第378話 変化
いつものように俺が座るソファの右隣にはクラリス、左隣にはエリー、クラリスの後ろにはカレンが立ち、エリーの後ろにはミーシャ、そして俺の後ろにはアリスが立つ。
サーシャはアイクの近くに座り、ダメーズはサーシャの顔が盗み見できる絶好のポジションを取り、残る姫はというとビートル伯爵に声をかけられビートル伯爵の隣に座る。
ハチマルはというと庭で遊びながら不審者が侵入してこないか警戒をしている。まぁ伯爵邸に侵入する輩なんていないと思うが、もしかしたらポンゴが単独犯でなかった時の保険だ。
「さて、みんな揃ったところで、改めて自己紹介をしよう。俺はメサリウス伯爵家当主アイク・ブライアントだ」
すぐにアイクがこの場を仕切り、自己紹介をするとビートル伯爵に視線を向ける。
「私は、グランザムの領主でもある、ビートル伯爵家当主ラウル・グレイスだ」
今度はアイクが姫に視線に向けると姫が立ち上がり挨拶をする。
「妾はビラキシル侯爵家長女ヒメリ・クラマじゃ。姫と呼ばれておるが、何と呼んでもらっても構わん」
「じゃあペチ……」
「それだけはダメじゃ!」
ミーシャの言葉を即座に姫が遮る。
「分かったよ……偽ち……」
「それもダメじゃ! 姫じゃ! 姫と呼ぶのじゃ!」
またもミーシャの言葉を遮る。ミーシャも姫に突っ込まれて嬉しそうだ。やっぱり裸の付き合いは女同士でもすぐに仲良くなれるんだな。
この微笑ましい光景を見ていると、それに気づいた姫が
「そ、そこの……金髪でちょっと、ちょっとだけ……イケてるお主。覚えておいてやるから名乗れ」
俺の事だよな? ちょっとだけらしいがイケてると言われるとやっぱり嬉しいな。だけどここでにやけたらクラリスに後でなんて言われるか分からないから、そこには反応しないようにソファから立ち上がり自己紹介をする。
「ブライアント辺境伯家次男のマルス・ブライアントです。アイクの弟でもあります。よろしくお願いします」
俺の自己紹介にコディが付け足す。
「聞いて驚くな。マルスは去年A級冒険者になった! そしてマルスの決勝の相手は【黒壁】のゲンブだ。ゲンブ相手に何もさせずに圧勝だぞ!? 信じられるか!?」
よほどゲンブは名の通った者だったのだろう。
「ど、どおりでポンゴをああもあっさり処することができるわけじゃ……し、してお主はなんと呼ばれたいのじゃ?」
「呼ばれ方ですか? ではマルスでお願いします」
「……分かった。マルスじゃな。妾が覚えておいてやるから光栄に思え」
俺の自己紹介を終えると、クラリスたち婚約者が自己紹介を始め、その後にバロン、ミネルバ、ブラッド、コディ、サーシャ、ドグマたちの順にこなす。
結局アイクとビートル伯爵が姫と呼ぶのは誤解を生みそうだから、2人はヒメリと呼ぶことになった。
「さて、ヒメリたちが来る前にドグマから魔族側も争うつもりはないと聞いたがそれでいいか?」
「うむ。少なくとも父上はそう思っているはずじゃ」
皆の自己紹介を終えると早速アイクが姫に聞く。じゃあなんで好戦的に仕掛けてきたんだよと聞きたいところだが、それはぐっと堪えておいた。
「分かった。まぁそれが聞ければいいだろう。今回俺がリーガン公爵の代理となってグランザムとヘルメスの街の魔族の仲介役を任されたのだが、ビートル伯爵もヒメリもそれはいいか?」
2人はアイクの言葉に頷くと
「では、今までの事を整理したいので、俺がこれから言う事に関して間違っているところがあれば言ってくれ」
アイクが皆を見渡してから話し始める。
「まず2年前にヘルメスの街で魔族の子供が攫われた。それをコディが見かけ、誘拐犯は人魔橋を渡り、追いかけたら人魔橋の向こう側、つまりグランザム方面から魔法の雨が降ってきた。ここまではいいな?」
姫を始め、コディと魔族の3人が頷く。
「そしてそれを魔族側はビートル伯爵の指示だと思っていたという事だが、残念ながらビートル騎士団に魔法に長けた者がいないから、魔法の雨を降らせることは出来ないという事も分かってくれたな?」
コディは頷くが、姫とドグマたちは初めて聞いた事なので驚きを隠せないが「姫、これはどうやら本当みたいです」とコディが言うと姫たちは何も言う事はなかった。
「それに対して何度もビラキシル侯爵がビートル伯爵に抗議をしていたが、ビートル伯爵が何も対応をしてくれなかったため、ビラキシル侯爵がリーガン公爵に助けを求めたという事でいいな?」
魔族側全員が頷くが、当然ビートル伯爵がこれを否定する。
「すまないが私にはそのような報告が一切上がってきていない」
姫が何か言おうとするが、それをアイクが制し
「そして最近になってビートル騎士団、魔族の者、それぞれが攫われるといった被害が出ているという事でいいな?」
ビートル伯爵も魔族側も頷き、ここでアイクが姫に質問をする。
「ヒメリ、なぜポンゴに狙われたのか心当たりはあるか?」
「全くない」
「ではもう1つ。なぜヒメリが交渉役になったのか分かるか?」
「……なぜ妾が交渉役をやらねばならんのか父上に問うた事はあるが、とにかく妾が行けと言うだけで理由は教えてもらえんかった」
皆、姫が交渉役はおかしいと言っていたので、姫自ら立候補したのかと思っていたが違うのか。俺も姫に聞きたいことがあったからまずはアイクに発言の許可を取る。
「アイク兄。僕からも姫やコディ、ドグマたちに質問してもよろしいですか?」
「ああ。構わない」
「古狸族の他にも怪狸、妖狸族がいると言っていたが、狸族は合計でどのくらいいるのか教えてくれないか?」
「古狸族が100人くらい、怪狸族も100人くらいで妖狸族が1人。計200人前後といったところだな」
俺の質問にコディが答える。妖狸族は1人なのか。
「その200人は全員変化できるのか?」
コディやドグマたちは分からないのか、それとも別の理由があってか答えてくれず、姫が答えてくれる。
「わ、妾が直々に答えてやるからありがたく思うのじゃぞ? できると言えばできるが、精度に差がある。三巨頭の変化の精度は抜群じゃ。それ以外の者たちの変化は似ているがどこか違和感を覚えるじゃろう」
200人も変化ができるのか。騎士団の1つや2つであればまるごと変化で作れるのか。
「精度が低いとすぐに分かるものですか?」
答えてくれるのが姫だけだとしたら言葉遣いにも気を付けないとな。
「ふむ……まず変化は何にでもなれるわけではない。大前提で性別を超えての変化はできぬ。また自身よりも優秀な者には変化はできぬのじゃ。まぁできたとしてもすぐに分かってしまう。この優秀というにも色々な条件があってな。また同性でも変化できぬ箇所がある。胸などだな」
「姫は変化できるのですか?」
「ほう……良く分かったの? わ、妾の変化を見たいか?」
まぁ狐と狸は変化するものだと思っていたからな。
「はい! ぜひとも見たいです!」
「む……そこまで言うとは……本来妾は変化をせぬのじゃが、今回はマルス。お主に免じてしてやろう。ではそこの銀髪に化けてみるかの」
姫がクラリスを見ながら「変化!」と唱えると、そこに似ても似つかないクラリスが現れた。そして両腕は胸を見せないようにしている。
「「「おぉぉ!!! 似てる!」」」
という声がドグマたちから漏れるが、俺からすれば全然似ていない。
「どうじゃ? 似ているじゃろ!?」
自慢げに姫が聞いてくるが
「い、いえ……全然似ていないと思うのですが……」
正直に答えると、姫が少し怒気を含めて
「何を言っておる!? 妾の変化が似てない訳がなかろう! 銀髪! 近う寄れ!」
姫に言われてクラリスが俺の隣から立ち上がり、姫の所まで行くと
「マルス! お主が後ろを向いている間に妾と銀髪が隣同士に立っているからどっちがどっちか当ててみろ! 銀髪は妾と同じポーズを取る事!」
言われるがまま、俺は後ろを向くと後ろで物音がする。きっと2人でポジションをチェンジしているのであろう。
「ゆっくりこちらを向け!」
姫に言われゆっくり向くと、クラリスと姫が先ほどの姫と同じポーズをして立っていた。
「こっちがクラリスでこっちが姫ですね」
「っ!? ま、まぐれじゃ! もう1回!」
結局何度やっても結果は変わらなかった。
そして目隠しして俺の手に触れただけでもどちらがクラリスかというのも分かる。
「これは女として嬉しいわね。私から見てどっちがクラリスでどっちが姫かは一目瞭然だけど、見ないでも分かるだなんて……」
「そうだね。私でもマルスは分かってくれる?」
カレンが感心しながら言うと、ミーシャも聞いてくる。
「当然2人でも分かるに決まっている。絶対に外さない。もちろんエリーとアリスも同じだよ」
今回の実験で俺の株は爆上がりしたらしく、クラリスがご機嫌な様子で俺の隣に戻って来た。
「今のクラリスとヒメリを見てどっちがクラリスでどっちがヒメリか分からなかった者は挙手してくれ」
アイクの言葉にビートル伯爵と魔族の3人だけが手を挙げる。これを見た姫が
「な、なぬ!? 他の者もみんな分かっておったのか!?」
さらに驚くと
「ヒメリ、正直俺でもすぐに分かった。ただマルスのように触れるだけで分かるという事はないだろう。それにあまりクラリスを知らない者からすれば違いは分からないらしいから、そんなに気に病むこともないと思うぞ。バロン、ブラッド、コディ。3人もすぐに分かったんだよな?」
アイクが姫を少しフォローしながら3人に聞くと
「はい。全く迷うことなく分かりました」
「当然だろ! 暇さえあればずっと姐さんを見ているんだぞ!? 上っ面の美しさだけをコピーしても姐さんにはなれねぇ! まぁ上っ面さえ違ったがな! 多分エリーに化けられても俺は分かるぞ!」
「姫もうまく化けているとは思いましたが、やはりクラリスはクラリスだったな」
バロンも一度はクラリスに心を奪われていたから解って当然かもしれないな。
しかし、名誉挽回とばかりに屋敷のメイドを捕まえてきて、姫がそのメイドに化けると、どっちがどっちか普通に見るだけでは分からなかった。だがそれも目をしっかり凝らすと変化する前の姫の姿と変化した後の姫の姿が重なって見えたりするなど、見破れない訳ではなかった。
もしかしたらこれも天眼の力かもしれない。まぁ普通に鑑定すれば分かるんだけどね。
「これだけの精度であれば、騎士団員の誰かに化けたり、魔族の誰かに化けられたりすると分からないかもしれませんね」
「どういう事じゃ?」
俺の言葉に姫が反応したのですぐに答える。
「グランザムとヘルメスの魔族が争ってくれないと困る人物がいるかもしれないって事です」
皆が俺の言葉を受けて各々が考え込んでいると
「剣聖よ。そんな人物1人しかいないだろう?」
自己紹介もせず、ただただサーシャの顔を肴に高級そうなワインを一人で優雅に飲んでいた者が突然口を開くと、否が応でも皆の視線がその男に向かう。
「誰だ?」
ビートル伯爵がその様子を見て怪訝そうな表情を浮かべて聞くが、その男はたじろぐことなく答える。
「ディクソン辺境伯だ」
ダメーズの謎の自信に思わず納得しそうになるが、
「そうかもしれないが、その辺のことはポンゴが吐いてからでもいいだろう。もしもディクソン辺境伯ではなかった場合、どう考えても俺の責任問題になってしまうからな。今日はもうそろそろ休んで明日に備えよう。ビートル伯爵。申し訳ないがヒメリやドグマたちの部屋も用意してもらえないか?」
「もう用意はしてあります。ヒメリは1人、ドグマたちは3人で1部屋です。ヒメリもドグマたちもそれでいいか?」
4人が頷くと皆アイクの指示に従い寝室に戻り明日に備える事にした。
少しでも面白い、続きが気になると思う方は
★★★★★とブクマの方を頂けたら私のモチベーションにも
なりますので是非よろしくお願いしますm(__)m
Twitterやってます。
フォローして頂ければ喜びますのでもし良ければお願いします。
https://twitter.com/qdUYSDZf8XzNaUq










