第418話 死者遊戯
「ディクソン辺境伯だと!? 一体何者なんだ!?」
ガルの防御を無視した攻撃に、アイクが必死に防戦しながら問う。
「人の皮を被った悪魔じゃ。虫も殺さぬような顔をして、やることがエグイわ。こうやって斧を振り下ろすのも痛いし、風に吹かれるだけでも激痛がはしるのじゃぞ。最悪の魔法じゃ」
「ガル先輩! その魔法はなんという魔法ですか!?」
ガルは俺の問いに少し考えた表情を見せるが、相変わらずアイクを攻撃し続ける。
「確か死者遊戯とか言っていたような」
死者遊戯だと!? どこまで死者を冒涜すれば気が済むんだ!?
アイクが防戦しながらも怒気を込める。
「ガル! お前ならそんな魔法解けるだろ!」
「無理なこと言うな。これでも儂はかなり抵抗できている方なのじゃぞ」
確かにこうやって俺たちと普通に話せているガルは他の死人よりは抵抗できているな。
「なぜガル先輩だけ抵抗できているのですか?」
この質問にガルが得意気な表情を見せる。
「死者遊戯という魔法はな。弱い者にしか効かず、儂みたいな強者には効果が弱く、ディクソン自ら近くにいないと完全には操れないらしいのじゃ。もう少し強ければ操られることはなかったじゃろうが、そうしたらこうやってアイクに会うことなく無駄死にしていたと思えば、悪くはないわい」
そういえば行方不明になった者たちは、いずれもCランクパーティ以下、D級冒険者以下の者たちばかりだったな。
アイクが辛辣な表情を見せるが、さらに問う。
「今ガルを操るには近くにいなければならないと言ったな!? ということは!?」
「そうじゃ。ディクソンも来ているぞ。ディクソンがもっと近くに来ると、こうやって自由に話すことができなくなるから、もしかしたらこうやって話せるのは今のうちかもしれんのじゃ」
だからガルはさっき必要なことを先に言ったのか。
「————ディクソンも攻めて来るのか!?」
「いや、それは無いじゃろう。数日前にこんなことを言っておったからの。バカ狸が失敗しても死者たちがいる。死者たちが失敗したら、また次を考えればいいと」
バカ狸というのはポロンのことか。
でも確かに皆から聞いたディクソン辺境伯像を考えるに、直接攻めてくることはなさそうだ。
ダメーズ、ポロン、死者たち。駒のように人を操って、安全な所からそれを笑って見ているような奴だろう。
もしかしたらディクソン辺境伯にとってはグランザムを攻め落とすことなどどうでもよく、こうやって人が苦しんでいるのを見ているのが楽しいのかもしれない。
「マルス! もうそろそろエリーとハチマルを偵察に出しても大丈夫そうだ! クラリスの周囲の死人はもう倒しきった!」
ガルと話している間にクラリスたちが他の死人を葬り、バロンが報告をしてくる。
「分かった! では予定通りエリーとハチマルは東門の偵察へ! エリー! 東門に死人がいたとしても交戦するな! 戻ってこい! ハチマルもだ!」
指示を受けたエリーとハチマルが戦線を脱し、東門へ走る。
「こうも簡単に儂らを葬るとはのう。しかも倒されていった者たちの表情を見ると、苦しみから解放され、成仏していくようじゃ。クラリスとアリスはまさに聖女といったところじゃな」
そうか。風が吹くだけでも激痛が走ると言っていたから、やはりあの2人が葬るということは救いなのだろう。
エリーとハチマルが東門へ駆けて戻ってくるのに5分もかからなかった。
その間、アイクとガルは無言で槍と斧を結ぶ。
まるで槍と斧を伝いながら会話しているようだった。
「……マルス……多分いる……早く行った方がいい……」
エリーがハチマルを連れて戻ってくると、どうやら東門はかなり危ないとのこと。
こんなに早く戻ってきたので視認はしていないのだろうが、しっかりと死人を索敵できたのだろう。この2人の索敵能力は【暁】でもずば抜けているからな。
「こっちもちょうど終わったわ!」
エリーが戻ってくるタイミングで、ガル以外の全ての死人を葬ったクラリスたちがガルを囲むように集まる。
みんなの顔は冴えないが、その中でもクラリスとアリスの表情は一際沈んでいた。
いくら神聖魔法での攻撃が救いだとしても、ガルに止めを刺すのは気が引けるのだろう。
当然俺も2人にガルの止めを刺させるつもりはない。
「みんなはこのまま東門へ! ここは俺に任せろ!」
俺の言葉にクラリスが驚いた表情を見せ、
「でも……」
と何かを言いかけたが、
「大丈夫だ! みんなは東門へ! こうやって迷っている時間ももったいない! 東門を制圧したら南門へ!」
東門へ行くように指示を出す。
ガルだけは俺がやらなければ……少なくとクラリスとアリスにそんな業を背負わせるわけにはいかない。
それでもなかなかクラリスたちは東門へ向かおうとしない。
それを見ていたガルが、
「お主たち。またどこかで」
と言いつつ、アイクのアズライグの攻撃を斧で受けながら、クラリスたちの背中を押す。
ガルの表情は晴れやかで、本当にまた会えるのではないかと期待してしまうものだった。
「……ガルさん。分かりました! またどこかで会いましょう!」
声を震わせながらクラリスが一言声をかけると、エリー、ハチマルと一緒に東門へ駆ける。
カレンとミーシャもガルに一瞥し、クラリスの後を追う。
「ガル! 俺はお前を忘れないからな!」
バロンもそう言い残し、ミネルバと一緒に東門へ走る。
「……ガル先輩」
最後に残ったアリスがガルに声をかけると、ガルが嬉しそうに応える。
「アリス。東門にはアリスが必要じゃ。これ以上儂のような者を増やしてはならぬ。最後に笑顔を見せてくれんかの。アリスの笑顔を見ないと成仏できんわい」
ガルの言葉にアリスも必死になって笑顔を作ろうとするが、アリスは涙を堪えきれず今にも慟哭しそうだ。
「うむ。アリスは優しいな。その気持ちで十分じゃ。さぁ早く行くのじゃ」
死人とは思えない優しい声でアリスに促すと、
「……はい! ガル先輩! また今度!」
アリスが一瞬笑顔を見せ、すぐに振り返り、アリスのことを待ってくれていたバロンとミネルバに向かって走る。
アリスの笑顔を見ることができたガルも満足した表情を浮かべるが、ガルの最後の瞬間は刻一刻と迫っていた。










