第397話 男の戦い
「お前のような軟派な奴の攻撃など、硬派な俺には効かぬわ! 実力差を思い知ったか! このフニャ……」
「マルス! 大丈夫か!? お主でもポコラスは無理かの?」
ナイスタイミングで姫が声をかけてくれる。
「ええ……手が少し痺れましたがもう大丈夫です。ですが本当に硬いですね。剣の腹での攻撃は通じないでしょう。どうやってダメージを与えればいいのか今のところ見当もつきません」
正直、ウィンドカッターを使えば硬質化を使われても真っ二つにできるかもしれない。他にもファイアストームを発現し続けるという手もあるかもしれないが、街中でファイアストームは避けたいし、なるべくなら殺すのは避けたい。
なるべく殺さないようにというのは、人を殺したくないというのもあるが、一番は情報源を失うことのほうが大きい。ポコラスは俺たちが知らないことを知っている可能性があるからな。
そんな思いを巡らせながら姫の質問に答えると、姫が意外な言葉を発する。
「うむ……やはり相性というのはあるのじゃな。この前マルスがあっさりと捕えたポンゴはポコラスと模擬戦をすると絶対に勝つと聞いたことがある。そのポンゴよりも強いマルスがポコラスに苦戦するとは……」
ポンゴがポコラスよりも強い!? ということはポコラスのこの硬さに、ポンゴは対抗できる手段があるということか!?
もう身を隠す必要はないため、ポコラスの弱点を探るべく鑑定をしてみる。
【名前】ポコラス・マーラー
【称号】-
【身分】魔族(怪狸族)・平民
【状態】良好
【年齢】261
【レベル】63
【HP】252/252
【MP】204/208
【筋力】80
【敏捷】65
【魔力】50
【器用】122
【耐久】152
【運】1
【特殊能力】体術(Lv8/C)
【特殊能力】呪術(Lv1/F)
【特殊能力】土魔法(Lv5/E)
ん? 思ったよりもステータスは低いのか。耐久値は予想通りだったが、筋力値、敏捷値は予想よりかなり低かった。そしてそれ以上に……もしかしたらこいつの弱点って……。
「マルス、無理はしなくてもいいのじゃ。ポコラスを引き付けるだけでも十分なのじゃ」
姫が俺を気遣ってくれるが、そういうわけにもいかない。
「ありがとうございます。ですが少し試してみたいことがあります」
再びポコラスの前に立つと、ポコラスが俺を嘲る。
「なんだ? 大人しく降参すればいいものを。さっきので実力差が分からないとは…‥あれがフニャフニャだと、攻撃も頭の中もフニャフニャなのか?」
さっきの攻防で完全に俺を見下している。まぁ油断してくれているのであればいいが、あまりいい気はしない。
そしてそう思ったのは俺だけではなかったようだ。隠れていなければならないはずのエリーが、カルンウェナンの効果を使い俺の影から出てくると、ポコラスに向かって、
「……マルス……バカにする……許さない!」
俺がポコラスに言われたことを聞いていたようで、激昂していた。
「ん? お前どこかで見た気が……俺がお前のような美女、大きさを忘れるはずはないのだが……まぁいい。今日からお前はそこの軟派野郎ではなく、この俺の硬さに惚れることになるのだ! そしてお前も思い知るだろう! 男は硬さがすべてだと!」
ポコラスがエリーの顔と胸を交互に見て、にやけながらエリーを煽る。どこが硬派だよ……。
それにエリーをそんな目で見るなんて、絶対に許さん!
「エリー、さすがに今のは俺でも頭にきた。ここは俺に任せてくれ。考えがあるんだ」
怒りで震えるエリーの肩の上にそっと手を置くと、エリーが俺の手を愛おしそうに頬擦りしながら答える。
「……うん……でも……許さない……クラリスも怒ってる……」
確かにクラリスもこういう輩は絶対に許さないだろう。何年か前の新入生闘技大会のクラリス対クロの試合が脳裏に過る。
「クラリスはどうしている?」
「……内壁の向こう……必殺の一撃……魔法の弓矢を構えてる……クラリス本気……こいつ……3人目……」
3人目? クロ以外にも犠牲者っていたっけ? まぁそれは今考えることではないな。
「分かった。ここで姫と一緒に見ていてくれ。あとできるのであれば、クラリスには自重するよう伝えてくれ」
エリーに言うと、肩に置いた俺の左手の甲に口づけをし、姫のところまでエリーが下がる。
俺はというと、右手に持っていた雷鳴剣を鞘にしまい、ポコラスの前まで歩く。
「ほう。気でも狂ったのか? 俺に得物なしで挑もうだなんて」
「硬さ以外、何もとりえもない人を虐めるのは僕の性に合わないものですから。男は硬さだけじゃダメだということを思い知らせてあげますよ」
俺の煽りに今度はポコラスが顔を真っ赤にしながら怒り狂う。よっぽど硬さにこだわりがあるんだな。
「後悔させてくれるわ!」
ポコラスは口から泡を飛ばしながら、襲い掛かってくるが、敏捷値が低いため、その動きはポンゴよりも遥かに遅い。
さらにポコラスは頭に血が上っているため、モーションが無駄に大きく、未来視を使わずとも次に何の攻撃がくるか容易に分かる。
いくらポコラスの体術レベルが高くとも、俺だって剣王の称号を持つ接近戦のスペシャリストだ。組まれない限りそんな怒りに身を任せた攻撃など恐れるに足りない。
ポコラスの大ぶりの攻撃を何度か躱していると、更にポコラスが激怒する。
「ちょこまかと動きやがって! 男なら正々堂々と正面から殴り合え!」
もうそろそろ頃合いか……。
「では、リクエストどおり……」
そう言うと、風纏衣と魔力眼を使い、殴りかかってきたポコラスの右拳に俺の右拳を合わせる。
(痛ってぇぇぇえええ!!!)
魔力眼を使い、ポコラスが硬質化を発現させていない状態を確認してから迎え撃ったのだが、この痛さだ。
しかも俺はある程度の痛みを覚悟していたにも関わらず、思わず口から呻き声が漏れそうになってしまうほどだった。
やはり拳を鍛えている者と、そうでない者との差が出たか……ブラッドとの戦いのときはステータス差でごり押しできたが、ポコラスは無理なようだ。
しかし風纏衣を纏った俺の拳の威力もポコラスに伝わったようだ。
ポコラスも拳を痛めたらしく、右手の握力を確かめるようにグーパーしながら俺の方を見ている。
「貴様……拳はフニャフニャだが、力だけは強いようだな。少し油断していたが、本気でやってやろう」
先ほどまで俺のことを見くびっていたポコラスの雰囲気が変わると、今度は俺から仕掛ける。
先ほどのポコラスと同じように、右拳を作り突進していく。
当然ポコラスもそれを迎え撃とうとするが、先ほどとは違い、ポコラスの右拳に魔力が伝っていくのを魔力眼で捉えると、今まで大声で話していたポコラスからは想像もできないくらい小さな声で、
「硬質化」
と俺に聞こえないように言葉を発する。
さっき雷鳴剣の腹で、フルスイングした時は気づかなかったが、意外にこいつも芸の細かいことをしているんだな。
硬質化を発現させていない状態でも、あれだけ痛かったのだから、このまま殴ったら間違いなく俺の拳は砕けてしまう。
もちろんそんなどこかの勇者様みたいな趣味はないので、勢いを殺し、拳を開き、ポコラスの拳を右の手のひらで受け止める。
「っ!? 貴様!? 日和りおって!」
拳と拳が交わらなかったことにポコラスは不満を漏らすが、そんなこと俺には関係ない。
身をかがめてポコラスの懐に入った俺は、今度は左拳を作り、がら空きの肝臓へのリバーブローを試みる。
しかしポコラスはそれにも反応する。またも魔力がポコラスの体を伝い、左腹に魔力がたまっていくのが分かる。
硬質化ってかなり融通が利く魔法なのだな。体全体を硬くせずに、一部を硬くすることで、消費MPを抑えることができるのかもしれない。
またもポコラスは驚くほど小さな声で「硬質化」と唱えるが、当然俺も拳を開き、ポコラスの岩のように硬い腹を軽く叩くに止めた。
「貴様!? もしや!?」
どうやら俺の狙いに気付いたポコラスが距離を取る。意外に頭が回るのな。
しかし、狙いがバレたところで、それを肯定してやるほど俺はお人よしではない。
構わず俺はポコラスに襲い掛かり、ポコラスが硬質化を発現させると、自分の拳を痛めぬよう拳を開き、手のひらで引っ叩く。
そう、俺の狙いはポコラスのMP切れ。つまり持久戦だ。
「貴様……ポンゴと同じようなことを……しかし貴様はポンゴとは違い接近戦オンリーだろう? ポンゴのようにずっと遠距離から魔法攻撃をすることができないのであれば、いつかはお前の拳を俺の硬質化が砕く!」
やはりポンゴも持久戦で戦っていたのか。
ポコラスのMPは低いから、部分的に硬質化させても、50回くらいしか硬質化を発現させることはできないだろうからな。
「男は硬さだけはダメだということを僕が証明して見せますよ」
再度宣言し、ポコラスに襲い掛かると、ポコラスは左手を口元に当て、右手だけで俺と戦おうとする。
どうやらポコラスは魔法を唱える時に、俺が口元を見ていると思っているらしい。
確かに口元を見ていたが、それはあくまでも答え合わせのためだ。もう完全に魔力眼で見切っているため、ポコラスの口元を見る必要はない。
それを知らないポコラスが、またも勝ち誇ったような表情で語り掛けてくる。もう攻撃態勢に入っている俺に対してだ。
「どうだ! こうやって俺が口元を隠していれば、いつ魔法を発現するか分か……ぐはっつ!!!」
当然話している最中に魔法を発現させることは、無詠唱魔法が使えない限りできないだろうから、風纏衣を纏った俺の右の拳がポコラスの腹を穿つ。
戦闘中、しかも俺が襲い掛かっている最中に講釈を垂れるのが悪い。
「ちっ……運のいい奴め……たまたま俺が硬質化を使わない時に……ぐはっっっつつつ!!!」
同じところに俺の右の拳が刺さると、かなり効いたようでポコラスは思わず両手を腹にあてる。
たまらずポコラスは距離を取ろうとするが、そこを見逃す俺ではない。
ポコラスが硬質化を使った時は、拳を開いて平手打ち、硬質化を使わなかった時は構わず殴るを繰り返す。
当然ポコラスは俺が魔力眼で見切っていることに気付かず、最初は右手一本で応戦してきたが、俺を捉えられるわけがない。今は両手で口を塞いで硬質化を唱える時の声を必死に隠している。
これはサンドバックというやつだな。痛みに耐えきれなくなったポコラスはずっと硬質化を使うようになり、みるみるMPが減っていく。
そしてもう硬質化が発現しなくなり、ついには亀のように地面に丸くなる。バックマウントポジションといえば分かるだろうか。
「勝負ありましたね。男は硬いだけではなく、持久力も必要ということが分かりましたか?」
本当は火精霊の鎖で縛りたかったのだが、あいにく火精霊の鎖は先ほど捕えた狸族の男を縛るのに使ってしまっていて、手元にはない。今はコディが持っている。
ポコラスの返事を待たず、雷鳴剣で気絶させようと鞘から抜くと、ポコラスが最後のあがきを見せる。
「いや! 男は硬さだ! あの女で証明して見せる!」
ポコラスはそう言い放つと、エリーを目掛けて走る。まぁ俺の予想に中に入っていた行動だ。戦闘中、いつエリーの方に走り出すのかと警戒していたくらいだしな。
どう考えても俺の方が敏捷値も高いし、今のポコラスに負けるエリーではない。
だが、ポコラスをエリーに近づけたくない俺は風纏衣を纏い、念のために未来視を発現させると、恐ろしい未来がポコラスを待っていた。
「避けろ!」
思わず俺がポコラスに対して叫ぶが、当然俺の言葉をきくわけがない。
そして次の瞬間、南西の内壁から放たれた必殺の一矢がポコラスのビキニパンツを貫く。
『ぐしゃっ!』
どこか金属を潰したような音が鳴り響くと、ポコラスはその衝撃に思わず前のめりに倒れる。
もう何が起きたか分かるよな。クラリスの魔法の弓矢がポコラスのビキニパンツを貫いたのだ。
クロに続いて2人目か……そう思っていると、前のめりに倒れたポコラスの方から『チョロチョロ』と水が流れる音が聞こえる。
ん? 何の音だ? と思ってポコラスの方を見ると、その体格から見合わないショートソードから水が流れているのだ。あまりにも小さ……かわいらしいからクラリスの正確無比な一撃にかすりもしなかったのだろう。
あのふくらみは金的パッドか。直撃した時の金属音も頷ける。
「……男は硬さ……硬さがすべてだ」
硬さでしか勝負できない男が、何度も何度も地面を叩きながら吠えていた。










