第401話 魔魅
「ぐ……ぐぬっぁぁぁあああ!!!」
ポロンが小さな黒いものを飲み込むと、フラフラと後退し、喉を掻き毟り、苦しみながらも体が膨れ始める。
少しでも隙を見せたら飛び込んで首を刎ねようと思ったのだが、苦しみながらも眼光鋭く俺を睨んでくる目は、まるで魔物のようだ。
「マルス! ポロンが今飲んだものって!?」
ポロンの様子を見て不安になったクラリスとエリーが駆け寄り、いつものように俺の左右に収まる。
「ああ、かなり小さいがあれは人造魔石だ。まさかポロンが持っているとは夢にも思わなかった」
「確かにそうね……ヨーゼフの人造魔石とは明らかに大きさが違うものね」
クラリスが同意してくれると、エリーも頷く。
すると俺たちの後ろからポロンを心配する姫とビラキシル侯爵の声が聞こえてきた。
「ポロンはどうしたのじゃ!? 突然苦しみ始めたと思ったら……な、なんじゃあれは!? ポロンの腕が……まさか魔物化しておるのか!?」
「まさか!? 呪術でも魔物にだけは変化させられないのに……」
手の爪が黒く鋭く、腕が褐色の体毛に覆われ始めたポロンを見て2人は驚いている。
「どうやらそのまさかです! ここは危険なのでビラキシル侯爵と姫は下がってください! クラリス! エリー! 悪いが一緒に戦ってくれるか!?」
ビラキシル侯爵と姫は下がることはしなかったが、ビラキシル侯爵が姫を守る様に姫の前に立つ。
クラリスは魔法の弓矢を、エリーはカルンウェナンを構えてそれぞれ、
「当然よ! マルスが参戦するなと言ってもするわ!」
「……うん……!」
2人が答えてくれる。
「よし! ポロンが魔物化する前に倒すぞ!」
ヨーゼフよりも遥かに魔物化が速い。もしかしたら魔族だからなのかもしれないし、ヨーゼフが魔物化に抵抗していたのに対し、ポロンがそれを望んでいるからなのかもしれない。
そう思いながら雷鳴剣と氷紋剣を再び抜いた時だった。
「ポロン様! 大丈夫ですか!?」
「1対3とは卑怯な!」
「ポロン様! 援護致します!」
北東にいた4人の狸族の者たちが内壁を越えて不用意にポロンに近づく。
そのうちの1人はポロンのことよりもクラリスとエリーの方が気になったようで、視線が俺の左右を行き来てしている。
そしてそいつに悲劇が起こる。
「オイラガァァァ!!! ヒメサマヲォォォ!!! グランザムゥゥゥオオオ!!!」
ポロンの鋭い眼光が俺から応援に来た4人に移ると、無詠唱の土弾がクラリスとエリーに視線を奪われていた者のわき腹を貫通した。
「ぐっ……な、なにが……」
狸族の男は何が起こったのか分からぬままその場に倒れると、それを見ていた3人に動揺が走る。
「い、今のはポロン様が!?」
「そんなわけない! あいつらが……」
「ぽ、ポロン様……その目と腕は……」
信じられないという言葉を発するが、さらにポロンの土弾が狸族の者たちを襲うと、
「ひ、ひぃぃぃいいい!」
「ば、化物!」
「魔物だぁ!」
3人はその場に倒れこんでしまった者を置き去りにし、脱兎の如く逃げようとするが、ポロンは逃げることを許さなかった。
石砦で逃げ惑う3人を囲み、石砦を崩壊させる。
要は周囲を囲っていた石の壁が崩れて、3人が生き埋めになったのだ。
「た、助けてくれ」
「足が潰されて……」
「もう終わりだ」
生き埋めになった3人が助けを求めるが、非情にもポロンは更に巨大な石畳みを空中に発現させ、生き埋めになった3人を押しつぶそうとしている。完全に3人を敵とみなしているようだ。
だがこんなチャンスを逃がす俺ではない。
ポロンの視線が俺から外れた時から、ゆっくりと音を立てずにポロンに忍び寄り、ポロンまでもう5m。首をしっかり狙える位置にいる。
そしてポロンが腕を振り下ろし、巨大な石畳みが3人を押し潰そうかという時に俺も動いた。
一気に距離を詰め、背後から首を刎ねようと雷鳴剣を振り抜こうとすると、目の前に石弾が現れる。
それは未来視でお見通しだ!
雷鳴剣に雷魔法を付与し、石弾ごとポロンの首を斬ろうとしたが、予想以上に石弾の威力が高く、剣の軌道がわずかに逸れ、ポロンの右肩を斬るにとどまった。
しかし手ごたえは十分だ! これで右肩はもう上がるまい!
ポロンの肩口から鮮血が吹き上がる……が、なんとその傷口がすぐに褐色の体毛により覆われる。
「なっ!?」
瞬時に傷口が治った!? そんなわけない! 一時的に体毛で傷口が塞がっただけだ! もう一度同じところを攻撃すれば傷口が開くはずだ!
そう言い聞かせ同じところにウィンドカッターを放つ。この至近距離であれば躱すことはできないはずだ。
(ウィンドカッター!)
一瞬で発現したウィンドカッターが、再度同じところに直撃するが、数本の褐色の体毛を切るだけで、まったくダメージを与えられなかった。
嘘だろ!? 俺のウィンドカッターが!?
目の前で起きたことが信じられなく、一瞬戸惑うと、俺の影からエリーが出てきて、即座にポロンの足をカルンウェナンで斬りつける。
エリーも手ごたえがあったのか、いつものようにヒットアンドアウェイで下がるが、下がった時にはもう斬りつけたところが褐色の体毛で覆われていた。
「……嘘……!? 凄い手ごたえ……」
エリーも信じられないという表情でぼそりと呟く。もしかしたら体毛で一時的に体毛で傷が覆われているのではなく、本当に回復しているのか?
「エリー! むやみに傷を与えてはダメかもしれない! 一旦クラリスの所へ下がるぞ!」
エリーと一緒に下がろうとするが、ポロンは先ほどの狸族の3人と同じように石砦で俺とエリーを閉じ込めようとする。
事前に未来視で視えていた為、エリーのくびれ部分に手を回し、風纏衣を展開、鳴神の法衣に雷魔法を付与し、石砦が発現する前にクラリスの下に戻る。
「ごめんなさい! 思わず結界魔法使ってしまったわ!」
クラリスの所に戻り、エリーを下ろすと、クラリスがすぐに謝ってくる。
どこで? 誰に? と思うとクラリスが俺に抱きついてきて小声で魔法を唱える。
「ラブラブヒール」
ラブラブヒールの光が周囲を囲む。
誰にラブラブヒールを? そう思いクラリスの視線を辿ると、生き埋めになっていた3人の狸族に向かっていた。
3人はまだ生き埋めになってはいるものの、巨大な石畳の下敷きにはなっていなかった。
そういうことか。クラリスは3人に結界魔法を使ったのか。3人の周囲には巨大な石畳の残骸と思われる大きな石の塊が散らばっていた。
だからごめんなさいと言ったのか。クラリスとしても意志とは関係なく、体が勝手にという感じだろう。
「ま、まさかあれは……魔魅か!? だとしたら最悪の相手だ……」
クラリスの後ろにいたビラキシル侯爵が声を震わせながら呟く。
「魔魅とは何ですか!?」
怒鳴る様に聞くと、
「魔魅とは幻大陸に住む脅威度Sの4足歩行の魔物だ……褐色の体毛に覆われ、魔法に耐性があり、悪魔族ですら倒すことができないと言われている魔物だ……」
魔法に耐性だと!? 厄介な!
石砦に俺たちが取り残されていると思い、その上から大きな石を何度も叩きつけているポロンを見る。
腕から手にかけては完全に褐色の体毛で覆われており、俺が斬った肩口、そしてエリーが斬った足からも褐色の体毛が広がってきており、時折両手を地面につき、犬のように4足歩行のような態勢になる。
「どうやったら倒せるのですか!?」
ビラキシル侯爵に聞いても侯爵は首を振るだけだった。
くそ! 今の所打つ手なしか!
でもこのままいたずらに時間が過ぎていくのはまずい。倒すなら今しかないのだ。
「2人とも、今からポロンを鑑定する。ポロンは俺たちがまだあの石砦の中にいると思っているが、鑑定するとバレるからな。準備はしておいてくれよ!」
2人は無言で頷き、得物を構えたので、ポロンを鑑定すると思っていた通りの鑑定結果だった。
【名前】ポロン・マラカス
【称号】-
【種族】魔族(妖狸族)・魔魅
【脅威】A+
【状態】-
【年齢】54
【レベル】65
【HP】208/208
【MP】0/924
【筋力】135
【敏捷】42
【魔力】168
【器用】120
【耐久】199
【運】1
【特殊能力】土魔法(Lv10/A)
【特殊能力】HP回復促進(Lv10/A)
【詳細】半人半魔。全魔法耐性。










