第414話 聖女無双
「た、助けてくれぇぇぇえええ!!!」
「きゃぁぁぁあああ!!!」
「血が血がぁぁぁあああ!!!」
騎士団員たちは死人と交戦し、逃げ惑う住民たちの誘導をしている余裕はない。
それどころか死人たちに押されており、死人を抑え込むことができずに街中にまで入ってしまっている。
無理もない。ステータスは死人の方が高く、人数も死人の方が多いのだから。
むしろいくら攻撃しても死なない……いや、活動を止めない死人相手によく耐えている。
「ここは私たちに任せろ! お前たちは住民の避難を!」
アイクが騎士団員に対し命令をする。
「め、メサリウス伯爵!? 承知いたしました!」
騎士団員たちはアイクがここに居ることに驚いていたが、素直にアイクの指示に従う。
「手加減はするな! これは俺たちにしかできないことだ! 俺たちは生前のこいつらを知らない! それにこいつらはグランザムの平和を乱す者たちだ! 手心は加えるなよ!」
アイクが俺たちに発破をかけると、いきなりアズライグを襲ってくる死人の顔面に突き刺し、その勢いで死人の顔が吹っ飛ぶ。
確かにアイクの言うとおりだ。幸いなことに俺が知っている顔もいなかった。
住民たちは逃げながら口々に【東剣】が裏切ったとか、元騎士団員に斬りつけられたと騒いでいる。
やはりこの死人たちの中にグランザム出身者がいるようだ。
ポロンもアイクに続いて土弾を次々と死人の頭に命中させる。
ポロンに関しては全く躊躇いがなかった。
エリーは別のところから奇襲された時のために周囲を警戒し、ブラッドはアイクのフォローに回る。
「怪我をされている方! こちらに来てください! 回復します! また重傷者が近くにいた場合は教えてくだい!」
クラリスの声に怪我人たちが群がる。なんか初めてグランザムを訪れた時を思い出すな。
予想以上に怪我人が多く、1人1人ヒールを唱えるのはさすがに効率が悪い。
仕方ないこととはいえ、中にはクラリス目当てで怪我をしていないのに集まっている輩もいる。
「クラリス、さすがに1人1人は無理だ!」
俺が何を言いたいのか、クラリスも分かっているのか少し照れている。
少しでもそれが和らぐように俺からクラリスを抱きしめに行くと、
「ありがとう」
と俺から視線を逸らし、ラブラブヒールを唱える。
怪我人たちは何をおっぱじめるんだ? というような表情で俺たちを見つめていたが、柔らかな光が包み、怪我が治ると「聖女様万歳!」の大合唱が始まる。
本当はずっとこうやっていたいが、状況は芳しくない。
次々と死人の頭を吹っ飛ばしているアイクだが、死人は頭を吹っ飛ばされても襲い掛かっているのだ。
これにはさすがのアイクも驚き、いったん俺たちの近くまでに下がってくると、ポロンもそれに続く。
しかも吹き飛ばした頭からは、
「イタイ……タスケテ……タタカイタクナイ」
「イタイイタイイタイ」
「コロシテクレ……イタスギル」
涙を流しながら訴えかけてくるが、首から下はアイクに向かって襲い掛かろうとしている。
「————なっ!? こいつら自分の意志で体を動かしているわけではないのか!? それに頭を吹っ飛ばしても活動を止めないとなると……」
アイクが逡巡すると、
「アイク様! アンデットは火魔法が効きます! こいつらも同じであれば火魔法で!」
コディがアイクに進言をする。
「よし、コディ! 火魔法を放つぞ!」
アイクの命令にコディが応える。
「「ファイア!」」
2人のファイアが死人を襲うと、勢いよく死人の胴体が燃え上がるが、吹っ飛ばされた頭からおぞましい断末魔が発せられる。
「「「ぁぁぁああああ゛あ゛あ゛!!!」」」
身の毛もよだつ叫び声に、住民や騎士団員だけではなく、アイクやポロンですら顔が凍り付く。
クラリスに至っては、先ほどよりも強く俺に抱きついてきたので、クラリスの耳を塞ぐように抱きしめる。
確かにコディのいうように、火魔法で胴体は焼失したが、頭からは未だに耳にへばりつくような声が発せられる。これは俺たちも耐えられない。
「クラリス、頼めるか?」
俺の言葉に涙目になりながらも頷くと、今もなお叫び続けている頭に向かって魔法を唱える。
「ホーリー!」
死人の頭の下に魔法陣が発現し、そこから光の柱立つ。
すると耳をつんざくような雄たけびが止み、絶望の表情は安らかな表情に変わると、光の粒子とともに死人の頭が消滅した。
「「「うぉぉぉおおお!!! 聖女様!!!」」」
避難しながらも一部始終を見ていた住民や騎士団員が歓喜の雄たけびを上げる。
だがクラリスの表情は冴えない。
「これで……良かったのかな?」
不安そうな表情を俺に向ける。
「ああ。あの安らかな顔を見ただろう。クラリスが救ってやったんだ」
俺の言葉にずっと堪えていた涙が伝い落ちる。
「よし、次からは俺もやるから……」
こんなに辛いことを1人でやらせるわけにはいかない。俺もやると言うと、
「ダメ! これは私の仕事! ここではマルスは剣聖なのだから!」
クラリスが涙を拭い、俺から離れて次の標的を探す。
だがいくら神聖魔法装備をしていても、この先のことを考えるとホーリーで倒すにはMPが心許ない。
なにしろ俺はMPが完全回復する前に起きてしまったし、クラリスたちにもラブエールでMPを譲渡してしまった。
いくらクラリスが神聖魔法装備でMP消費が軽減されているとはいえ、どうにか節約したい。
「クラリス、魔法の弓矢に神聖魔法を付与することはできないか? 西門だけではなく、北門もこうなっているかもしれない。なるべくMPを節約したいんだ」
かなり酷なことを言っているのは分かっている。
だが、ここで踏ん張らないとこれ以上の悲劇がおきてしまう。
「分かった! やってみる!」
クラリスが魔法の弓矢に神聖魔法を付与してから射ると、白く輝く光の矢が死人の胸を貫く。
死人は活動を停止し、ホーリーの時の様な穏やかな顔を見せて、貫いた胸から徐々に消滅し始める。
「よし! 狙い通りだ! クラリス!? やれるか?」
「ええ! もう怪我人はいないみたいだし、大丈夫よ!」
クラリスを案じるが、クラリスはどこか吹っ切れた表情をし、次々と光の矢を射続ける。
「よし! エリーとブラッドは北門に向かってくれ! クラリスとマルスはここで死人を! 俺とコディ、ポロンは街中に入っていった死人の捜索を……」
これを見たアイクが指示を出すが、アイクに近づき小声で意見を述べる。
「アイク兄。ここは任せてもいいですか? アイク兄とクラリスがいれば西門は安全かと思われます。僕はエリーと北門に向かいたいのですが」
「……確かにそうだな。怪我人も回復できたしマルスの言うとおりだ。ここが落ち着いたら閉門し、俺たちも北門へ向かう」
アイクが俺の意見に賛成してくれ、新たな指示を出す。
「クラリスは俺が守る! ブラッド、コディ、ポロンは死人の捜索を! マルスとエリーは北門へ!」
すぐにクラリスの下に戻り、クラリスに声をかける。
「すまない。北門を見てくる。アイク兄が近くにいるから安全だ。ここは頼んでもいいか?」
「任せて! でもその前に……」
クラリスが再度俺の胸に飛び込んでくる。その小さな肩は震えていた。










