第406話 追放
「わっはっはっは! まさかマルスが姐さんの風呂を覗いて張り倒されるとはな!」
目が覚めると、俺はブラッドにおんぶしてもらっていた。
心地よい振動がブラッドの背中から伝わってくる。
「マルスはいつもいい思いばかりしているから、罰が当たったんだ! いつでも俺に乗り換えてもいいんだぜ!」
俺の後ろからコディの声が聞こえる。
「ちょっと! そんなんじゃないわよ!?」
クラリスが否定をするが、2人は全く聞く耳を持たない。
「でもそれしか考えられないんだよな。おっと足元は気をつけろよ」
前からコンザの声が響く。
まぁ状況証拠的にそう思われても仕方ないことだろう。俺でも最初に思い浮かぶのは覗きをして張り倒されて気絶したと思うかもしれない。
まさかテンションが上がりまくった挙句に気絶したなんて誰も思うわけがない。
また温泉に長く浸かりのぼせてきたのと、相棒がついに出番かと張り切り過ぎたのも理由の1つかもしれない。
透視眼でクラリスを視た時に気絶したというのもテンションが上がり、心臓が破裂しそうなくらいドキドキした結果なのだろう。
エリーと姫が眠る部屋の隣にコディが同じようなパーテーションで区切った部屋を作ってくれてそこのベッドに寝かされる。
「ブラ、コディ。急に呼び出してごめんね。助かったわ。また明日ね」
クラリスが2人にお礼を言ってからまた部屋に入ってくると、衣擦れの音がし、そのまま俺の隣に入ってくる。
「……ごめん」
ボソッと呟くと、クラリスは俺が起きていたことに気付いていたようで、突然話しかけられても驚くことはなかった。
「ううん。大丈夫。でもどうしたの? 最近よく気を失うようだけどもしかしてどこか悪いの?」
クラリスが心配そうな声で聞いてくる。
「……いや多分だけれども、あまりにも興奮や緊張をして気絶したんだと思う。今回は気絶する前のことも大分覚えているからほぼほぼ間違いないと思う」
温泉でクラリスと会って、ドキドキした事。それが次第に大きくなっていき、次第に痛くなっていったことを正直に伝えた。
するとクラリスは少し恥ずかしがりながらもニコッと笑顔を作る。
「ありがとう。そんなに想ってくれているなんて。今すぐは無理かもしれないけど少しずつ慣れていってね」
ヘタレな俺をクラリスは許してくれた。本当に女神様のようだ。
「うん。おやすみ」
クラリスが寝るまで寝顔を見ながら眠りについた。
2032年 5月30日 7時
「すまなかったな! 貴族街の温泉施設を直した狸族の者は、一般の温泉と同じ造りにしてしまったようで混浴となってしまったようだ」
まるで葬式のように静まり返りながら、俺たちとビラキシル侯爵、姫、ビサン男爵と狐族の面々と朝食を食べていると、ビラキシル侯爵が皆に聞こえるように大声で俺に謝罪をする。
少なくともこれで俺が覗きをしたという疑いは晴れた。
俺としてはそのままでも良かったのだが、クラリスがそれを許さなかったのだ。
さっきエリーにも昨日のことを話したら、エリーも俺のことをヘタレと蔑むこともなく、むしろ次は自分が一緒に俺とお風呂に入る番だと喜んでいた。
「なんだ? マルスは覗いたんじゃねぇのかよ。つまんねぇな」
ブラッドが悪態をつくとコディも便乗する。
「一度くらいは痛い目にあってもいいと思うんだよな」
しかし、それ以上会話は続かなかった。
また痛いくらいの沈黙がこの場を支配すると、いきなり姫がテーブルを叩き、席を立つ。
「バカげているのじゃ! ポロンはディクソン辺境伯に騙されて魔物になったのは皆も分かっておろう!? 謀反を企てたのもディクソン辺境伯と会った頃だと言っておった! ポロンがこの街をどれだけ愛し、どれだけ貢献していたかは皆も分かっておるではないか!」
何故沈黙しているのか。それはポロンの追放が今日の昼に決定したからだ。
ポロンのHPは全快しているが、まだ本調子ではない。
昨日も俺と話している時に眠そうにしていたが、その後ビラキシル侯爵と話している途中で寝てしまったらしい。
ポロン曰く。ここ数年、悪夢にうなされるから寝るのが怖くなり、極力寝ないようにしていたが、昨日は悪夢を見なかったことで反動がおきているのではないかとのこと。
そんな状態のポロンを、魔物がうろつく外に放り出そうとしているのだ。
クラリスも姫の言葉を聞くと、テーブルの下で拳を作り、歯を食いしばりながらじっとこらえている。
俺がその拳の上に手を置くと、今にも泣きそうな顔で訴えてくる。
その顔にはどうにかしてと書いてあるが、それはできない。
グランザムからの使者である俺たちが、ヘルメスの街の住民たちを敵に回すような行動はできないのだ。
しかもポロンに手を貸した者もこの街から追放されるという。
みんなもうどうしようもないということが分かっているから何も言わないのだ。
姫の問いに答える者もおらず、出された朝食にほとんど手をつけないまま朝食を終える。
「マルス、ちょっといいか?」
朝食を終え、席を立とうとすると、ビラキシル侯爵に呼び止められる。
当然のように俺の後からクラリスとエリーがついて来ようとするが、ビラキシル侯爵がそれを止める。
「すまない。マルスと2人で話したいんだ。今回はすぐに終わる」
大人しく2人が引き下がると、ビラキシル侯爵に連れられて狭い部屋に案内される。
「マルスはポロンに何を聞くつもりなのか?」
神妙な面持ちでビラキシル侯爵が聞いてくる。
「ディクソン辺境伯のこと、悪夢のこと、そしてあの人造魔石のことです」
「……そうか。だがもうポロンからそれを聞くことは叶わない」
ビラキシル侯爵が首を振りながら答える。
「——どうしてですか? 僕にお話をさせていただけるとの約束だったではないですか!?」
思わず語気が強くなると、ビラキシル侯爵が申し訳なさそうに頭を下げる。
「すまない! どうしてもポロンを今の住民たちの目には晒したくないのだ! 住民はポロンのことを、まるで魔物を見るような目で蔑む。そんな視線を少しでも浴びることなくポロンにはここを去ってもらいたいんだ。実はもうすでに北門付近の地下に連れて行っている」
そうか……そういうことか。
であれば、もう何も言えないな。
「生意気な言葉遣い、大変申し訳ございませんでした。ポロンのためを思うのであれば、そうしたほうがいいに決まっています」
俺の言葉にビラキシル侯爵がもう一度頭を下げる。
「許してくれ。私はこの件が終わったらグランザムに向かう。その時私がポロンから聞いたことをマルスに話そう。ディクソン辺境伯の事も多少のことは聞いている」
「分かりました」
ビラキシル侯爵の話を聞いてさらに気が重くなり、早くこの場から立ち去りたかったが、ビラキシル侯爵がまだ言葉を続ける。
「その時もこうして2人で頼む。マルスには聞いておきたいことと、どうしても伝えておかねばならぬことがあるのだ」
「聞いておきたいこと? ポロンの件以外でですか?」
顔を強張らせ、うつむき加減のビラキシル侯爵に問うと、
「ああ……1つは魔王になる気はないか? という件と……」
とんでもない言葉が返ってくる。俺が魔王? 人族の俺が魔王なんて無理だろうと思っていると、ビラキシル侯爵は何かを決心したのか、まっすぐ俺を見ながら話す。
「——エリーの件だ」










