第372話 暁とビートル伯爵
「ま、マルス、降ろして」
お姫様抱っこをしていたクラリスが少し恥ずかしそうに言うと、スカートを抑えているクラリスをゆっくりと降ろす。
さすがクラリス。ショートパンツとは言え誰にも見られたくないからな。でも俺にだけは見せてくれてもいいんだよ?
クラリスが俺に何かを言いかけたが、まずはビートル騎士団のほうが優先だ。
近くに来てみると立っているのはブレアだけで、他の騎士団員はみんな吹き飛ばされたかのように隊列を崩し、横たわっている。
「ブレアさん!」
クラリスがやっとの思いで立っているブレアに声をかけると、ブレアはクラリスのほうを見て呆然と立ち尽くしている。
「ま、まさか……クラリス……なのか?」
「はい! 覚えてくれていて嬉しいです! ヒール」
ブレアに触れヒールを唱えると
「あ、あんなに小さかったクラリスが……ここまで……ということはクラリスの後ろに立っている男は……」
「お久しぶりです。ブレアさん。マルスです」
「おお……見ない間に背が……しかもあの時といい、今回といい窮地に現れてくれるとは……」
ブレアが俺に握手を求めながら話しかけてくる。
「おかげさまでここまで大きくなれました。ビートル伯爵にお目にかかりたいのですが?」
しっかりとブレアの手を握りながら答えるとブレアも
「ああ、もちろんだ。是非ともビートル伯爵に会ってくれ!」
力強く手を握り返し、答える。それを見届けていたクラリスが
「分かりました。それではまずは騎士団の皆さんに……」
と言いかけると、ブレアが声を押し殺し
「クラリス、騎士団員にヒールをかけるのは後回しだ。まずはビートル伯爵と話をしてからにしてくれ」
頭を下げてくる。治療を後回しにしろと? 確かにそこまでの重傷者はいないようだが……クラリスもブレアの言葉に戸惑っているようだが、再度ブレアが「頼む」と頭を下げてきたので仕方なく従うことにした。
「分かりました。僕たちももう少しで仲間が到着すると思いますので、グランザムの西門を開けておいてもらっていいですか?」
「仲間? 2人で来たのではないのか?」
「はい。計13名で参りました。その中には元男爵のダメーズさんとヘルメスの街の魔族もおります」
「っ!? ダメーズに魔族だと!?」
思わずブレアが大声を上げると、騎士団員たちも何事かと一斉にこちらを見る。
「それはダメだ! ダメーズは百歩譲ってもいいが、魔族だけは入れることはできん! この前も魔族との会談中にビートル伯爵が狙われたんだぞ!?」
ビートル伯爵が狙われた!? ブレアの言葉に思わずクラリスと顔を見合わせるが
「申し訳ございませんが、魔族の者がグランザムに入れないとなると協力ができません。僕たちがここに来たのはその魔族からの依頼なのです」
「なっ!? 魔族からの依頼!?」
「はい。ヘルメスの街の魔族がグランザムとヘルメスの街の仲介をして欲しいとリスター連合国のリーガン公爵に直接依頼したところ、ビートル伯爵と面識のある僕たちが遣わされました」
ブレアはさらに驚き言葉を失っていたが
「分かった。もう俺では判断できん。今からビートル伯爵に伝えてくるから、マルスたちはグランザムの西門で待っていてくれ」
傷ついた騎士団員を連れてブレアが北門からグランザムに入るのを見届けてから、クラリスと2人で西門へ向かうとちょうど遠くにアイクたちが見えてきた。
「……マルス!」
アイクたちの先頭を走っていたエリーがもの凄い勢いで俺の胸に飛び込んでくるといつもの左首筋を思いっきり吸い込む。
「エリリン待ってよ! 1人だけずるい!」
エリーの後を追ってきたミーシャも暴走魔法を身に纏いながら空いていた右の胸に飛び込んでくると、後を追うようにみんなが集まってきた。
「はぁ、はぁ……私もマルスに飛び込みたいけど……かなり汗かいたから後でお願い……いい?」
「私も……後で……替わってほしいです……」
カレンとアリスの嬉しい要望に頷き、エリーとミーシャを抱き寄せながらアイクが来るのを待つ。
「本当にあなたたちったらマルスを見るとすぐに駆け出して……」
みんなと合流するとサーシャが開口一番エリー、カレン、ミーシャ、アリスの4人に注意をするが
「まぁよくもあそこまで我慢してくれた。マルスと一緒に居られないのは婚約者たちにとっては何よりも辛い事だろうからな。サーシャもその辺で許してやってくれ」
アイクがサーシャを宥めると、サーシャが「もう」と可愛く頬を膨らませる。このお母さんの可愛さよ。ダメーズもサーシャのかわいい表情が見られて満足そうだ。
「アイク兄、先ほど魔族と思われる者たちがグランザムの北側に来ており、少し交戦をしたようです」
「何!?」
アイクも驚いていたが、一番驚いていたのはやはりコディだ。
「どうやらここ最近何度かヘルメスの街の魔族とビートル騎士団はやりあっているようで、かなり魔族に対しての印象は悪いようです」
「そんな馬鹿な!? 俺が着くまでビラキシル侯爵はグランザムに手を出さないって言っていたぞ!?」
コディが大声で否定したので
「コディ、どうやら魔族側の言い分として誰かがグランザムの者に攫われていると思っているようだ。そしてグランザム側も騎士団員が魔族に攫われていると言ってな」
事情を説明すると
「た、確かに……それであればビラキシル侯爵が動く可能性はあるか……」
コディは少し落ち着きを取り戻したようで考え込むような表情になる。
「だからグランザムでは魔族のコディは敵視されるかもしれない。騎士団長のブレアさんの口ぶりからするとダメーズさんよりも魔族の方を敵視しているみたいなんだ」
「それってコディが……」
ミーシャが心配そうにコディの方を見ながら言うと
「おい! みんなコディは俺たちの仲間だろう!? 俺たちがコディを守ってやらないとダメだよな!?」
ブラッドがみんなに問いかける。当然コディは仲間だから何とかしないといけない。それは分かっているが実際に何をどうすればいいのか……みんなで話し合っているとグランザムの西門が開き、俺たちを出迎えてくれたのはなんとビートル伯爵本人だった。
ビートル伯爵は数人の騎士団員を従え、俺とクラリスを見つけ喜んで近づいてくる。この騎士団員たちは先ほど戦闘には参加していないメンバーだろう。どこにも傷がないからな。
「2人共よく来てくれた! ブレアからは大体の事は聞いた! 取り敢えず中に……」
俺たちを歓迎してくれたが俺にはしっかりと言わないといけない事がある。
「お久しぶりです。ビートル伯爵。歓迎痛み入ります。ですがビートル伯爵には先にしっかりとメンバーの紹介をしたいのですがよろしいですか?」
ビートル伯爵は少し難しい顔をしたが
「分かった。紹介してくれ」
俺の言葉に頷いてくれた。
「まずは今回リーガン公爵の代理であり、僕の兄を紹介します。リスター連合国メサリウス伯爵家当主アイク・ブライアントです。兄上こちらへ」
「メサリウス伯爵!?」
俺の紹介にあまりにもビックリしたビートル伯爵が思わず声を上げると、すぐにビートル伯爵が自身の立場を表明するようにアイクに挨拶をする。
「お久しぶりです。メサリウス伯爵、この度はこのような辺鄙な所までご足労頂き、恐縮至極でございます」
これには騎士団の皆は驚いていたが、俺とアイクはホッとしていた。
同じ伯爵という地位であれど、アイクはリーガン公爵の代理だ。そう簡単にビートル伯爵に頭を下げるわけにはいかなかったのだ。
「ああ。よしなに頼む」
騎士団員にも聞こえるように大きな声で話すと、小声でビートル伯爵に何かを呟く。それを聞いたビートル伯爵は小さく頷いていた。きっと今後の接し方についてであろう。
「エリー、カレン、ミーシャ、アリス。来てくれ」
アイクの紹介を終えて4人を呼ぶとビートル伯爵が
「ああ、エリー、カレン、ミーシャの3人は一昨年の新入生闘技大会でも見たな。あの試合は見事だった。アリスは初めて会うと思うのだが?」
3人を覚えていたようだったので、軽く紹介をするにとどめたが
「初めまして。マルス先輩の婚約者のアリス・キャロルと申します」
アリスはしっかりとお辞儀をし、自己紹介をする。紹介されたビートル伯爵がチラッとこちらを見る。その目からはまた増えたのかとはっきり伝わってきた。
「カレン、ハチマルを呼んでくれ」
ビートル伯爵の視線を無視し、カレンにハチマルを呼んでもらう。俺がハチマルを呼んでもいいのだが、やはり主人であるカレンの立場もあるからな。
カレンに呼ばれ嬉しそうに尻尾を振りながらハチマルが来ると
「このハチマル、実は火喰い賢狼という魔物なのです。ですがカレンの美しさと魅了眼によってテイム、つまりペットのようになりました」
「マルス、からかうのはやめてくれ。さすがにこんな聡明な魔物がいるわけないだろう?」
ビートル伯爵はハチマルが魔物ということを信じようとしない。一般人からしたらハチマルを魔物だなんて思わないよな。だからこそ色々な街にも普通に入れるわけだし。
カレンの方を向き、目で合図すると
「ハチマル、誰にも当てないように上空に向かって火を吐きなさい」
カレンが優しくハチマルの撫でながら命令すると、ハチマルが命令通り上空に大きな火の玉を吐く。ハチマルの吐く火の玉が心なしか大きくなっている気がする。
その光景を見たビートル伯爵と騎士団員は口を開けて呆気に取られている。まぁそうなるよな。やっと我に返った騎士団員が慌ててハチマルから守るようにビートル伯爵の前に立ち塞がる。
「お前ら大丈夫だ。もしもこのハチマルが俺を襲う気があるのであればとっくに俺は燃やされている。しかしまさか本当に魔物が……間違いなく生涯で一番驚いている。まだ夢でも見ている気分だ……」
驚いているビートル伯爵にかまわずどんどん紹介をしていく。
「次にバロンとミネルバ、そしてサーシャ先生も」
3人を紹介しようとしたのだが、3人の事も覚えているようで、こちらも軽く挨拶をするだけにとどめた。
「ブラッド、来てくれ」
俺がブラッドを呼ぶとビートル伯爵はまた驚いた顔をし
「おま……君は確かセレアンス公爵家の嫡男、そして大将戦でマルスと戦った……」
ブラッドに質問するが、あえて俺が答える。ブラッド本人では答えにくそうだからな。
「そうです。ブラッドはあのあと色々あって僕のクランのメンバーになりました。信じられないかもしれませんが今はとても良好な関係です。な? ブラッド?」
「ああ。セレアンス公爵家嫡男ブラッド・レオ。よろしく頼みます」
頭を下げることなく挨拶をすると
「あれだけの事があったのに?……こんな短期間で? ハチマルの事といい夢でも見ているのか?」
いまだにビートル伯爵が信じられないという表情をしながら言うと
「ビートル伯爵、我がフレスバルド公爵家、セレアンス公爵家、そしてリーガン公爵家は過去にないくらい良好な関係を築こうとしております。これも1人の人物を介してでございます」
カレンが俺の事を立ててくれると
「なんと!? 公爵家同士まで良好なのか!? そうか……そういえばエリーも……他国とは言え見事なものだ」
すぐに俺とエリー、カレンの関係を見抜いて納得する。
「コディ、こっちに」
ついに問題のコディの紹介をする番だ。コディがビートル伯爵の前に立つと俺はコディの右隣に、そしてクラリスが左隣に立つ。
「ビサン男爵家嫡男コディ・ジョラスです。この度はお会い頂きありがとうございます」
深々と頭を下げると、俺たちも頭を下げる。
「うむ。今回コディがマルスたちにクエストを依頼したとか?」
「はい。リーガン公爵にこの現状を打開して頂こうと、ビラキシル侯爵が私をリーガン公爵の下に遣わしました」
「正直な所、もう私はお前たち魔族を信用することが出来ない」
はっきりとビートル伯爵がコディに言い放つと俺たちの間に緊張が走る。それを聞いたクラリスが
「コディはこの半年間私たちと行動を共にしてきました。ちょっと変な所がありますが、信用に値する者です」
必死にコディを擁護するとコディの隣でもう一度頭を下げる。俺もクラリスと同じように頭を下げるとビートル伯爵は先ほどの言葉に付け加える。
「だが、それ以上にフレスバルド公爵家とセレアンス公爵家が手を取り合い、同じ方向を向いているという事の方が信じられない。マルスとブラッドを見ているとまだグランザムとヘルメスも何とかなるのかもしれないな」
再びブラッドの方に目をやり、ビートル伯爵が続ける。
「まずはコディ、コディから信用することにする。だがこれはマルスとクラリスがコディを信用しているからコディを信用するだけであって、コディ自身を信用しているわけではない。2人の期待を裏切らないでくれ」
「畏まりました!」
ビートル伯爵の言葉に更にコディは頭を深く下げる。
「最後に……」
「ダメーズの事は紹介しなくてもよい。ダメーズ、後で話がある」
ビートル伯爵が俺の言葉を遮りダメーズに言うと
「仰せの通りに」
ダメーズがビートル伯爵に対し頭を下げる。
「よし! では屋敷に行くぞ!」
ビートル伯爵を先頭に第2の故郷に足を踏み入れた。
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