第409話 黎明とポロン
2032年6月1日 10時
「ようやく見えてきたわね」
「ああ。なんかホッとするよ」
グランザムが見える位置まで来ると、クラリスから安堵の声が漏れる。
「ほら、ポロン。お前が攻め落としたがっていたグランザムだ。ここから見てもいい街って分かるだろう? なんせ姐さんが生まれた街だからな!」
ブラッドがポロンの背中を叩きながら話すと、痛がりながらも答える。
「痛いんだモン! それに何度もグランザムに行ったことがあるんだモン! 今更何も感じないモン!」
「え? ポロンは初めてじゃないの?」
俺と同じ疑問を抱いたクラリスがすぐに質問すると、
「何度もグランザムには潜り込んだモン。街壁も低いし、何より比較的安全な場所という意識からか、警戒心が低いモン」
警備がザル過ぎる……というよりは、狸族に変化されると、一般人では区別がつかないのは仕方ないことかもしれない。
「ポロンからすればどこの街でも同じでしょ? 変化が使えるんだから」
まぁ同じことを考えるよな。だが、ポロンの答えは違った。
「確かに変化は使うモン。でも他の街ではバレるモン」
ポロンの言葉にブラッドが口を挟む。
「それはおめぇの変化が下手だからだろう? 前に姐さんに化けた奴がいたが、似ても似つかなかったぞ!? 動物になるのは上手くても、人に化けるのは下手なんじゃねぇか?」
「なんじゃと!? 妾の変化はヘルメスでも随一じゃ!」
ブラッドが姫を煽ると、口喧嘩が始まるが、それを無視し、ポロンに問う。
「グランザム以外ではバレるって例えば?」
「そんなに他の街に行く機会はなかったけど、ディクソン辺境伯領の領都ザキデスでは絶対にバレるモン」
ポロンの口からディクソン辺境伯の名前が出てきたから、ちょうど聞こうと思ったら、エリーがぼそりと呟く。
「……来た……」
何が? と聞こうと思ったのだが、エリーの視線の先を辿るとすぐに分かった。
グランザムの街から出迎えに来てくれた暴走エルフが、暴走魔法を使い、俺を目掛けて一直線にすっ飛んできているのだ。
それを見たクラリスとエリーがすっと俺から離れる。まさかあの勢いのまま突っ込んでくると思っているのか?
さすがにいくら暴走エルフでも……どうやら俺はまだ暴走エルフを理解できていなかったらしい。
未来視で視えた光景はさらに勢いを増して、突っ込んでくるミーシャの姿だった。
「マルス!」
風纏衣を展開し、ミーシャの勢いを流そうと、抱きかかえた瞬間に後方に跳ぶが、あまりもの勢いに押し倒されてしまい、ミーシャは俺に馬乗りとなる。
「会いたかった!」
そんなことは関係もなく、ミーシャが嬉しそうに抱き着いてくる。
「ああ、元気だったか?」
ミーシャの嬉しそうな表情に俺も思わず顔が綻んでしまう。
「うん! 今元気になった!」
ミーシャを抱きかかえながら立ち上がると、ポロンが羨ましそうに聞いてくる。
「だ、誰なんだモン!? その美少女……いや、美女は!?」
ポロンは俺に聞いたのだが、ミーシャがすぐに自己紹介をする。
「あ、私はミーシャっていうの。マルスの婚約者だよ」
多分ミーシャはポロンのことを子供だと思っているのだろう。魔物化する前から低かったが、魔物化解除されたら更に身長が低くなったから無理はないな。
「さ、3人もいるのかモン……別に羨ましくないモン! オイラだってマルスくらいの歳にはいっぱい……っ!?」
そこまで言いかけるとポロンの顔つきが急に変わり、いきなりグランザム方面に魔法を唱える。
街からやってきたのはミーシャだけではなかったのだ。
もしかしたらこうなるのではないかと、予め予想はしていたのだが、まさかここまでポロンの決断が速いとは思わなかった。
「土弾!」
ポロンの放った土弾が一匹の狼に向かって放たれる。
(ウィンド!)
俺のウィンドがポロンの土弾を弾くと、ポロンが俺を責め立てる。
「マルス! 気でも触れたのかだモン! 色は違うけどあれは火喰い狼と言って、ウルドよりも手強い魔物だモン!」
再度ポロンが火喰い狼に向かって土弾を放とうとすると、ポロンの前にはすでにクラリス、エリーが立ちはだかり、ポロンが魔法を唱えようと突き出した右手に姫が手をかける。
「ポロン、やめるのじゃ」
「——どうしてだモン!?」
姫の言葉に納得のいかないポロンが強い口調で姫に説明を求める。
「……妾を信じることができるのであれば、何もしないで見ておれ。ポロンが思うようなことには決してならぬ」
「わ、分かっただモン……姫様のことは一番信用しているんだモン」
そう言いながらも、ポロンはミーシャの後を追いかけてくる者たちを警戒している。
まぁ当然だよな。それも常日頃から魔物と戦っているポロンからすれば猶更だ。
「マルス!」
「先輩!」
ミーシャの次に俺の胸に飛び込んできたのは、カレンとアリスだった。
「ミーシャ! 抜け駆けはダメだってあれ程言ったじゃない! 罰として今日は私とアリスがマルスの隣で寝るわよ!」
「文句は言わせませんからね!」
「えーっ! だって会えると思ったら我慢できるわけないじゃん!」
3人が俺の胸の中で口論を始めるが、表情は柔らかかった。
そしてポロンが魔法を放った者……いや、狼はというと、自身に魔法を放ったポロンを警戒しながらも、クラリスとエリーの可愛がりに嬉しそうに尻尾をぶん回す。
「————信じられないことが、2つ同時に起きたモン……1つは魔物が懐いているモン……もう1つは……」
そう言いながら俺の方をじっと睨む。
まぁいつものことだから慣れたけどね。
「ねぇ? モンモンも自己紹介してよ」
俺を睨んでいたポロンが気になったのか、ミーシャが聞くと、カレンとアリスもポロンの方に向き直る。それにしてもモンモンって……猿じゃないんだから。
「そうね。ハチマルに土弾を放ったのあなたね? マルスがいなければ消し炭にしていたわよ?」
「ぼく? 魔法は危険だからむやみやたらに使っちゃダメだよ?」
カレンとアリスもミーシャに続く。
分かって欲しいのが、みんなポロンをバカにしているわけではない。俺も何も知らずにポロンを見たら、同じような態度を取っていたかもしれない。
「オイラを子供扱いするなだモン! オイラは妖狸族のポロンだモン! 元狸族の族長で54歳だモン!」
「まさかぁ。お姉さんたちを揶揄っちゃダメだよ?」
ミーシャがそう答えるが、
「み、ミーシャ。どうやらこの子……ポロンの言っていることは本当だわ……でもなんで敵の親玉が一緒に!?」
ポロンを鑑定したのだろう。カレンがミーシャを諭す。
「カレンまで私を揶揄って……って? えっ!? 本当なの!?」
最初は担がれているものだと思っていたようだが、カレンの表情を見てミーシャも信じたようだ。
「ああ、本当だ。とにかくグランザムに戻りながら話そう。だけど簡単にだ。特にポロンのことはグランザムに戻ってからしっかり話そうと思う。アイク兄やビートル伯爵にも説明しないといけないから、ここで説明すると2度手間になりそうだからな」
「——本当なんだ……こんな子供みたいなのが……」
まだ信じられないという表情でミーシャが呟くと、ポロンがムキになる。
「子供子供ってうるさいモン! オイラにはもう何人も……いや下手をしたら何十人も子供がいるんだモン!」
まぁこれは嘘だろう。ここにいるほとんどの者がそういう表情をしていたが、それはこの言葉によって驚きと羨望の眼差しに変わる。
「ん? お主らポロンの言うことを信じておらぬのか? 今言ったことは本当じゃぞ?」
姫の言葉にコディも続く。
「ああ。妖狸族との間に子供をもうければ、強い子供が産めるかもしれないからな。昔は他の街からポロンを求めて何人もの女性がヘルメスにやってきていたという話は聞いたことがある。イセリア大陸で生き残るためには、いかに強い子供を産むかも重要なんだ!」
俺とブラッドのポロンに対する評価が一変した瞬間だった。










