第425話 転生者たち
「キュア!」
「ヒール!」
残り僅かのMPをすべてダメーズに回し、回復を試みる。
「ダメーズさん! しっかりしてください!」
苦悶の表情を浮かべるダメーズのHPは残り1。意識は朦朧としており、かろうじてまだ生きてはいるが、ヒールを唱えてもなぜかHPが回復しない。
もしかしたら瘴気と共に黒い血を大量に浴びたのが原因か!? ヨハンの攻撃でディクソンの首を刎ねたとき、黒い血がディクソンの後ろにいたダメーズに降り注いだのだ。
その黒い血からはディクソンが死してなお、暗黒蟲が蠢く。
そういえば亜神様が、ラースが魔王に負けたとき、この黒い血を飲んだと言っていたが、正気の沙汰じゃない。
ダメーズに回復魔法を唱えていると、背後からヨハンが近づく。
「マルス君。もう彼は無理だよ。これ以上苦しませないためにも僕が殺してあげるよ」
介錯しようとしているのかヨハンがダメーズの剣を握る。
「まだだ! 俺はまだ諦めない!」
だがもう先ほどの回復魔法でヒールすら唱えるMPがない。このままではダメーズは死んでしまう……その時だった。この状況を変えることができる人物の声が響いたのは。
「動かないで! 剣を捨てなさい!」
振り向くとそこには魔法の弓矢を構えたクラリスとミーシャの姿が。
「待てクラリス! こいつは……ヨハンは敵じゃない!」
クラリスを制するとミーシャが驚く。
「え? ヨハン? ヨハンってあのSクラスの? 顔も髪もまったく違うじゃん……でもその制服……あっ!? 黒目黒髪で私たちの制服着た男ってもしかして!? ヨハンが獣人を!?」
やばい! ここでミーシャが変なことを口にすると話がややこしくなる。ヨハンはヨーゼフが今どうなっているのか、リーガン公爵の屋敷で匿われていることも知らないはずだ。
ヨハンとディクソンの会話を聞く限り、ヨーゼフのことをだいぶ気にかけている様子だった。これでリーガン公爵が匿っていると知ればこいつがまたリスター帝国学校に来てしまう。それは避けたい。
「ミーシャ! ダメーズさんが危険な状態だ! 一刻も早くグランザムに戻りたい! 力を貸してくれ!」
「え!? ダメーズが!?」
介抱しているダメーズを見たミーシャが駆け寄ってくると、ヨハンは手に持っていた剣を地面に置き、まだ魔法の弓矢を構えているクラリスと、走ってくるミーシャに声をかける。
「2人とも久しぶり。ミーシャさんはすっかり背が高くなって大人になったね。クラリスさんは相変わらず美人だ。マルス君の才能に嫉妬しちゃうけど、それよりも2人を娶れる方が羨ましいな」
ミーシャはヨハンの言葉どころではなく、ダメーズに励ましの言葉を何度もかけているのに対し、クラリスはというとまだ魔法の弓矢を構え警戒している。
そのクラリスをじっと見つめるヨハンが思わぬことを口にする。
「……本当に美人だ……一瞬でも目を逸らしたくない。でもその目を見ていると心がざわつく。イライラする……これが恋心ってやつかもしれないけど」
ヨハンの表情は真剣そのものだった。
「クラリス! こいつはヨハンだ! 俺たちと同じ元Sクラスの! 弓を下ろせ! ヨハンもクラリスに手を出すのであれば俺は協力しない!」
ヨハンの真意が測れない以上こう言うしかなかった。本当にクラリスに見惚れているのか、それとも……。
「……ヨハン? にわかには信じがたいけど……」
俺の言いたいことが伝わったのか、クラリスが魔法の弓矢を下ろす。
「分かっているよ。マルス君。ただちょっとクラリスさんの目が気になってね。あと今のマルス君の目も」
助け舟を出したつもりが逆効果になってしまったのか!?
「ヨハン。悪いが今無駄口を叩いている暇はない。今回の件は助かった。だが俺たちはまだやることがある」
これ以上ここでこいつと話しているのはまずい。それにダメーズを早く治療してやらねば。
「……そうだね。じゃあ僕は一足先にお暇するよ。マルス君はともかく、クラリスさんを見ていると、本当にどうにかなってしまいそうだし……またねマルス君」
ヨハンは一瞥をくれると暗闇へと姿を消す。
同時にクラリスも俺の隣に来ると、すぐにダメーズにヒールを唱える。
「マルス! ダメーズさんをおんぶしてくれない!? 早くグランザムに! エリーの所へ来て欲しいの!」
エリーのところに!? 何かあったのか!?
俺が聞く前にミーシャが答える。
「エリリンが……死人から気持ち悪い蟲が出てきたのを見たエリリンが、自分の首を掻き毟って……いっぱい血が……」
なんだと!?
「今はアリスとカレン、サーシャ先生が抑えてくれているけどマルスじゃないと今のエリーを止めることができないの! お願い早くきて!」
クラリスの悲痛な叫びがあたりに響く。
「分かった! でもクラリス。最後にホーリーを唱えてくれないか? ディクソンを完全に消滅させておきたい!」
クラリスの残りMPも多くはなかったが、ディクソンの死体だけはしっかりと処理をしておきたかった。
こんなやつがアンデットになったらとんでもないことになりそうだからな。
あとでカレンにファイアを唱えてもらうというのもあったが、ホーリーを選んだのは、より確実に滅するため。なんか火ではダメな気がしたのだ。
クラリスは何も聞かずに頷き、ディクソンが光の柱に包まれ消滅したのを見届けると、ダメーズをおぶってグランザムへ急ぐ。
急ぐといっても半死半生のダメーズ。クラリスがヒールを唱えても命を繋ぎ止めるのがやっとの状態のため、なるべく振動が伝わらないように慎重に向かう。
「東門と南門はもう大丈夫なのか?」
グランザムに戻りながら状況を聞くと、ダメーズにずっと励ましの言葉をかけていたミーシャが答える。
「東門で死人たちと戦っていたら突然死人たちの口から小さい蟲が出てきて……そしたら死人が活動をやめたんだけど、その蟲を見たエリリンが急に喉を掻き毟って……何か叫んでいたけどエリリンが錯乱していてよく聞き取れなかったの」
血が足りなくなったディクソンが、暗黒蟲を戻そうとしたのか! だがなぜエリーがそれを見て錯乱する必要がある!?
「今はお義兄さんが【黎明】とサーシャ先生以外の【暁】メンバーを従えて南門へ向かい、ビートル伯爵は騎士団を従えて街の治安維持に努めているわ」
「分かった。俺からも皆に色々報告しないといけないことがあるが、クラリス、ミーシャ。今見たことは一旦他言無用で頼む」
これは主にミーシャに向けての言葉だ。今も俺の背中にずっと励ましの言葉をかけ続けているミーシャが頷くのを確認すると、ようやくグランザムの街の灯りが見えてきた。










