第410話 束の間の平穏
「まさかこのような形で妖狸族のポロンと会おうとは……とにかく中に入ってくれ」
ビートル伯爵の屋敷に着いた俺たちを、ビートル伯爵とアイク、バロン、ミネルバ、そしてサーシャの5人が出迎えてくれた。
ビートル伯爵の言葉のまま屋敷の中に入ると、俺たちの荷物を使用人やメイドが部屋まで持っていってくれる。
応接間でヘルメスの街での出来事を俺から説明すると、ポロンがビートル伯爵へ謝罪の意を述べる。
「本当に申し訳なかったモン! ひとえにオイラの不徳の致すところモン! どんな罰でも受けるモン!」
この謝罪に対し、ビートル伯爵が、
「うむ。謝罪を受け入れよう。しかしまさかそんなことが……人造魔石に魔物化。それに思考も誘導されているかもしれないとは……」
目を丸くしながら唸る。
「だから言っただろう? 間違いなくディクソン辺境伯が一枚噛んでいると」
ダメーズがふんぞり返りながら得意げな表情を見せる。
以前このような態度を取った時、ダメーズをサーシャが注意をしたのだが、ダメーズは恍惚としてサーシャの言葉に聞きほれるだけで、それを見ていたビートル伯爵が呆れて物も言えなかったのだ。
「ディクソン辺境伯とはいったいどのような人物なのですか?」
ディクソン辺境伯の話題が出たので、聞いてみる。
「ディクソン辺境伯はとても穏やかな好青年だモン。相談には乗ってくれるし、何よりその解決策を毎回与えてくれるモン」
ポロンの言葉にダメーズも続く。
「そうだな。確かに穏やかだが、今考えてみるとあの目を見ているとどこか心がざわつく感じがしたな。あと人を認識するのが下手だったと思うが」
「人を認識する? どういう意味ですか?」
「たまに目の前にいる俺が見えていない様子だった」
ダメーズの言葉にポロンがすぐに否定をする。
「ん? オイラの時はそんなことなかったモン。一緒に行った狸族の者も問題なくコミュニケーションが取れていたモン」
2人の話を聞いていたビートル伯爵も続く。
「私もかなり前のことだが会ったことはある。私に対しても友好的で、まさか裏で良からぬことを企んでいるとは、とてもじゃないが思わなかったな。だがダメーズの言ったように人を認識したり、人の名前を覚えたりするのは苦手という印象はあるな」
目が悪かったのが治ったのか? それともダメーズやビートル伯爵と会った時は調子が悪かったのか、はたまた別の理由なのか。
ただ善人面をした悪者ということだけは分かった。
ポロンに副作用の効果を正確に教えることなく渡したのだから。
まぁディクソン辺境伯も副作用を知らなかったという可能性もあるかもしれないが、ヨハンから事前に、ディクソン辺境伯はミリオルド公爵陣営と聞いていたからな。
楽観的に捉えることはどうしてもできない。
「マルス、ちょっと質問があるんだモン? ミーシャのことは紹介してもらったモン。あとの2人……いや4人を紹介してほしいモン」
ここに来るまでの間にカレンとアリスの自己紹介を済ませるつもりだったのだが、ポロンの千人斬り? 発言に興味津々な俺とブラッドが質問攻めをしまくり、自己紹介が遅れてしまったのだ。
「私はカレンよ。フレスバルド公爵家次女でマルスと同じリスター帝国学校3年Sクラスに在籍しているわ」
「申し遅れましたが、アリスです。私はリスター帝国学校の2年Sクラスです。マルス先輩たちの1つ下です。よろしくお願いします」
2人とも婚約者という言葉は口にしなかった。
まぁここに来るまでの間、俺たちの仲を見れば分かるだろうとの判断だと思う。
「私はミネルバよ。2人とは違ってマルス君の婚約者ではないからね」
ミネルバが簡単に挨拶を済ませると、最後にサーシャが自己紹介をする。
「ミーシャの母のサーシャよ。よろしくね」
「まさかサーシャもマルスモン!?」
意味不明な言葉にもサーシャが笑顔を見せて対応する。
「私は違いますよ」
その言葉にポロンだけでなく、ダメーズもホッとしていた。
「————サーシャは違うにしろ、あんな美人2人にエルフ、それにロリ巨乳と年下美女……もしかしたらそこに姫様まで……助けてくれた恩がなければ、確実に呪っていたモン」
近くにいる俺にだけ聞こえるような声量でポロンが呟く。カレンに聞こえていたら消し炭にされていたぞ?
そんなことは露知らず、ポロンは活動限界を迎えたらしく、いつものように目を擦りながら腰を持ち上げる。
「ビートル伯爵、メサリウス伯爵。もうオイラは眠くなってしまっただモン。少し休んでいいかモン?」
ポロンが目を擦りながら2人に言うと、クラリスがフォローする。
「ポロンは魔物化の反動で体がとても疲れやすくなっているので、今後もこのようなことがあるとは思いますが、大目に見てあげてくれませんか?」
ポロンが言った時には訝しげな表情を見せていた2人だが、クラリスの言葉に納得したようで、すぐに寝室をメイドに案内させる。
「ありがとうだモン。もう1つお願いを聞いてほしいだモン。ここにポンゴが捕らわれていると聞いたモン。後で会わせて欲しいモン。オイラを拘束しても構わないモン。どうしてもポンゴに謝りたいんだモン」
部屋から出る間際にポロンがビートル伯爵に対してお願いをするが、ポロンはその答えを聞くことはなかった。
ビートル伯爵が何かを言おうとした時には、もうすでにポロンの意識はなく、顔面から床にダイブするのをブラッドがギリギリで首根っこを掴み回避する。
「おっと! アブねぇ。取り敢えずこいつはそこら辺にぶん投げてくるから。コディ! 手伝ってくれ!」
そう言いながらブラッドがコディと一緒にポロンを連れて寝室へと向かう。
「ここ最近のブラッドの印象は変わったな。最初の出会いが最悪だったからかも知れないが、今はとても頼りがいのある男という感じだな。俺もマルスとの出会いで変わることができた。マルスがいなければ俺も当時のままだと思うと少し怖いな」
去り行くブラッドの背中を見ながらバロンが感心する。
え? 俺と会ったからバロンはこうなっちゃったの!? ミネルバではなくて!?
どうやらそう思ったのは俺だけで、皆バロンのいうことに深く頷いている。
「さて、マルスへのクエストは無事に達成されたが、いつ頃ビラキシル侯爵はグランザムに来るのか?」
「ヘルメスを発つ前にコディの父、ビサン男爵と少し話す機会があったのですが、今回の件、収拾がつくのは時間がかかるだろうとのことで、最低でも1週間はみておいたほうがいいと言われました」
アイクの質問に俺が答える。
「そうか、それではしばらくゆっくりするといい。クラリス。実は街の者たちがクラリスに会いたがっているんだ。もしよければこの機会に顔を見せてやってくれないか?」
俺の答えを聞いたビートル伯爵がクラリスにそう伝えると、
「本当ですか!? 私もみんなに会いたいなと思っていたので嬉しいです! マルス? 行ってきてもいい?」
クラリスが俺に許可を求める。
「ああ。楽しんでくるといいよ」
「ありがとう! じゃあ姫も一緒に来て!」
「なんで妾が!?」
「今回は変化しないでいいから! エリーもお願い。私の故郷をエリーにも見て欲しいの」
突然のフリに驚く姫だったが、クラリスが少しでも魔族との間を取り持とうとしているのは姫でも分かったらしい。仕方なさそうに頷く姫だったが、どこか嬉しそうでもあった。
エリーも二つ返事でクラリスの提案に頷くと、3人で屋敷の外に向かう。
「では僕もお風呂に入ってきてよろしいでしょうか?」
俺がビートル伯爵に聞くと、
「ああ。では用意させる」
すぐに使用人たちが準備に取り掛かると、カレン、ミーシャ、アリスもお風呂に入るとのことで、女性陣の風呂もビートル伯爵が手配をしてくれる。
ビラキシル侯爵が来たら、和解の話やエリーの件で忙しくなりそうだから、せめてそれまではゆっくりしようと思っていたし、できるとこの時は思っていた。
だが平穏が崩れるのはいつも突然のことだ。
それは1人の来訪者から始まった。
 










