」
血がワードなのか? このタイミングであれば考えられることは1つしかないが……もっと言葉を選ぶべきだったか?
しかしここでクラリスが俺の失態をフォローするかのように驚きの行動にでた。
猿轡を外すためにエリーの後ろにいたクラリスが、小さいエリーの顔を両手で優しく挟むと、自分の方にゆっくり向かせてなんとクラリスもエリーとキスをしたのだ。
それもライトではない。いつぞやに俺がしてもらった頭が真っ白になるくらいのディープなやつを……俺からわずか数cmのところで。
「んっー……! っうん……」
最初こそ抵抗したものの、途中で諦めたのか、それとも力が入らなくなったのか分からないが、クラリスに身を委ねるエリー。
やばい……こんなときに不謹慎かもしれないが相棒が目を覚ましてしまった。でも仕方ない。目の前で2人の美女がまさかのことを始めたのだ。
官能的な光景に俺は視線を切らず、また一度も瞬きをせずに、部屋の片隅に鎮座していた賢者様と手をつなぐために2人から距離を取る。もちろん賢者様はその身を晒すことなく、布で厳重にまかれている。
ブラッドとコディのこういうのは絶対に見たくないが、クラリスとエリーのはずっと見ていたいと思う俺はおかしいのだろうか?
クラリスとエリーの舌が淫靡な音を奏でたのは10秒に満たなかったが、それでも2人の口が離れると橋をかけたように糸が引く。
「ごめんね。エリー。でもしっかり口の中も治したわよ」
「……うん……」
恍惚とした表情で答えるエリー。
そうか。ただキスをしていたというわけではないのか。ヒールを無詠唱で発現できるクラリスだからこその治療法だ。確かに口の中が治ったかどうかなんて分からないだろうからな。他にも外傷は見えるところはすべて治っていた。
まぁ他にもやり方はあったかもしれないが、キスのおかげでエリーもまた落ち着いた。
「と、取り敢えずエリーも落ち着いたようで良かったよ。だがどうしてこんなことをしたのか教えてくれないか?」
賢者様から手を離し、クラリスに後ろから優しく抱かれているエリーに近づく。
「……思い出した……部屋を……」
思い出した? 前世をか? 部屋? なんのことだ? しかしまたエリーが震え始めると、俺とクラリスでエリーをサンドするように優しく抱きしめる。するとエリーは、いつもとは違うぎこちない笑みを浮かべる。
「……蟲だらけの部屋……黒い血……飲まされる……」
予想を遥かに超える言葉に絶句する俺とクラリス。
ディクソンの戦闘を見ていないクラリスでも、戦闘後の光景をみれば想像するに容易いだろう。その黒い血には蟲が蠢いていると。
「エリー」
もう話さなくていいという思いからエリーを抱きしめる力が強くなる。それはクラリスもだった。
「……私……汚れてる……マルス……相応しくない……この血……嫌……」
すすり泣くエリーの顎を軽く持ち上げ、再度エリーとキスをする。
本当は先程のクラリスのように大人のキスをしたかったのだが、残念なことに俺にはそんな技術がない。
「エリーは汚れてなんかいない。それは俺とクラリスがよく分かっている。それに知っていたか? 暗黒蟲は神聖魔法に弱いんだ。俺もディクソンに何度も暗黒蟲を体内に注ぎ込まれそうになったが、暗黒蟲は俺の体に入ることを拒否した。たとえ暗黒蟲がエリーの体内に宿っていたとしても、すでに死んでいるよ。何せエリーはいつも俺とクラリスとこうやって一緒にいるだろう?」
「――――っ!? ……暗黒蟲……神聖魔法に弱い……? 本当……!?」
「マルス!? 大丈夫なの!?」
そういえばクラリスにもまだディクソン戦のことを話していなかったな。
「ああ。本当だし、大丈夫だ。ちょっと血を流し過ぎたかなと思ったが、エリーとキスできたし、いいものも見られたしな。気力十分だ」
エリーの涙を指で優しく拭いながら答えると、
「……いいもの……?」
エリーが首を傾げるがすぐに分かったようで、
「……仮想マルス……たまに……」
そこまで言うとクラリスが慌てて後ろからエリーの口を塞ぐ。
「ちょっと! 【黎明】部屋のことは内緒でしょ!?」
自分が何を口走ったのか悟ったクラリスと目が合うと、クラリスはすぐに俺から目を背け、エリーも謝罪の言葉を口にする。
「……ごめんなさい……忘れて……」
いや、忘れることなんてできるわけがない。突然のカミングアウト……気になって気になって仕方がない。
わたし、気になります! って言えば、疑問が解消するまでしつこく聞いても良かったと思うのだが、それは俺の記憶違いか? まぁ今聞くことではないから後にするが。
しかしこの会話でようやくいつもの和やかな雰囲気になり、エリーも落ち着きを取り戻したとき、ミーシャが血相を変えて部屋に入ってきた。
「マルス! ダメーズが!」










