第403話 一撃必殺
な、なんだこれは!? この視える感覚はどこかで……
ポロンの胃のあたりにある、小さく黒い物体から心臓のほうに向かって黒いオーラのような物が漂い、刺された心臓がその黒いオーラを浴びて修復されているのが視えた。
まさか人造魔石が心臓を治しているのか!?
エリーが影に潜り、ポロンが一瞬エリーを見失ったが、すぐにこちらを振り向き土弾を連射してくる。
雷鳴剣で斬ろうと思ったが、揺れが収まっていなく、足場が不安定だったのでウィンドカッターで相殺し、エリーに対し叫ぶ。
「エリー! 揺れが収まるまで離れるぞ!」
せっかく接近できたのだが、このまま戦うのはさすがに無理がある。
それに確認したいこともあった。
ポロンを警戒しながらエリーとクラリスのいる所まで後退する。
追撃してくると思いきや、エリーに刺されたところのダメージが大きいのか、後退する俺たちを見ているだけで、揺れも収まった。
「2人とも大丈夫!? 心臓を刺したと思うんだけど!?」
クラリスのところまで下がると、クラリスが俺たちの怪我を心配してくる。
「ああ、だが人造魔石が心臓を修復しているようで……」
「そんな!? じゃあ人造魔石を壊さないと……ってマルス!? もしかして視え……」
しまったという表情をし、クラリスが口を噤む。
俺の天眼のことを知っているのはクラリスだけで、クラリスの口からエリーに伝えるのはまずいと思ったのだろう。
当然俺はエリーのことを信用しているので別に知られてもいいのだが。
「かもしれない。だがいつでも視ることができるわけではないのかもしれない。それに本当に視えたのかも分からない。現に今は何も透けていない。だからクラリスに確認したいことがある。ちょっと変な質問になるかもしれないけど必要なことだから教えてくれ」
「ええ。なんでもいいわよ?」
俺の言葉にどうしたの? という表情を浮かべながら聞いてくるが、視線はポロンから切らすことはない。
「クラリスはリーガンを出てからずっとショートパンツを履いているか?」
「え? ええ。今回はずっと履いているけど?」
本当に変な質問でクラリスが少し驚くが、答えてくれた。
「それは姫と初めて対峙した時もか?」
言葉を発することなく、クラリスは無言で頷く。
「次にリーガンでハンカチを買った時のことを覚えているか?」
「ええ」
「あの時ミーシャが……ピンク色の……その……クラリスにあてがったのを覚えているか?」
どうやらクラリスも何のことか分かったようで、顔を少し赤くして答える。
「お、覚えているわよ!?」
「あの時は買わないと言っていたけど、買ったんじゃないか? 今考えれば店から出てくるのが少し遅かった気がするんだけど……」
確かクラリスがカレンにごゆっくりと言われていたのは覚えている。俺は先に外に出てしまったが、もしかしたらあの時クラリスは買い足していたのではないだろうか?
「な、なんでそんなことを今聞くのよ……ってもしかして? あっ!? 姫と対峙した時!?」
クラリスがスカートを押さえながら、一瞬ポロンの方から視線を切り、俺を可愛く睨む。どうやら俺の質問の意図に気付いたようだ。
「い、いや本当に偶然なんだ。姫が芭蕉扇を扇いだ時になぜか視えて……」
クラリスの表情からもう答えを聞く必要はなかった。やはり視えていたんだ。
ただ発動条件が分からない。俺が望むままに透視眼が発動するのであれば、きっと今頃クラリスは……
「分かったわ。で? どうするの?」
クラリスはすぐに切り替えてくれて質問してくる。
「ああ。考えがある。もしもまだ同じところに人造魔石があるのであれば、そこを突く。だがそこはもう魔物化が進んだところだ。ちょっとやそっとの攻撃では貫くことはできないし、ポロンも何かしらの防御策を講じてくる可能性がある」
エリーが刺した心臓あたりは背中の方から魔物化が進んでおり、すでに心臓から腹部にかけても短い褐色の体毛で覆われていた。
体も膨らみ、胸や腹は相当厚みがでてきた。
「だ、大丈夫なの!?」
「……ああ。今の俺が考えられる最高の攻撃を出すつもりだ。決まれば倒せる!」
そう言ってクラリスとエリーにやろうとしていることを話すと、クラリスは沈黙し、エリーからは猛反対をくらう。
「ダメ! 絶対ダメ! 私がやる!」
エリーが今にも泣きだしそうな顔になり、必死になって俺を止める。
「さすがに1人でやろうとは思っていない。2人の援護が絶対に必要だ。今はこれ以外考えられないし、何よりも時間がない。頼む! 力を貸してくれ!」
そう言いながらも雷鳴剣も構える。
とにかく時間がもったいない。こうしている間にもポロンは傷を癒し、魔物化が進んでいる。
それに揺れが収まっている今がチャンスだ。
勝算は十分にある。でなければこの2人を巻き込んだりはしない。
「……分かったわ! 失敗したら私たちも……!」
黙って俺の言葉を聞いていたクラリスが、何かを決意したような表情で答え、エリーを説得する。
「エリー! 時間がないわ! マルスができるというのだからやるわよ! 私たちのマルスはこんなところで死なないから! 一緒にマルスを守るわよ! 手伝って!」
「クラリスの言うとおりだ。頼む! エリーの力も必要なんだ!」
俺とクラリスの説得に、涙を堪えながらエリーが頷く。
「ありがとう! 2人にやって欲しいことは、魔法をギリギリ凌げるくらいの距離まで近づいて、とにかくポロンの注意を引いてくれ! 何発か魔法を耐えてくれれば、俺が決める!」
2人は返事もせずに、こちらを睨みつけるポロンに向かって走り出す。
俺もすぐに鳴神の法衣に雷魔法を付与し、時を待つ。
この魔法を使うのはアルメリア迷宮のボス部屋以来で久しぶりだ。考えてみればいつもピンチになるとこれだな。しかも鳴神の法衣と一緒に使うのは初めてだ。かなり体に負荷がかかるだろう。
そう思いながら2人の戦闘を見守る。
エリーを前にし、クラリスが魔法の弓矢でポロンの土弾の威力を軽減し、減衰した石弾をエリーが躱しながら前に進もうとする。
だが、ここで誤算が2つ起きる。
1つ目はポロンの魔物化が進み、魔力が上がったせいか、クラリスの魔法の弓矢2射でも、ポロンの石弾を相殺できなくなっていた。
そしてもう1つの誤算は、威力を十分に殺しきれていない石弾が飛んできているにも関わらず、エリーはポロンに向かって走る。
「エリー! 行きすぎよ! 下がって!」
クラリスの悲鳴にも似た叫びが届いていないのか、聞く気がないかのか分からないが、エリーは構わずポロンに接近するが、ここでエリーが恐るべき身体能力を見せつける。
クラリスが2射しても相殺できなかった石弾を見たエリーは、表情を変えることなくギリギリで躱すと、まるで未来視を使っているかのような動きでポロンから発射される石弾を躱す。
「なっ!?」
思わずエリーの力強く、しなやかな動きに声が出てしまう。
考えてみれば、ポロンは筋力、魔力、器用、耐久値は上がるが、敏捷値は下がっていく。
そんなポロンがエリーの動きについていくのはかなり難しいらしく、エリーはポロンの視界に止まることなく動き続けている。
そんなエリーに対し、ポロンは苛立ちを表し、右足を強く地面に踏みつけると地面が揺れる。
地震だ!
やばい! これだとエリーの速さが……と思ったが、エリーは空を駆けあがる。
そうか! 風のブーツか! エリーは風のブーツの効果で空を駆けることができるのをすっかり忘れていた。
しかしエリーのMPは少ない。先ほどカルンウェナンの効果を使ってMPを大幅に減らしてしまっている。
もう何歩も空を駆けることはできない。
そう思った時だった。ポロンが空を駆けているエリーに照準を合わせるように右手を掲げたのは。
それと同時に揺れが収まる。
今だ! ここしかない! エリーが命を懸けて作ったチャンスだ!
「神威!」
鳴神の法衣に雷魔法を付与した状態で、神威を使う。これが今俺のできる最高速度の攻撃だ。
久しぶりの神威は自分でも分かるくらい、金色の粒子……いやオーラが俺を纏う。
これも雷魔法のレベルが上がり、魔力も上がったからもしれない。
全ての音を置き去りに、ポロンへ特攻する。
あまりもの加速に前後Gが体にかかる。
神威の効果で俺の筋肉が断裂していく音が体中に響く。
ヤバい! 前後Gと筋肉が断裂していくせいで、ポロンの所に辿り着いたころには、雷鳴剣を突き出すことができずに、ポロンにただ体当たりをするだけになってしまう!
もしかしたらその前に足の筋肉が断裂して……そう思った時だった。
クラリスの近くを通り過ぎようとした際に体が楽になったのは。
クラリスは俺が通り過ぎる時に、俺の腕に少し触れたのだ。
そしてクラリスの手からはヒールの優しい光が見えた。
俺が何の説明もしなくとも、クラリスは俺が何をするつもりか悟ってくれたのだ。
(いっけぇぇぇえええ!!!)
心の中でそう叫び、雷鳴剣を突き出そうとすると、エリーに狙いを定めていたポロンがようやく俺に気付く。
すぐに石の塊を体の前に発現させようとするが、神威と鳴神の法衣の効果がそれを上回る。
もらった!
しかしここでまた俺の目に人造魔石が映る。
驚くことに人造魔石は先ほどの場所から移動しており、より心臓に近いところにあった。
くっ……でもこれくらいなら!
筋肉が断裂していく音と共に、雷鳴剣の突き出す軌道を人造魔石に乗せると、雷鳴剣は褐色の体毛を抵抗もなく突き進み、人造魔石ごとポロンを貫き、勢いが余ってポロンに覆いかぶさるように倒れこむ。
倒れた時の衝撃で突き刺さっていた雷鳴剣がポロンから外れる。
俺の下敷きになっているポロンを見るとまだ息がある。もしもまだ人造魔石の効果が残っていたとしたら……。
そう思い雷鳴剣を再び手にしようとするが、予想以上に体にダメージが残っていたのと、雷鳴剣で貫いた際、人造魔石は体外に排出され、今はポロンの背中の下敷きになっているのが視えた。
これならもう魔物化することはないだろう。
そう思い、ポロンの上から転がり俺も仰向けになると、
「ありがとう」
ポロンから聞こえた気がした。










